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Dec.

2024

interview
31 Oct. 2024

パラアスリートを通して考えるDEI推進で大切なコミュニケーションとは -藤井郁美さんインタビュー・後編-

鈴木陽子
ストラテジスト/PRプランナー
鈴木陽子

前編に引き続き、電通デジタルでパラスポーツコンサルタントとして活躍されている藤井郁美さんにお話を伺います。後編では、パラアスリートや障害のある方とのコミュニケーションのあり方や、パラアスリートが果たせる役割、DEIを推進していく上で大切な視点についてお聞きしました。

現役時代には車いすバスケットボール女子日本代表のキャプテンとして、一人ひとりの話を聞くことを大切にし、その人に合った声がけを通じてメンバーの良いところを引き出す工夫をされていた藤井さん。そんな彼女が考えるDEIを推進する上での理想的なコミュニケーションとは、どのようなものでしょうか。

 

多様な人たちが働きやすい環境づくりは、オープンなコミュニケーションが起点になる

一人ひとりの違いを知り、その人の考え方や性格に応じたコミュニケーションを試行錯誤されてきた藤井さんから見て、日本におけるDEIの推進状況をどのように感じていらっしゃるのか、お伺いしたいと思います。

パラアスリート雇用以外の部分についても、企業がDEIへの理解促進や研修に取り組むことが増えてきたと感じます。しかし、障害の分野に限って言えば、障害者雇用率などの数値は会社として公表しているかもしれませんが、実際の成果は目に見える形ではわかりにくく、どこまで進んでいるかを把握するのは難しいです。

また、多様な人たちが働きやすい環境については、まだまだ整備が必要だと思います。そこは受け入れる側の体制や準備が必要となり、エネルギーを要する部分だと思うんです。

企業は障害者雇用を促進したいと考えていても、現場の人たちの受け入れ体制は整っているのかという問題があります。例えば、障害のある人にどう対応していいかわからない場合や、過剰な配慮によって障害のある方本人が居づらくなることがあります。そうした双方の様々な環境整備が、障害者雇用を進めていく上での課題になるのではないかと思います。

どの程度の配慮が必要なのかをお互いに伝え合えればよいのですが、一律に「こうしてください」とお願いするものでもなく、人によって必要な配慮が異なるため難しいですよね。

そうなんですよ。でも、お互いにコミュニケーションができていれば、そこはクリアになるのではないかな。たとえば、「手伝いましょうか?」と聞いて、手伝う必要がなければ「大丈夫です」と気軽に言い合える関係性が社内で構築できていれば問題がなく、多様な人たちが働きやすい空間ができると思います。

けれども、どうしても未だに閉鎖的な傾向もあります。良いか悪いかは別として、日本人の遠慮深さから「こうしたらこの人は嫌かな」などと、話すより先に物事を考えてしまうことがあります。相手に障害があったとしても、もっと気軽にコミュニケーションを取ってもらえたらいいなと思います。

 

パラアスリートを通して、障害のある人の存在をインプットしてもらいたい

パラアスリートは、「障害のある人」であり、「アスリート」でもあるわけですが、彼らを企業に迎え入れる際には、企業側はどのような準備をして、どんな風にアスリートと接すればよいのでしょうか。

アスリート雇用された選手と職場で接する時は、周りの皆さんがアスリートファーストでいろいろと考えてくださっているのですが、私はアスリートの特別扱いには違和感があるんです。自分が現役を引退した今でも、そこまでアスリートファーストである必要はないと感じています。

以前であれば、「アスリートはスポーツだけをしていればよい」という考えがあったかもしれません。でも今は違っていて、社会人としてやるべきことをきちんとやっている人が応援される選手だと思いますし、例えば提出物の期限を守るなど、基本的なことをしっかりとやっている人が結果を残していると感じます。私自身もそういう考えでやってきたので、現役の所属アスリートに対しても、応援されたいのであれば、求めるばかりではなく「ちゃんとやることをやろうぜ」と思います。

一方で、同じ部署の人たちは、アスリートにどう関わればいいのか、どう言っていいのかがわからないこともあると思います。実際には特別扱いしているわけでもなく、普通に接してくださっていると思うのですが、それでも本人たちは「なにか違うよな」と感じる部分がありますので。そこは関係づくりの中で、どうやったらフラットな関係になれるのかを考えますね。そのためにも、やるべきことをやっていなかったら、普通に一社会人として指摘してほしいと思います。

パラアスリートは企業や社会の中でどんな役割を果たせると思いますか。

まずは、パラアスリート、つまり障害のある人たちがいることを知ってもらうことが大事だと考えています。

私たちのような存在がいることを皆さんがインプットしてくだされば、それで十分です。パラアスリートや障害のある人に対して「こう対応しなければいけない」ということを押し付けるつもりはなくて、「こういう人が社会の中にいるんだ」と頭の片隅に置いてもらえれば、それで私はオッケーなんですね。

やはり誰にとっても「明日は我が身」ということがあると思います。いつ事故に遭って障害を追うかわからないし、病気で障害のある状況になるかもしれない。自分の家族やパートナーがそういう立場になる可能性もあります。そうなった時に、顔の見える関係にあるパラアスリートの存在を知っていることが役に立つと思います。

「こういう障害がある人がいたな、でも頑張っていたな」という知識として私たちの存在があれば、それだけで私たちが企業に所属している意義があると考えています。


(インタビュー中の藤井さん)

 

DEI推進で大切なのは、自分とは異なる軸で生きている人々の存在を意識すること

最後に、藤井さんはパラアスリートや身体に障害のある方だけでなく、自分の属性とは異なるマイノリティの方にも関心を向けられている姿が印象的です。どうしてご自身とは異なるマイノリティ性を持つ方にも目を向けられるようになったのでしょうか?

確かに自分は「障害者」ではあるものの、自分が大病をして障害を持ったからといって、自分が一番大変だとは全然思わないんです。私は15歳の時に骨肉腫で障害を負いましたが、その時に同じ病室で自分よりもっと大変な人たちを見て、すごく衝撃を受けた体験が自分のベースにあるのかもしれません。また、今の自分の生活環境において、自分より重い障害のあるパートナーがいることも影響していると思います。

夫婦ともに障害のある状況で生活していると、どうしても考えが偏ってしまうことがあり、それは子育てを通じても、夫婦2人で注意しなければいけないと感じているところです。自分たちの考えが障害者という方に引っ張られて固定観念ができてしまうので、そこは自分たち自身で注意して、他の立場の人々にも目を向けるように努力しています

具体的な例を挙げると、たとえば、車椅子用の駐車場を使いたいのに、他の車が停まっているとします。「私たちは車椅子駐車場が必要なのに」と思いながら、仕方なく違うところに停めることになる。そこに車椅子ではない人が戻ってきたら「車椅子じゃないのにここに停めるな」と思ってしまうことがあります。でも、もしかしたらその人は内部疾患を抱えていたり、そこに停めなければならない他の理由があるのかもしれません。

結局、自分たちは見た目で障害が分かりますが、そうではない人たちもいるわけで、「なんで車椅子じゃないのに車椅子駐車場に停めるんだ」と思うのは、自分たちのバイアスがかかっているところだと思いますし、自分たちの軸でしか生きていないなと感じることがあるんですよね。

なので、私たち自身も障害の当事者なのですが、こどもは両親が障害を持っているという“普通ではない”状況にいるので、子育てをしていく上でそういう点に注意して考え、発言なども気をつけていますね。

 

(取材を終えて)

自分とは異なる視点や背景、価値観を持って暮らしている人々がいることを、頭の片隅で意識しながら生活をする。そんな藤井さんの姿勢には、障害やパラスポーツという分野に限らず、DEIに関わるあらゆる領域で忘れてはいけない考え方が体現されているように思います。

DEIを推進する際に大切なことは、自分とは異なる背景を持つ人に対して、まずは傾聴し、相手の考え方を知ること。そして、その人に合ったコミュニケーションを試行錯誤しながらも、オープンでフラットなコミュニケーションを図っていくこと。パラアスリートとの交流を通じて、そうしたコミュニケーションが取れる環境を作ることができたら、より良い企業文化の創造につながるのではないかと取材を通して感じました。パラアスリート雇用が、自分とは異なる属性を持つ人に目を向けるきっかけとなればと思います。

 

(藤井郁美さんプロフィール)

15歳の時に悪性骨肉腫を発症し、右大腿骨、膝を人工関節に置換。高校のバスケ部顧問に車いすバスケの存在を教えてもらい、20歳から本格的に始めた。2016年以降、数々の大会で日本女子代表のキャプテンとしてチームをメダル獲得に導いた。東京2020パラリンピック競技大会にもダブルキャプテンのひとりとして出場。その後、2022年1月に現役引退。

取材・文: 鈴木陽子
Reporting and Statement: yokosuzuki

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