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20

Apr.

2024

interview
20 Mar. 2014

第4回★障害の向こう側にある、コミュニケーションの拡がりと深みの世界

阿佐見綾香
戦略プランナー
阿佐見綾香

コミュニケーションの「拡がりと深み」の世界

聴こえない、あるいは中途半端にしか聞こえない、聴覚障がい者ならではの人生の魅力について聞いた。

「人にはできない経験から生まれる、世界の拡がりと、深み。そういった豊かさを持てることだと思っています。」

「拡がりと深み」、とは一体どういうことか。
まず、「伝える言葉」をたくさん持っているということだそうだ。
聴覚障がい者は人との関係を築く上で、どうしても人に面倒をかけることを引け目に感じ、自分を卑下しすぎてしまうことがある。しかし松森さんは「今は、お互い様だと思うようになりました。聞こえている人でも、みんなが話すことが得意なわけではないでしょう?」と語る。

確かに、聞こえてさえいれば完璧なコミュニケーションができるというわけではない。いかにして自分の意思を伝え、相手との距離を縮めていくのか、そのために何を話し、どう表現するのかこそが難しいということは、聴覚障がい者だろうが健聴者だろうが変わらないだろう。

「私は、聞こえないことを自分の強みにしています。やっぱり自分の経験や体験からくる言葉というものは、その人にしか言うことができないことだと思うから、借り物の言葉とか、勉強しただけの言葉ではなく、本物の言葉というものをたくさん持ちたいと思っています。」

結局、コミュニケーションは手段であり、言葉は道具にすぎない。肝心なのはその中身なのだ。聞こえている人にはできない経験があるということは、自分にしか語れない言葉や考えや思い、深みのある「伝えられる言葉」をたくさん持っているということで、それは社会に還元して価値をもたらすことができるものになるのだ。

2つ目に、相手の気持ちへの洞察力と観察力が発達すること。

「相手の気持ちや、痛みが分かるとか。相手の心を、読みすぎてしまうこともあります。」

聴覚障がい者は、情報を正確にキャッチすることができない分、聴覚や視覚による情報だけに頼らず、想像力を働かせて相手の気持ちをおしはかろうとすることに集中力が働く。相手の気持ちをきちんと考えるから、人間関係やコミュニケーションの内容が深みのあるものになっていく。

相手の気持ちを考えすぎて辛くなることもある。

「そういうときは、自分で想像するよりは、はっきりと、聞きます!もちろんそれも簡単にできれば誰も苦労しないという話で、難しいことですが‥」

コミュニケーションとは痛みを伴うことでより拡がりと深みを増すものである。

3つ目は、子どもを通した世界の拡がりだ。松森さんの息子は健聴者だが、聞こえない母親が手話で話すのを見て、自然と手を動かして伝えることを覚えた。

「新しい世界だったなと思います。」
松森さんが面白いと思ったのは、漢字が分からない子どもは、最初は「ひらがな手話」だったのだという。例えば「飴が食べたい」と言いたいときに「雨が食べたい」と表現するようなことがあった。子どもにとっては「雨」も「飴」も「あめ」なのだ。

また、子どもだけではなくお母さん友達を通しても、世界が拡がっていく。松森さんの周囲では、普通のお母さん友達の世界の拡がりにプラスして、「井戸端手話の会」を始めとした、より「拡がりと深み」のあるコミュニケーションの世界が生まれた。手話で話すお母さんたちの姿を見て、その子どもたちも手話でのコミュニケーションを覚えていった。

手話を使う松森さんとのコミュニケーションがきっかけで、手話による「拡がりと深み」を経験したり、ユニバーサルデザインで生まれた新しい価値の恩恵を受けたり・・。このように、「拡がりと深み」を持った松森さんと関わる周囲の人たちにとっても、松森さんをきっかけに人生のコミュニケーションに「拡がりと深み」が増していく。

「コミュニケーションに関わる障害」をもつ聴覚障がい者は、実はコミュニケーションの「拡がりと深み」を育てるきっかけになる起爆剤でもあるのだ。

最後に、今後実現したいことについて聞いた。

「1つ目は、ようやくトライアル放送が始まったCM字幕の本放送の実現です。」

聴力を失ったときに松森さんは、音のないテレビをみて、「『情報を伝えないテレビ』って何なんだろう・・」と思ったのだという。テレビが大嫌いになり、数年間全く見ない時期があった。

やがてテレビ放送のデジタル化に伴い、番組での字幕放送が普及した。松森さんは、再びテレビを楽しめるようになったことに喜びを感じている。

しかし、実は放送全体の18%を占めるCMには未だ一部にしか字幕がついていない。

テレビCMの音声。離れたところでの職場仲間の会話。街中で隣に座った人たちの会話。買い物中の店内放送。カラオケで隣室から聴こえてくる音楽。
何気なく過ごしているだけでも、日常生活で触れている音声情報は意外と多い。

例えそれ自体を目的に視聴するわけではない情報でも、聴覚障がい者にとってはキャッチできない(聞きとって内容を理解することがことができない)ことにストレスを感じることがある。もちろん、聞き取れなくても、生きていく上では何ら困ることはないのだが、自分だけがキャッチできない情報があることで疎外感を感じたり、話題についてゆけないことで周囲に気を遣わせることに負い目を感じることがあるのだ。

「あのCM、面白いよね!」と一緒に心を動かされ、話題にできるようになったら、と願っている聴覚障がい者は少なくない。松森さんも「すべてのCMにも字幕がつくようになったら、きっと、本当に生きてて良かったと思える。」と語る。

難聴者や高齢者を中心に、CM字幕へのニーズが高いことは何年も前から言われていることだ。 だが、長い間実現されることはなく、ようやくトライアル放送がスタートしたのが2010年のこと。

何故、たった15秒のCMに字幕をつけることがこんなにも難しいのか。

それにはいくつかの複雑な事情があるそうだ。
例えば、放送システムの問題。番組とCMを送出しているサーバーが異なり、CMの専用サーバーが字幕に対応していない。局や地方によっても違いがあるため、統一してCM字幕放送システムを導入し解決していくには費用と時間の負担が大きいのだという。

それから、CMに前の番組の字幕がかぶさったり、他社CMに字幕がずれてしまう放送事故が起こる可能性が高いという問題。

「どれも解決できないことではないと思いますが、課題に対応する時間も根気も必要になります。 けれども、CMにも字幕をつければ、これまで対象外としてきた聞こえない人や高齢者などを新たなマーケティングに取り込むこともできます。企業の社会的な価値も上がりますし、お互いにとってメリットがあるんです。

広告主、広告会社、放送局、制作会社、省庁、そして当事者など、色々な関係者と一緒に進めていけるような仕掛けづくりをどんどんしていきたいと思っています。

CMじまクィーン目指します!」

長年の夢、CM字幕の実現に向けて情熱を注いでいる。

「それから、もうひとつは、“楽しみの部分”のユニバーサルデザインです。
例えば、ミュージカルとか、芝居とか、舞台とか、テーマパークや映画。」

更なる「拡がりと深み」を目指して、松森さんの挑戦はこれからも止まらない。

コミュニケーションにおける障害の壁を取り除くために必要なことは、コミュニケーションを諦めないこと、地道に育てること、そして続けることに尽きる。その先には「拡がりと深み」のある豊かな世界があるということだろう。

実は重度の聴覚障がい者である筆者も、自分にしか語れない言葉の深みと、自分ならではのコミュニケーションを育てて、「拡がりと深み」の世界を伝播させていきたいと思った日であった。

<完>

-この連載の記事-
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-Writer Profile- プロフィール-4

阿佐見 綾香

2009年電通入社。ストラテジック・プランナーとして企業の商品やサービスのマーケティングや商品開発、リサーチ、企画プランニングなどを手掛ける。
電通ダイバーシティラボ電通ギャルラボに所属。2012年12月に、中・高・大学生の女の子専門調査チーム「原宿可愛研」を創立。日経トレンディネット「ギャルラボ白書」連載中。

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-参考資料-
総務省「スマートテレビ時代における字幕等の在り方に関する検討会」

取材・文: 阿佐見綾香
Reporting and Statement: ayacandy-asamiayaka

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