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Oct.

2020

column
25 Sep. 2020

「美白」という言葉から考える人権

吉崎志保
ビジネスプロデューサー
吉崎志保

「Black Lives Matter」運動の影響は国内のコスメ業界にも

BLM運動が世界的な広がりを見せるなか、欧米の大手製薬会社、化粧品ブランドが次々と、「美白」に関連する文言を排除し、美白を目的とする商品の一部を発売中止にすると発表した。

このニュースに対し日本では「欧米社会で起きた問題を理由に、アジア人の美白に対する価値観まで否定するのは行きすぎだ」といった声が上がっている。

欧米の人々がもつ美白の価値観と、日本人の価値観に似て非なる部分があることも確かだろう。美白志向の歴史を紐解きつつ、これからの多様性について考えていきたい。

 

 

日本の美白志向は平安時代以前から

「美白志向」は、  平安時代以前より日本人に深くから根付いている。

色白の女性は、少しぐらい醜い点があっても目立たないという意味を持つ、「色の白いは七難隠す」ということわざは、現代でも馴染み深く、1700年代初頭に浮世草子・世間娘容気に書かれた一説が起源となっている。

また、日本初の化粧指南書『都風俗化粧伝』(1812年)には、美白法が何通りも掲載されており、スキンケアのHow toやニキビを治す方法などを数多く紹介している。

『人生まれながらにして三十二相揃いたる美人というのは至って少なきもの也。化粧の仕様、顔の作りようにて、よく美人となさむべし。その中にも色の白きを第一とす。色の白きは七難かくすと、諺にいえり。』     出典:佐山半七丸『都風俗化粧伝』平凡社

生まれながらの美人は少ないが、化粧の仕方、顔の作り方によって美人になる。その中でも色の白さが一番重要であり、色が白ければ美人に見える。というような内容も中ではつづられており、強い美容意識と美白志向が伺える。

(参考:早稲田大学図書館 『都風俗化粧伝』)

この頃の世界に目を向けると、「日焼けした肌」こそが、バカンスに行く余裕があると捉えられ、一種のステータスとする流れもあり、当時の世界の潮流と日本の継続的な美白意識は必ずしもリンクするものではなかったと考えられる。

 

美白市場の発展

その後、日本では1980年代~90年代に小麦肌ブームやガングロブームが起こるものの、紫外線が肌に与えるダメージが指摘されるにつれ、店頭に並ぶ商品は紫外線から肌を守る方向にシフトし始めた。

夏の必須アイテムがサンオイルから、UVカットケアアイテムへと代わり、美白を目的とした商品の説明には、「ホワイトニング」や「美白成分」という文言が扱われるようになった。

この頃から、グローバル展開を行う化粧品メーカーはアジア圏独自の美白志向に目をつけ、「美白」マーケティング戦略を展開。毎年夏が近づくと、メディアは紫外線対策を呼び掛け、ブランド各社は、UVカットアイテムを発売。消費者の私たちも最新情報を求め、美白市場は年々勢いを増している。

「美白」表現はメラニンの生成を抑え、日焼けによるしみ・そばかすを防ぐことを指すものとしてガイドライン上定義されており、肌本来の色そのものが変化する(白くなる)旨の表現は認められていない。
しかし、たとえ差別意識に紐づいた名称や表現でなかったとしても、その言葉から差別意識が想起されてしまっては、元も子もない。

BLM運動を契機に、黒と白で優劣を語る構造が見直される中、日本の各社でも今後の「美白」プロモーションの在り方が協議されているのみならず、「ブラックリスト」や「ホワイトリスト」を「ブロックリスト」「許可リスト」のように言い換えるなど、差別意識を感じる可能性のある受け手の存在を意識した表現選びが必要になっている。
今回、人種差別という大きな課題に対して、各企業が当事者意識を持ち、自社が取れるアクションを一つ一つ行っていくきっかけとするべきなのではないだろうか。
もちろん企業だけではなく、私たち一人ひとりもこの視点を忘れずにいたい。

取材・文: 吉崎志保
Reporting and Statement: shihoyoshizaki

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