cococolor cococolor

25

Apr.

2024

interview
17 Aug. 2021

病院に犬がいることを当たり前にー勤務犬導入までの道のりー

海東彩加
ソリューション・プランナー
海東彩加

取材当日。

オンライン通話のリンクに入室すると、白くてふわふわのワンちゃんが目の前に映った。今回の取材の主役、聖マリアンナ医科大学病院で働く勤務犬のモリスだ。

 

医療の多様性が進む中で注目される“勤務犬”。患者さんと触れ合ったり、コミュニケーションをとったり、時には手術室に付き添ったり…患者さんに安心感や勇気を与える存在だ。

そんな勤務犬がどのように導入され、病院にいる人々にどんな影響を与えているのか。聖マリアンナ医科大学病院の勤務犬チームへのインタビューを2回に分けてご紹介。今回は第1弾をお送りします。

 

左から、佐野政子 看護師、長江千愛 医師、北川博昭 学長、大泉奈々 看護師、竹田志津代 看護師。中央は勤務犬モリス。

 

 

きっかけは一通の手紙、勤務犬導入までの道のり

日本でも前例の少ない勤務犬の導入になぜ至ったのか。

聖マリアンナ医科大学病院での勤務犬導入に中心となって関わり、初代勤務犬ミカのハンドラー(※ハンドラー:勤務犬のハンドリングを行う医師や看護師)を務めた佐野看護師に話を伺った。

「小児病棟の師長をしてたころ、白血病で入院する女の子に出会いました。彼女は犬が大好きで、当時別の病院にいるファシリティドッグ(※ファシリティドッグ:病院などの特定の施設で、職員の一員として活動するために、専門的なトレーニングをつんだ犬)に来て欲しいと手紙を書いたことを知りました。“大好きな犬に会うことができれば白血病の治療のつらさも乗り越え元気になれるから会いに来て!”という手紙の内容に心を打たれ、聖マリアンナ医科大学病院に会いに来てもらうための行動を起こし始めました。」

 

小児病棟でのミカの様子

 

そんな中、そのファシリティドッグがいる病院には、聖マリアンナ医科大学病院で働く医師の長江さんご夫婦が国内留学(※国内留学:専門知識等を学ぶため別の病院で一定期間勤務すること)をしていた。長江医師はファシリティドッグの働く様子を近くで見る中で、ある思いを抱いたという。

「国内留学をした時、病院の近くに住んでいたこともあり、お散歩中のファシリティドッグの様子をよく眺めていました。ハンドラーさんとも仲良くなる機会があり、病院に犬がいることでの患者さんへの影響を知ったことで、自分が働く聖マリアンナ医科大学病院でも取り入れたいと考えるようになりました。」

 

一人の少女の想いと、国内留学中の職員の偶然が重なったこともあり、手紙を書いてから約3か月後、聖マリアンナ医科大学病院にファシリティドッグが来てくれることになった。心待ちにしていた少女も、入院中に大好きな犬と会えたことに喜び、元気を取り戻した。

 

しかし、ファシリティドッグが病院に来たことによる影響はそれだけではなかった。

病院にファシリティドッグが来たことを知った他の患者さん達も続々と集まり、気づけば人だかりができていた。暗い顔で来た患者さんもファシリティドッグの様子を一目見ると笑顔になり、元気に病室に帰っていく。そんな様子を目の当たりにして、病院に犬を導入することの魅力を実感したという。

 

廊下を歩くハンドラーの佐野看護師と初代勤務犬ミカ

 

 

病院に犬がいることを当たり前に

ファシリティドッグが来たときの病院の様子を受けて、勤務犬の導入に向けて動き始めることになった。実際に導入となると、数々の壁が立ちはだかり、相当な努力と時間が必要となる。しかし、辛いことがあっても諦めずに一歩一歩、導入に向けて前進していった。

 

ハンドラーの佐野看護師と初代勤務犬ミカ

 

佐野看護師に勤務犬導入時のことを伺った。

「まずは病院に犬がいる風景を当たり前のものにしようと尽力しました。盲導犬協会のPR犬や日本介助犬協会に協力を依頼し、病院に定期的に訪問してもらえるようにした結果、2年間で53病棟を犬とともに回ることができました。患者や職員にアンケートを取り、署名も行い、勤務犬の導入にあたって“表面的な賛成”を得られました。」

 

アンケートの結果もよく、署名も集まったにもかかわらず、なぜ“表面的な賛成”と表現するのか。長江医師はこう語る。

「犬を病院に導入することについて意見を聞くと、多くの人が“いいね”と言ってくれるものの、その後には“でも…”が続きます。“犬がいたらいいね。でも、衛生面は不安。”“私は犬が好きだからうれしい。でも、犬嫌いの人は困るでしょ。”など。私たちはこれを“総論賛成、各論反対”と呼んでいます。」

 

そして、各論への賛成も得られるよう、勤務犬導入にあたっての約束事や制度作りにも尽力し、2015年に勤務犬導入に至った。

反対意見の中には厳しい声や傷つく一言もあったというが、患者さんの笑顔のため、そして互いに支え合う職員のおかげで、最後まであきらめずに突き進むことができた。

 

立ち上げ時メンバー:左上 長江秀樹医師(小児外科)、右上 長江千愛医師(小児科)、中央 佐野政子 看護師長、左下 星野薫 医療保育士、右下 北川博昭 学長(当時病院長)

 

 

笑顔の連鎖を生む勤務犬の存在

勤務犬が導入できた後も、継続に向けた働きかけは続いていく。これから先は勤務犬を継続していくための仕組みづくりが重要であると語るのは、学長の北川さん。この取り組みを始めて間もない頃から今に至るまで、職員と一体になって、周囲の協力を得られるような働きかけを行ってきた。

 

そんな北川学長に長い期間にわたって勤務犬継続のために努力する原動力を伺った。

「モリスとミカに支えられて、ここまで頑張ってくることができました。病院の先生にとっては患者さんが元気になることが一番の喜びです。モリスとミカによって、患者さんに笑顔が生まれる。患者さんに笑顔が生まれると、職員も患者さんの家族にも笑顔が生まれる。そんな笑顔の連鎖を間近で見られることが何よりの原動力になっています。自分のチカラだけでは笑顔が作れないことがあるからこそ、周囲を明るくしてくれるモリスとミカには感謝でいっぱいです。」

 

北川学長とモリス

 

第1弾では、勤務犬導入までの経緯を伺った。決して簡単な道のりではない勤務犬の導入を成し遂げることができたのは、職員の「病院内を笑顔でいっぱいにしたい」という強い信念と、お互いを思いやる気持ちがあったからこそだと感じる。

第2弾では、勤務犬やハンドラーに求められることを、モリスとのエピソードも交えながらご紹介します。

 

取材・文: 海東彩加
Reporting and Statement: ayakakaito

関連記事

この人の記事