パラリンピックは「人間の可能性の祭典」 〜河合純一氏/櫻井誠一氏 前編
- 共同執筆
- ココカラー編集部
パラアスリートや、パラスポーツを支える人たちに取材し、彼らと一緒に社会を変えるヒントを探るシリーズ「パラスポーツが拓く未来~パラスポーツ連続インタビュー~」。第4回目は、日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会(JPC)委員長・河合純一氏と日本パラ水泳連盟常務理事・櫻井誠一氏に聞きました。
櫻井誠一氏(左)、河合純一氏(右)
河合純一氏(日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会委員長)
全盲のスイマーとして6度のパラリンピックに出場し、合計21個のメダルを獲得。現在は日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会(JPC)委員長、日本パラ水泳連盟会長などを務め、東京2020パラリンピックでは日本選手団団長。
櫻井誠一氏(日本パラ水泳連盟常務理事)
日本パラ水泳連盟常務理事。1989年にアジアパラ競技大会の前身である「フェスピック神戸」にボランティアで関わったことをきっかけに、パラ水泳選手の指導を始める。
■パラリンピックの魅力
パラリンピックは「人間の可能性の祭典」
河合:「オリンピックは平和の祭典。パラリンピックは、人間の可能性の祭典」──私がよく使っている言葉です。一般的に、障がい者に対しては、何かができないというマイナス面のイメージがあります。でも、その人たち(選手)が発揮する、想像以上のパフォーマンスを目の当たりにすることで、「人間という存在の可能性」に気づく。そして、その気づきを通して、「自分たちがまだ気づいていない将来の可能性」を発見することもできる。この「両面」を実感できるのが、パラリンピックの魅力なのです。
櫻井:私の場合、1989年にいまのアジアパラ競技大会の前身である「フェスピック神戸」にボランティアとしてかかわったのが、パラスポーツとの出会いです。当時、私は実業団の水泳の選手で、行政(神戸市)の職員。パラアスリートの指導をしてほしいという要請があったのがきっかけです。体の動きというものをすごく勉強したことによって自分の泳ぎが科学的には間違っていると気づき、そこから自分のタイムも改善されていきました。
考え方も変わりました。河合会長の「見えないからこそ、見えるものがある」という言葉や、「失われたものを数えていくよりも、得たものを数えていく方がよい」といった言葉などが、自分の人生を考える上で非常に参考になって、プラス思考になりました。
そして、「人間の可能性」についても気づかされます。両上肢欠損の方は、足でなんでもやる。泳ぎ終わった後に、足でゴーグルを上げて顔をふく。脳科学の先生方と話をしていくと、それがなぜできるかわかるようになる。それは、自分にとって、いろいろな意味でプラスになっています。
■東京2020パラリンピックを振り返って
リオパラリンピック以降の課題に対して
しっかり取り組んだ成果は大きい
河合:日本代表選手団として、リオパラリンピックの結果を受けて選手強化の練り直しを図り、その結果が東京2020パラリンピックで出たのだと思います。クラス分けやルールの変更に対しても随時対応し、できることをやりつくした中での大きな成果と受け止めています。そして、メダルをとるというところまでを見据えた強化策を検討する時間があったことも大きな結果につながったと思っています。
だから、鈴木孝幸選手(パラ水泳)が東京2020大会で日本選手団第一号の金メダルを獲得したことは、リオでは金メダルがとれていませんから、9年ぶりです。時計の針をやっと動かすことができたと感じた瞬間でした。
障がいの軽いクラスのメダルに注目
「人間の可能性」にも気づけた意義ある大会
櫻井:私個人としては、実はトライアスロンに感激しました。トライアスロンは、健常者の団体と障がい者の団体を分けずに日本トライアスロン連合として活動し、パラアスリートの強化にも力を入れていただき、東京2020大会で複数個のメダルをとりました。しかも、比較的障がいの軽いクラスでメダルを取っています。
日本は、福祉面でそれなりに充実が図られてきたこともあって、障がいが重いクラスについては世界と戦えるのです。軽いクラスというのは、健常者の中に交じって幼い頃からやっていないとなかなか勝てません。オリンピックは、小学校であれば少年団、中学校は中体連、高校は高体連、大学はインカレ、そして実業団というパスウェイがあり、その流れの中にパラアスリートは入っていません。国体にもパラアスリートはいません。そのような状況の中で、障がいの軽いクラスでメダルを1つとったということは、非常に私の中で印象深いものでした。
河合:東京2020大会が終わってみた時に、「オリンピックを開催してよかった」という人が6割、「パラリンピックを開催してよかった」という人が7割もいました。それは、大会の意義である「人間の可能性」に気づけたからだと思います。個にフォーカスした言い方をしていますが「社会が変わっていく可能性」であり、まさに、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)、共生社会への関心が高まったことの証だと思います。
■パラスポーツ全体で新たな組織づくりを
櫻井:たとえば、日本パラ水泳連盟では、2017年~2024年間の「中・長期計画」があります。いままでそれを目標にしながら、少しずつ手入れをしながら進んできました。これからは、「財源を確保して、どうやって自立していくか」が大きなテーマになっています。まさしく「ガバナンスとマネジメント」。その視点を入れながら、パリからロス、またオーストラリアのブリスベンともう決まっていますので、そこまで見据えた強化対策を考えないといけないと思っています。
財源を考えた場合、一競技団体というだけではなく、JPC(日本パラリンピック委員会)も入れて考えて、パラスポーツ全体がしっかりと安定して運営できる「新たな組織づくり」が必要だと思います。ここで一番大切なことは、単なる組織合併ではなく、誰もがスポーツを楽しめる状況・環境をつくるには、「組織はどのような形がよいか」という議論をきちんとしていくことだと思います。
■パラアスリートの育成・強化
幼年期からの強化プログラムをつくること
櫻井: 育成・強化には、FTEMという考え方があります。Fはファンダメンタル、Tがタレント、Eがエリート、Mがマスターという4つの段階。さらにその中が分かれているのですが(全部で11段階)、大切なのは、その一番基礎の部分(ファンダメンタル)の強化です。その基礎のところは幼少期、いわゆる三つ子の魂百までという話がありますが、3、4歳の時に運動をすることが効果的なのです。
日常生活の中で、ゴロゴロ横にころがる、前転、後転をやるとか、いろいろなやり方があります。体の使えるところを使って、這うことでもいい。そういうことをやらせているかどうか、やっているかどうかなんです。
パラアスリートに求められる「勉強」の大切さ
河合:日本のパラスポーツの世界は、切磋琢磨すれば自然と洗練されていって、一流選手になれるという構造ではありません。ちゃんと若い頃から意識して、自分なりに計画をつくって、それを修正したり、実行していって成果を出していく。選手たちは、スポーツを楽しむことも含め、自身の「キャリア」のことを考えていくことが大切です。
そのためには、勉強して物事の考え方などを身につけていかないといけません。単に記録が出ました、選ばれました、出られました、よかったね、で終わったら何も残らない。そこの部分の教育が大変重要で、いまの大きな課題です。
■パラスポーツの発展に必要なこと
スター選手を出してパラスポーツの「かっこよさ」を知ってもらう
櫻井:やはり、スター選手を出していかないといけません。そしてスター選手が、バラエティ番組などいろいろなところに出演する。そうしていくことで、障がいがある・なしに関係なくアスリートを応援することが自然になって、それがパラスポーツの発展だけでなく、共生社会の実現にもつながっていくのではないでしょうか。
特に、子どもたちには、もっともっと「パラスポーツは、かっこいい」と思ってもらいたいですよね。そのためには、子どもたちがパラスポーツに触れる機会を増やしていくことが重要です。たとえば、企業などの社会貢献活動で「車いすを寄付しよう」と考えた時に、日常用車いすを福祉施設に寄付するという発想だけでなく、パラ陸上の競技用車いす(レーサー)を学校に1つずつ寄付していただけたら、ありがたいですね。障がいのない子どもたちにも、みんなに乗る体験をしてもらう。実際にパラアスリートが使っている車いすや義足などの器具を、学校などで展示するところからでもいいと思います。
行政の力が欠かせない
河合:トップの選手たちのトレーニング環境は良くなっていますが、それ以外はまだまだこれからという印象です。東京にはナショナルトレーニングセンターがありますが、約30の都道府県でまだスポーツ行政が一元化されていない現状があり、健常者スポーツと障がい者スポーツが分かれてやっているような状況です。
櫻井:パラスポーツの部門だけが取り組む施策は、どうしても「障がい者スポーツセンター」を中心とした発想にとどまりがちですので、今後のパラスポーツの発展には、やはり「行政の力」が不可欠であることは間違いありません。
この面では改善できることが多いと思いますし、私たちパラスポーツ競技団体とともに、新しい組織づくりをぜひ進めていきたいです。
――――――
長年パラスポーツに携わるお二人の言葉から、パラスポーツは見る人にさまざまな気づきを与えることがわかりました。後編では、パラスポーツが社会に与える影響について深掘りしていきます。
取材・執筆:桑原寿、吉永惠一、斉藤浩一
編集:八木まどか
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