Femtech and Beyond ~「女性 x テクノロジー」の一歩先へ~
- コピーライター/クリエーティブ・ディレクター
- 田中真輝
「Femtech」の最大の課題は「Femtech」という名前の奥に潜んでいる。結論から言えば、それは女性だけの、そしてテクノロジーだけの問題ではなく、すべての人々にとっての、社会全体の意識と構造の問題である。その「拡張」をいかに行えるか。それが今回、このWEB講演会を拝聴してわたしが思ったことでした。タイトルにある「and Beyond」にこそ、主催者と登壇された方々の切なる思いが込められている。この記事を通じて、その思いを少しでもお伝えできればと思っています。
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「Femtech」とは、女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決できる商品やサービスのこと。このテーマに関わるWEB講演会が、9月8日に開催されました。
「engawa KYOTO」と「Plug and Play」の共催ということで、大きくは、Femtechというテーマを軸に、女性の悩み、性教育の問題や不妊治療など社会課題の認知度を高めつつ、そうした課題に取り組むビジネス創造や拡張を目指す、ということがその趣旨だったと捉えています。社会課題の解決には、その領域でビジネスが活性化し、市場が拡大することが非常に大きな役割を果たします。ビジネス創造の視点でFemtechをテーマにした講演会が実施されること自体に、大きな意義があると感じました。
オープニングは、Plug and Play の岩崎誠司さんから自社及び、Femtech関連のスタートアップ企業の紹介から。「Femtech」と一口に言っても、医療技術開発から、性教育・啓蒙サービスまで幅広い領域を含むテーマであることが良くわかる内容でした。
続く第1部では、電通のFemtech関連のプロジェクト紹介が、奥田涼さんを進行役に、電通社内のFemtech推進メンバーである岡本昌大さん、石本藍子さんからなされました。
岡本さんからは、不妊治療や女性生理のイシューは、すべての人のあらゆるライフステージに関わるものだ、という主張のもと、あるべき未来の形を実現する様々なビジネスアイデアが提案されました。Femtech市場と聞くと不妊治療中の夫婦と医療領域のことだけ、と考えがちですが、想像力を駆使することで、豊かな市場へと拡張していく、その可能性が様々な具体的アイデアによって力強く示されました。個人的には、学生出産や学生育児を産学官でサポートする地域開発事業が印象に残っています。ビジネスが提供する形・文脈によって、課題に対する人々の意識すら変えていける、その可能性を素晴らしいと感じました。
続いて石本さんからは、“性教育を「生」教育へ”というステイトメントともに、性教育後進国の日本において、いかに包括的性教育が必要かという主張が展開されました。性や生殖という「命の根源」ともいうべきテーマが、タブー視されたり、揶揄の対象になってしまう、その未熟さは日本の大きな問題だと改めて感じます。しかもそれが文科省による「はどめ規定」による不自然な教育のせいだとしたら。自分のこどもに今、何ができるのかを考えてしまいました。
その後、電通Femtechチームに島津製作所の松本由紀さんを交えてのパネルディスカッションへ。島津製作所は「マンモPET」という痛くない乳がん健診機の開発を始め、女性の課題に様々な形で取り組んでいる企業。そんな企業に勤める松本さんの視点も加えながら、①Femtechは女性のためだけのテクノロジーなのか?②Femtech×性教育 ③Femtech×ビジネス、という3つのテーマで活発な議論が展開されました。
中でも印象に残っているのは「女性生理というデイリーな課題を解決するためのアプリケーションの多くがスタンドアローンで孤立してしまっている」という象徴的なトピック。問題の当事者が女性だけではないこと、また非常に日常的なことであるからこそ、包括的、統合的なサービスがもっと生まれてもいいはず。そこにある未充足に、女性が我慢を強いられているからこそ見えにくくなっているという現状に対して、その我慢の解放こそ、ビジネスチャンスだ、という議論には、単なる課題解決を超えて、価値創造に繋がっていく力強いエネルギーを感じました。
後半は、Plug and Playがアクセラレーションに採択しているFemtech関連のスタートアップ企業のピッチへ。
一つ目は「Varinos」の長井陽子さんから。Varinosは、生殖医療、周産期医療市場にゲノム/遺伝子の解析技術を提供することで、妊娠、出産の成功率を向上させることをコアバリューにしている企業。国内での生殖医療需要は年々高まっており、年間44万人が生殖医療を受診、中でも高度生殖医療を受けている人は、米国の2倍、いまや16人に1人が高度生殖医療で生まれてきているとのこと。そんな中、Varinosは、子宮内フローラの検査や着床前ゲノム検査、子宮内の環境を整えるラクトフェリンの提供による課題解決を行っているという紹介がありました。妊娠、出産が難しくなっている一番の原因は、妊娠の年齢が高齢化していること。テクノロジーが進化することで、ライフプランの選択肢が広がることは、大きな意義のあることだと思います。一方で、妊娠、出産の高齢化自体も大きな問題であり、その背景にあるのは個人的な問題ではなく、前出の性教育の不備や労働環境の問題など、社会的・構造的な問題に帰着していくように感じました。
二つ目のプレゼンテーションは「famione」石川勇介さんから。「子どもを願うすべての人に寄り添い、幸せな人生を歩める社会をつくる」をビジョンに掲げ、LINEによるコミュニケーションを主体に、知識や思考の整理サポートと精神面の改善サポートを行っているという自社の紹介がありました。「妊活は妊娠と向き合う活動である」という言葉の通り、子どもを願う夫婦のサポートだけでなく、企業や様々な組織に対して、すべての人が当事者であるという意識の拡張を行っていると感じました。
その後、長井さん、石川さんに電通のFemtech推進チームの大重絵里さん、良知耕平さんを交えてのパネルディスカッションへ。
ここでも議論の中心となったのはやはり「女性だけの、テクノロジーだけの問題ではない」ということ。男性の関与の重要性とそれを支援する仕組みや、「不妊治療」といった言葉自体が市場を制限している可能性について熱い意見が交わされました。奇しくも、この講演中に「菅官房長官が不妊治療に対する保険適用を検討する議論をスタートさせると発言した」というニュースが飛び込んできたこともあり、SDGsのように、政府や企業がこうしたテーマに積極的に取り組み始めることで、社会の空気が変わり、人々の意識も変わっていく、そんな流れを共創していければ、という未来への明るい兆しを感じながら、講演会はお開きとなりました。
実はわたし自身、今回の講演の話を聞くまで、恥ずかしながらFemtech」という言葉自体聞いたことがありませんでした。そんなわたしがこの講演会に興味を持ったのは、自身も不妊治療を経験したことがあったから。不妊治療とは夫婦二人で向き合い、乗り越えていくもの、そんなことは頭ではわかっているつもりでしたが、実質的に妻にかかる負担は、精神的にも肉体的にも、はるかにわたしよりも大きく、振り返れば「自分はほとんど何もできなかった」という忸怩たる思いがありました。どうしても女性に大きな肉体的な負担がかかることは避けられないとしても、だからこそ、もっとサポートできたことがあったのではないか、と今も思っています。
Femtechが向き合っている問題とはつまり、「命の問題」であり「生きていくことの根源に関わる問題」です。だからこそ、当然ながらそれは今を生きるすべての人の問題であるはずです。それをタブー視したり、一部の人々の問題に押し込めてしまうことは、すべての人にとって大切な何かを損なうことに繋がっているのではないでしょうか。キーワードはやはり「拡張」なのだと思います。みんなが自分の問題だと捉えていくためには、社会的なインパクトが必要であり、市場とビジネスが活性化することは、それを生み出すための大きなエネルギーに他なりません。今回の講演会の登壇者の皆さんの声は、その力を生み出していくための“and beyond”への強い思いと、生きるエネルギーに満ちていました。
生まれてくる命を、尊び、言祝ぐ。それは人間として非常に根源的な喜びです。だからこそ、その喜びはもちろん、そこに至るまでの困難もまた、みんなで分かち合えるはず。Femtechという言葉には収まりきらないこのテーマを、すべての人の心の奥にある「命の喜び」に響かせ、その言葉の外側へもっともっと広げていく、そのために自分に何ができるのかを、「and beyond」の姿勢で考えていければと強く思いました。
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