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Dec.

2024

interview
4 Feb. 2021

拡大する世界のインターネット人口:次の10億人のダイバーシティ&インクルージョン

飯沼 瑶子
副編集長 / プランナー
飯沼 瑶子

世の中のオンライン化の流れは、感染症の拡大影響も受けてますます加速し、仕事、買い物、エンターテイメント、あらゆるシーンで当たり前のようにオンラインのやり取りが発生している。

もはやオンラインとオフラインの境目がなくなりつつある現代において、インターネット上にも生じているダイバーシティ&インクルージョンの課題、そしてビジネスにおける視点について、デジタル人類学者という視点から、人々のソーシャルメディアやデジタルメディアの活用方法や生活への適応を20年以上にわたり研究し、特に開発途上国などの低所得層の動向に詳しいパヤル・アローラ氏に話を伺った。


パヤル・アローラ氏

インクルーシブなインターネット

インターネットが普及した当初、それは誰でも参加でき変化をもたらせる余地のある大きな可能性に満ちた場であり、新しいルールを自ら再構築できるパブリックスペースとして人々に歓迎されたはずだ。Wikipediaはその一つの象徴ともいえるだろう。世界中の人がボランティアで時間と熱量をかけて作り上げるこの辞典は、今や紙の百科事典を超える存在になり、何かを調べる時にまずWikipediaを参照する人も多いのではないだろうか。

このような情報取得の方法をはじめとする人々の生活の行動様式に加えて、Black Lives Matter、Occupy movement、#Metooなど、ソーシャルで拡散しグローバルな結束を生む活動は、デジタル上の動きに留まらず、実際の政策にも大きな影響を与えるようになっている。

一方で、すべての人がこの恩恵を享受できているかというと、オフラインの世界同様ここにも分断が生まれている。


ジェンダーによる格差

アジアや中東などにおいては、特に女性の行動が社会的に制限されており、服装や発言にもその制約が生じがちだ。それは、彼女たちの一挙手一投足が本人だけでなく、家族や国全体にも影響を与えるような大きなインパクトを持つとされているからだ。

例えば、最近サリーを着た女性によるアクロバティックなパフォーマンスの動画がSNS上で話題を生んでいるのだが、これがインド人コミュニティで好意的に受け入れられるのは、彼女たちがサリーを着ていることで、つつましさや品位を保ちながらも、高い身体能力を持ち、女性でも・サリーを着ていても・インド人でもなんでもできるということを世の中に象徴的に表明しているからだとアローラ氏は分析する。

 
 
 
 
 
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インド人体操選手Parul AroraさんのInstagram投稿

一方でスポーツブラや短いパンツなど肌を露出するような西洋的な服装については、社会的に低俗、過激、刺激的であり批判にさらされても仕方ないというような評価をされがちだという。そして男性に比べてこのような批判を女性はより受けやすい傾向にある。本人のみならず家族も批判や攻撃に晒され、ソーシャルアカウントを閉じる女性インフルエンサーは後を絶たない。

これはインドに限ったことではなく、日本でも馴染みのある構図ではないだろうか。


自らの行動で変化をもたらす若年層の台頭

サウジアラビアでも、ニカブ姿の女性がスケートボードに乗ったりボウリングをしたり男性の許可なしには違法とされていることを行う動画が話題になった。

このような投稿は彼女たちの住む社会において、我々が想像する以上のインパクトとリスクを持つものであり、個人が特定されれば法律に基づく罰則を受ける可能性すらある。しかし、こうした果敢な投稿者の前例が積み重なることが、国内外の女性にも勇気を与え、古い慣習による生きづらさを打破し、社会の変革につながる一歩に他ならない。

中でも若年層の動きは希望だとアローラ氏は言う。世界的なニュースやメディアの活動の中心は欧米的なシステムや考えに則って進みがちだが、必ずしも欧米の潮流だけを追うことなく、エンターテイメントやコンテンツの側面においてデジタル上で世界中のコンテンツの中からおもしろいものを柔軟に受け入れ、自らも発信し、個人がインフルエンサーとして大きな影響力を持ちうる若年層は、変化の促進力になっていくだろう。


ビジネスの側面から:今後の潮流の中心となる次なる10億人

アローラ氏が著書「The Next Billion Users: Digital Beyond the West」を出版した当初、人類学の書籍であるにも関わらず、ビジネス書としてジャンル分けされたことはご本人にとって意外なことだったが、世界中のIT企業や起業家にとって、現在低所得層にあるこの新たな10億人の(約7割を若年層が占めるとされる)インターネットユーザーは、次の成長市場として非常に魅力的な存在であり、注目の的になるのは自然な流れだった。

基礎的なインフラが未整備の地域における最先端技術の導入での一足飛びの発展は「リープフロッグ(蛙飛び)」と称されるが、フィンテックもその一例といえる。アメリカでは支払いにおいて紙の小切手がいまだ現役な一方で、東アジアを中心に電子決済の仕組みが席巻し、路上生活者ですらQRコードを掲示する社会において、シリコンバレーに代表されるような欧米からこそ最先端の技術が生まれるという信仰はもはや崩壊しつつある。

既にfacebookはインド最大の通信会社であるJioに多額の出資を行い、提携を結んでいるように、先進国の価値観を中心とするトリクルダウン的な考え方ではなく、現地に寄り添いパートナーシップを構築するアプローチが必要なのだ。

リープフロッグ事例としてのJioFi、フルーガルイノベーション事例としてのジャイプール・フット


ニーズよりも「願望」に注目すること

途上国に対する固定観念を捨て、フラットな視点でユーザーの願望を叶えるものを見定めて提供することが重要だとアローラ氏は語り、日本企業の成功事例としてスズキのインドにおける圧倒的な支持を挙げる。まず現地消費者への理解を深め、“日本車”を売ろうとするのではなく現地の人が求める車を作ることを中心に置いて開発された低燃費で品質のいい車はインド市場に広く浸透し、スズキ車をインドの国産車と誤認する人までいるほどだ。

「フルーガルイノベーション」(frugal=簡素・倹約的)も現地における願望を起点にした、高性能でありながら低価格を実現する解決策であり、使う材料やプロセスを再検討することによって、本来数千ドルもするような義足をたった45ドルほどで提供可能にしたジャイプール・フットは、世界最大の化学メーカーと協業し、ハーバードビジネススクールのケーススタディにもなっている。現地で生み出された“簡素な”イノベーションは、低コストでの現地における開発力や、ビジネスモデル構築の発想力のヒントに満ちているのだ。

進むオンライン化によって、共通化されたデジタルプラットフォーム上に多様な文化が入り混じり、世界の距離感は一層近づく中、ビジネスもエンターテイメントも国内だけに着目してはいられない。これまで遠い存在だと思っていたものにも目を向け、オンラインを通じて新しい潮流に飛び込んでみる必要があるだろう。


■パヤル・アローラ
インド出身のデジタル人類学者であり、作家、教授(エラスムス・ロッテルダム大学)。世界中の低所得層におけるエシカルAI、インクルーシブデザインとUXの分野に高い専門性を持つ。作家としても“Leisure Commons”や“The Next Billion Users”など数々の受賞作を執筆し、Forbes誌から“next billion champion”と称される。

取材・文: 飯沼瑶子
Reporting and Statement: nummy

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