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4 Oct. 2019

映画「37セカンズ」が描くリアル~違いと同じの紙一重

飯沼 瑶子
副編集長 / プランナー
飯沼 瑶子

2019年、世界三大映画祭の一つである第69回ベルリン国際映画祭において、日本人監督による映画「37セカンズ」がパノラマ部門の観客賞など2つの賞を受賞した。
この映画は、生まれるときに37秒間仮死状態だったことにより、脳性まひとなったユマを主人公に、様々な人々との交流の中で彼女の成長を描くヒューマンドラマ。

本記事では、この映画を紹介したい。

■視点によって変わる陰日向
この映画を通して描かれるテーマは、障害、子育て、性、恋、仕事、友情、自立…と多様。
ユマは親友の漫画家のゴーストライターとして働きつつも、自分自身の作品が出せないことへの歯がゆさや、シングルマザーの母との二人暮らしの息苦しさ、性的興味や葛藤を抱える中で、飛び出した外の世界での出会いから人として成長していく。
映画の登場人物たちを通して、それぞれの考える視点や正義を理解するにつれ、これは「障害者」のことだけを描いた作品ではなく、誰にも通じる物語だと感じるようになった。

例えばユマの母親は、娘を思うあまりに過保護で、ユマの行動を管理しがち。ユマは弱くて自分なしでは生きていけないと思っている。そして、もう23歳のユマをいつまでも子どものように扱ってしまう。

でも、どうだろう。
「そんな短いスカート履いてたら危ないよ」「着いたらちゃんと連絡してね」「こんな夜遅くまで出歩いて、何かあったらどうするの?」「誰と遊んでたの?」
程度の差こそあれ、親からこんな指摘を受けた経験のある人は、多いのではないだろうか。私は他人事には思えなかった。

また、
ユマの存在を隠し、ゴーストライターとして利用する友人。
ユマに性への目覚めを促すことになる編集長。
ユマを結果的に逃亡させてしまった職員。
ユマの家出に協力する新しい友人たち。
ユマの障害に直面するのを恐れた家族。

誰も悪くないなぁ…というのが私の持った感想だ。各々違った考えや視点や立場があり、そうすることが正しいと思って実行する理由があり、起こってしまう事象がある。そんな風に見てしまうと、どれも誰かだけのせいにはできない。
障害だけのせいにもできない。
障害者と健常者、他人と私。違いはあるが、同じ部分もあることにも目を向けていたい。


■それぞれの最適解を探すこと
ある事象に対する一元的な原因も、正解もないという、本来当たり前のことを改めて実感する中で、映画内のあるシーンが心に残った。

それは、異国の地で、大きな段差を越えて線路を横断する必要がある乗り場への移動の際、現地の人たちが協力してユマが乗った車椅子を持ち上げ、運ぶシーン。

エレベーターがあれば、せめてスロープがあれば、もう少し簡単に移動ができたかもしれない。でも、少なくとも現時点でそれらが存在しない環境はたくさんある。その時々で、できる最善のことをするしかないのだろう。
移動の設備を整えることは、解の一つには違いないが、唯一ではない。ハード面の設備に限らない選択肢を考える必要もあるだろうと感じた。

それはインクルーシブ・マーケティングにつながる考え方でもある。
多様な個人の視点を認識し、それに対してできる最適解を検討し、提供する。それが結果的に、当初想定していた相手ではない人にも有益なソリューションになる。
ソリューションや選択肢の多様性が増えるほど、その恩恵を受ける人も増えるだろう。


■115分に詰まった発見と理解

主人公であるユマの役を演じるのは、実際に先天性脳性まひの障害を持つ佳山 明(かやまめい)さん。演技は今回が初挑戦だが、オーディションを通して主役に抜擢された。

ヒロインに障害当事者をキャスティングすることは監督が最もこだわったポイント。
結果的に、佳山さんとの出会いは脚本にも大きな影響を与え、圧倒的なリアリティで描かれるユマの物語は、佳山さんの実体験に即したものも多いという。

本作品は、2020年2月、新宿ピカデリー他、全国で順次ロードショーを予定している。

次回記事では、この作品を制作するに至った背景や裏側について、監督のHIKARIさんへのインタビューを予定している。


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『37セカンズ』
監督・脚本:HIKARI
出演: 佳山明、神野三鈴、大東駿介、渡辺真起子、熊篠慶彦、萩原みのり、芋生悠、渋川清彦、宇野祥平、奥野瑛太、石橋静河、尾美としのり/板谷由夏
2019年/日本 /115分/原題:37 Seconds/PG-12/配給:エレファントハウス/ (C)37Seconds filmpartners
2020年2月、新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー

 

 
取材・文: 飯沼瑶子
Reporting and Statement: nummy

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