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Oct.

2024

interview
13 Jan. 2022

障害者の自立と成長を、“買い物”から考える。

濱崎伸洋
DEIディレクター
濱崎伸洋

“親なき後問題”という言葉をご存じでしょうか。自分が死んだらこの子はどうやって一人で生きていくのか…障害のある子どもをもつすべての親に共通する悩みです。

障害者支援のあり方は、“施設から地域へ”が潮流となっていますが(※1)、その前提となるのは最低限の生活能力の習得で、そう簡単なことではありません。

とくに知的障害のある方が社会生活で直面する困難の一つに、「買い物」があります。障害の特性上、お金の計算が正しくできない。あるいは、計算はできても、必要な額だけ財布から取り出すことができない。だから、いつも千円札で買い物をすることになり、釣り銭だけが溜まっていく。電子マネーが使えるお店でしか買い物できない。そんな方が大勢いらっしゃるそうです。そして、財布に千円札を入れたり電子マネーをチャージしたりするのは、親だったりするのです。

今回インタビューさせていただいた前川哲弥(まえかわ てつや)さんも、そんな“親なき後問題”を抱えるお一人です。障害のある方々を支援する「NPO法人ユメソダテ」(※2)を運営し、ご自身も知的障害のある息子さんを持つ前川さんは、障害者の自立した生活と、さらには知育にもつながる道具として、“夢育てコインケース”の開発に奔走しています。

 

“夢育てコインケース”とは

プロトタイプを手に熱心に語る前川さん

前川さんが運営する「NPO法人ユメソダテ」の活動は、文字どおり「夢を育てること」です。ずっと仕事一筋だった前川さんは、ある日、息子さんのことで就労支援施設を訪問したときに職員の言葉にハッとします。「ここでは“仕事”は教えられるけど、“やる気”は家庭で育てるものですよ」そう言われて、前川さんは「やる気…やる気ってどうやって育てるんだろう…」と考え込んでしまったそうです。

いろいろ調べたり、人と会ったりしているうちに、「夢があると人は前向きになれる」ということに気づきます。そして夢は誰かに語り、肯定されることで強くなる。さらに大人との語り合いを通じて、社会を垣間見ながら、人生の目標へと変わっていく。人とのかかわりこそが、夢を進化させる。そんな確信に行き着きます。

障害のある方々が自分の夢を語るワークショップを開催したり、企業で働く障害者のスキルアップを支援したり、そんな日々のなかでNPOの仲間たちと「障害のある方の自立や夢の実現を阻むものは何か?」をたびたび議論しました。そこで出てきたのが「お金が使えない」という問題でした。なぜ、お金が使えないのか。この問題を解決するために参考にしたのは、前川さんのNPOの理事であり、知的障害や発達障害のある方のための私塾「よむかくはじく」(※3)を主宰する外山純(とやま じゅん)さんを通じて知った、イスラエルの教育心理学者・フォイヤーシュタイン博士の理論でした。障害者の認知プロセスを構造化し、つまずきのポイントを明らかにしていく博士の理論をベースに、ホワイトボードを使った「お金を数える」トレーニングを提案しました。知的障害があってお金の勘定ができない成人の方に体験していただいたところ、なんと、わずか10分強で「金額の情報を、硬貨の種類・枚数の情報に変換する」というプロセスが可能になりました。しかも、買い物ができるようになっただけでなく、算数が好きになり、日常生活で数字が関わるあらゆる場面にも積極的になったのです。

このホワイトボード上の光景をそのまま店頭で再現すれば、誰もが自分で買い物できるようになる。それが、「夢育てコインケース」のコンセプトでした。

 

“自分で買える”ということは
想像以上に楽しい。

硬貨を並べたホワイトボード

コインケースと一口に言っても、100円ショップで売っているものは硬貨がたくさん入り過ぎたり、桁に合わせて列が変わっていなかったりと、知的障害者の“ホワイトボード体験”の再現をかなえるものではありませんでした。

ならばゼロから創るしかないと、前川さんはコンセプトモデルを長野県の会社に発注しました。出来上がりをいろいろな方に見てもらったところ、長崎県諫早市の小学校の特別支援学級の先生が興味を持ってくださり、教室や放課後デイサービスで使ってみてくれました。その結果、構造自体は悪くないものの、大きすぎて使い勝手の悪いことが判明。一方、時を同じくして「夢育てコインケース」の開発が世田谷区の助成事業に認定されるという朗報も。さまざまな分野のプロの知見を借りながら、本格的に理想のカタチを探求しました。

完成した“夢育てコインケース”プロトタイプ


硬貨が取り出しやすく、落ちづらい。しかも、使い勝手のよい大きさ。デザイン会社の方々が金型工場と何度も議論してようやく完成したプロトタイプを、まずは世田谷区の福祉作業所で試してもらいました。前述のホワイトボードを使ったトレーニングを受けてから、お店でコインケースを使ってみたところ、結果は上々。ある女性は、初めてコンビニでジュースを買えた興奮で、「楽しかった~」を連発。なかなか前川さんのプロトタイプを返してくれなかったそうです。また、別の福祉作業所では、「大好きなあさり汁と豚汁を買うんだ」とうれしそうに話してくれた方がいました。

「自分で買えるということは、我々が思う以上に楽しいことなんだ」前川さんは改めて実感しました。

 

”クラウドファンディング“で
支援の輪がさらに広がる。


NPO法人「ユメソダテ」の仲間たちと

プロトタイプの製作までは世田谷区の補助で実施できましたが、量産化に向けた初期投資を自前で用意することはできません。そこで前川さんはクラウドファンディングを開始しました。

目標金額は350万円。なんとスタートダッシュ3日で100万円に達しました。真っ先に支援の声をあげてくださったのは、前川さんと同じように、“親なき後問題”を自分ゴトとして受け止めている方々。さらに、福祉関係者や教育関係者、インフルエンサーと呼ばれる有識者の方々へと支援の輪は広がっています。

板橋区のある区議会議員さんは前川さんの活動に関心を寄せ、区役所や地域の施設に前川さんを紹介してくれました。前川さんが出向いて説明すると皆さん共感し、「完成したら買い上げますよ」と約束してくれる施設も。また、ある印刷会社はコインケースの使い方アニメを無償で制作しますよと申し出てくれるなど、クラウドファンディングをきっかけに、さまざまな縁が生まれているようです。

目標額に達したら、量産に向けた準備が始まります。原価を計算し、売価や販売ルートまで考える。パッケージはもちろん、あのホワイトボードのトレーニングをイメージした説明書も用意しなくてはいけない。ますます忙しくなりそうです。

 

一番伝えたいメッセージは
「あきらめないで」ということ

前川さんの活動を伺っていると、とにかくエネルギッシュの一言に尽きます。その原動力は何なのか、改めて訊ねたところ、即座に返ってきたのは「誰もが夢をあきらめずにいられる社会の実現」。そう、前川さんの関心は「人の可能性」なのです。“夢育てコインケース”も、日常生活を支援するだけでなく、学校を卒業すると学びの機会が減ってしまいがちな知的障害者のために、使うたび数の概念を学ぶことができ、学齢期を抜けても成長する機会を提供できる、そんな“教育ツール”の役割も担っているところに特徴があります。そのコンセプトは、還暦近くなってもなお知識を貪欲に吸収し、活動の幅を広げる前川さんの姿に重なるところがあります。

最後に、“夢育てコインケース”開発のきっかけとなった前川さんの息子さんは、このコインケースを使ってくれそうですか、と質問したところ、意外な答えが返ってきました。「実は、あれから本人もずいぶん成長したようで、今では普通のお財布で買い物ができるようになりました」

人はいくつになっても、たとえ障害があっても、成長できる。そんな姿を自ら示してくれるステキな親子でした。


前川さん(左)とご子息の怜旺(れお)さん(右)

 

 

<参考情報>

※1 施設から地域へ
「障害者自立支援法(2006年)」の施行を契機に、ノーマライゼーションの精神から、施設に入所する障害者を地域、すなわちグループホームや一般住宅での生活に移行させる動きが各自治体で進められています。

※2  NPO法人 ユメソダテ
https://yume-sodate.com/

※3個別指導教室 よむかくはじく
https://www.tt-ed.co.jp/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取材・文: 濱崎伸洋
Reporting and Statement: nobumihamazaki

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