「ノーライン・キャリア」の時代 ⑥ ~「明日への希望」をデザインする専門家~
- 共同執筆
- ココカラー編集部
<ダイバーシティな働き方 「ノーライン・キャリア」>
グローバル経済の進展、少子高齢化、労働市場の流動化などの環境変化によっ て、日本人の働き方が変わりつつある、と言われ始めて久しい。終身雇用、年功序列といった慣行が崩れるなど、やや恐怖訴求的な論調のニュースが目立つ。一 方、この変化をチャンスととらえ、これまで当たり前とされて来た枠組み(ライン)に縛られず、逆に自分で自分の限界(ライン)を決めない多様で新しい働き 方、つまり「ノーライン・キャリア」を創りだしている取り組みが、現れはじめた。そうした開拓者たちの“いま”をレポートして行きたい。
「ワークショップデザイナー」という職業が、世の中に広まりつつあるのをご存じだろうか?
その育成システム【青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム(通称:WSD)】が、本年の経済産業省・グッドデザイン賞ベスト100、未来づくりデザイン賞に選出された。
同賞のサイトでは、このように紹介されている。
「社会構造の変化に伴い個人の相互依存が高まる社会で、さまざまなコミュニティの結び目となるコミュニケーションの場づくりの専門家として『ワークショップデザイナー』を育成するプログラム」
ここで言う「コミュニケーション」とは、対面からコミュニティ形成までの幅広い範囲を指し、「場づくり」とは、コンテンツ(内容)とスペース(空間)に加えてチャンス(出会い)をデザインすること、と規定されている。
教育分野と芸術分野のスペシャリスト達が、力を合わせてプログラムを設計し運営しているのが特徴で、すでに1000名を超える修了生を輩出している。立ち上げをされた青山学院大学社会情報学部教授の苅宿俊文さんにお話をうかがった。
ワークショップデザイナー育成プログラムでは、まず初めに出会うワークがある。そのワークでは、苅宿さんが数名の受講生に質問をする。
「好きな色は何ですか?」と。数名の受講生がそれに答えていく。「赤です」「青です」「黄色です」のように。そして苅宿さんはこう続ける。「いま答えていただいた方以外の方にお伺いします。間違えた人を指差してください。」受講生は首をかしげ、考える。好きな色に間違いはあるのだろうかと。
実はこれこそがこのワークの狙い。ワークショップデザイナーは、「答えは君の中にある」ということを大切にしており、間違いのない問いがあることを再確認するところからスタートするのである。これは「代替不可能性」とも言い換えられる。一人一人が他者と代えることのできないものを持っているということを大事にするということである。
しかしこれだけで終わらないのがワークショップデザイナー。この多元的になることが避けられない社会の中で、多様な価値観が共生していく道を探していかねばならないワークショップデザイナーは、みんな違ってみんないいだけでは、やっていけないのだ。つまり、「みんな違ってみんないい」と、「みんな違うからまとまらない」。答えはこの間にある。そしてその答えは、1つではなく、現場ごとに異なる。
そこでワークショップデザイナーが1000人いる意味が出てくる。苅宿さんは、1人のカリスマが10000人集めて1カ所で行うワークショップよりも、1000人のワークショップデザイナーが10人を集めて1000カ所で行うワークショップの方に意味があると言う。なぜならば、「みんな違ってみんないい」と、「みんな違うからまとまらない」の間にある答えは、絶対的な1つの正解があるのではなく、場面によって、時間によって、その場ごとにつくり出していかなければならないものだからだ。ワークショップデザイナー育成プログラムはワークショップの企画や運営についてのノウハウを学ぶだけではなく、哲学がある講座なのである。
このプログラムは、eラーニングと対面講座の2つの講座から成る。学習時間は、約3か月間で120時間、と社会人が学ぶには、ややハードだ。ワークショップ実践学習では、企画・実践・振り返りのプロセスを2回繰り返すことで“気づき”が深まる。(これをWSDでは“螺旋(らせん)型”の学習と呼んでいる。)実習では、演劇界など第一線で活躍されている講師陣から厳しいフィードバックも受ける。が、学びの場には熱気が溢れている。企業、学校、アーティスト、医療・福祉、デザイン・建築・・・と多様な分野からの受講生が、“ゴッチャ”に混ざる風景は、他に類を見ない。ここに苅宿さんが、ワークショップデザイナーとしての専門性を鍛える“仕掛け”が隠されている。これまでの社会は、仕事と家庭という2つのコミュニティで成立していた。しかし、グローバル化、情報化、高齢化などの、様々な変化の進展に伴い、多様な価値観を持ったコミュニティが生まれ、共存して行くことになる。そこで求められるのが、そうした多種多様なコミュニティの協働性を促進する「結び目」となる人。つまり、ワークショップデザイナーとは、異分野や異文化の垣根を越境したり、横断したりして「つながり」をつくる専門性を持った人、なのである。
同プログラムへの参加者の構成も、これまで変遷を遂げて来た。立ち上げ期は、演劇界や医療・看護現場などで、実際にワークショップを我流で実践している人たちが「学び直し」で参加した。その後、2011年の東日本大震災を期に、「人と人のつながり」への問題意識を持つ多様な人たちが加わって来た。昨年(2014年)以降は、企業人の比率が高まっている。受講中に所属する職場(会社)を離れ、ワークショップデザイナーのスキルで独立・起業する人も出始めている。
グッドデザイン賞を受賞し一定の評価が定まりつつあるからこそ、次なる進化を目指す必要性も、苅宿さんは感じている。まず「評価」の視点。ワークショップデザイナーが社会的存在として定着するためには、参加者やクライアントからの、継続的で客観的な評価を得ることと、そのための明確な「尺度」を設定する必要がある。その際、ワークショップデザイナー自身が、人にわかるような「自己評価」が出来るようになることが肝心だ。第2に、多岐に渡る卒業生同士のコミュニティと連携の仕組みをつくること。「1000名だから、できること」をめざして、2011年にはNPO「ワークショップデザイナー推進機構」が設立され、修了生が継続して学べる場や、他分野で活躍する修了生同志がコラボレーションする機会などの提供を行っている。第3のチャレンジは「履修証明制度」。同プログラムは、計120時間の講座を修了すると、青山学院大学から学校教育法に基づく履修証明書が発行されその専門性を大学から認定されたことになる。そしてこの履修証明制度は、「大学を変える切り札」として期待されている。社会を変える「つながり」をつくる専門家たちを輩出することによって、大学という場を、就職への通過点ではなく社会を客観的に見る目を養う、あるべき学びの場へと回帰させることが出来るのではないか、というわけだ。
WSDの授業で生徒に披露される1本の映像(You Tube「Talking Twain Babies」)がある。1歳に満たない双子の男の子が、言葉にならない声を発しながら、身振り手振りで、必死にやりとりをしている。そこでは、確かにコミュニケーションが行われている。思わず吹き出すと共に、人間には生まれながらにして“コミュニケーション”が埋め込まれているのだと気づく時、言い知れぬ感動を覚える。人に埋め込まれたコミュニケーションの力を再開発し、明日への「希望」をデザインする専門家=ワークショップデザイナーの可能性は、果てしなく広い。
◆苅宿俊文氏プロフィール
青山学院大学社会情報学部教授。Ph.D.(Ed) ワークショップに代表される共同的な学習を実践的に研究している。特に学校教育で展開されているアート系ワークショップの調査研究をしている。専門は、学習コミュニティデザイン論、学習環境デザイン論、教育工学。
参考リンク:青山学院大学社会情報学部ワークショップデザイナー育成プログラム
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18 Nov. 2022
視覚障がいに関わる“壁”を溶かす新規事業とは
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