ヒロインは障害当事者:映画「37セカンズ」監督・主演女優インタビュー
- 副編集長 / プランナー
- 飯沼 瑶子
生まれるときに37秒間仮死状態だったことで、身体に障害を負ったユマを主人公に、障害、子育て、性、恋、仕事、友情など多様なテーマを圧倒的なリアリティをもって描くヒューマンドラマ「37セカンズ」。映画の内容について、過去記事(映画「37 セカンズ」が描くリアル~違いと同じの紙一重)にて紹介させて頂いた。
今回はHIKARI監督と主人公を演じた佳山 明(かやま めい)さんにお話を伺った。
■「パーフェクトな人なんていない」
HIKARI監督は、大阪市のご出身。アメリカの大学及び大学院で学ばれ、女優、カメラマン、アーティストの経験を経て、現在は脚本家、映画監督、撮影監督、プロデューサーとしてロサンゼルスと東京を拠点に活動されている。
「東京に帰ってくると、こんなにたくさんの人が街にいるのに、車椅子の人を見ることが非常に少ない。住みづらい街になっていることに問題意識を感じていた」という監督。
「色々なバックグラウンドを持っている人を作品の中で描きたかった。それは障害の有無に関わらず、例えばデリヘルのような性産業で働く人々。ネガティブな印象を持つ人が多い職業だが、それを必要としている人にとっては無くてはならないもの。性や障害の話題をタブー視する風潮もあるが、リアルな世界を描いて人の心に響くように伝えたいし、それこそが私が映画を作る意味でミッションだと思っている。」
「アメリカでは、性に関する話題も比較的オープンで、セックストイを持っていることを当たり前と話す女性の友人もいる。日本では逆に隠しすぎているからこそ、闇が深まるのではと感じていた。」
そんな監督が、障害者をヒロインにした作品を製作することを検討しはじめたのは、本作品にも出演されている熊篠 慶彦(くましの よしひこ)さん*との出会いがきっかけ。
オレンジの帽子の男性が熊篠慶彦さん
当初は、下半身不随の女性を主人公に、ラブストーリーの文脈の中で障害者の恋愛や、性の追求をテーマにした作品を検討していたが、ヒロイン役のオーディションで佳山さんと出会い、彼女のピュアな人柄やエピソードに触れる中で「一人の女性の成長」を軸に脚本を変更することを決断。
佳山さんの体験である「出生時に37秒間仮死状態だったことによる身体障害」がユマの設定にも反映されたほか、映画内でタイに行くことなったのもなんと彼女自身のエピソードがきっかけ。
■「リアルを作品に反映させない方が、違和感があった」
今回は、自主製作の映画だからこそ、監督とプロデューサー二人の思いをすべて作品に反映させることができた。だからこそ、障害当事者かつ演技初体験の佳山さんをヒロインに起用することもできた。
通常の映画製作の場合は興行収入への影響や、撮影現場の難易度から、実際には障害を持たない女優を起用することが一般的だ。今回の撮影においても、通常の撮影日数よりも15日ほど多くかかっている。
それでも、リアルだからこそ見た人の心に響き、深く伝わる作品になるはずと信じてやり通した。
その原点は、「典子は、今」*という古い日本映画にあるという。
「その映画の中では、主人公の腕のない女の子が、足で習字をしたりミシンを扱うシーンがあるのですが、その迫力に計り知れないパワーを感じたんです。習字は足で書いたとは思えないほど上手で、ミシンの針に糸も通せる。こちらからするとそれはすごいことに感じるけれども、その女の子にとっては、それは当たり前のこと。そのパワフルさに圧倒されました」
だから、障害者を主人公にした作品を作るにあたって、障害当事者を使わないという選択肢はなかった。
■「過去にこだわりすぎると進めない。前を向いて、今を生きるしかない」
映画の中で、ユマをタイに連れ出したことにも、HIKARI監督の想いがあった。ユマ(佳山 明さん)の挑戦を支えるヘルパーの俊哉(大東駿介さん) タイでの一コマ
「東京とタイは(映画内では)真逆の場所。道も整備されていないし、まったくバリアフリーじゃない。そんな場所にだって、介助者が一人いれば車椅子でも行けるし、声を上げれば助けてくれる人はいる。だから自分でできないと制限することなく、どんどん外にでて色んな体験をしてほしい。」
演技初挑戦の佳山さんにとっても、撮影の日々は挑戦であり、ユマとともに自分の殻を破って成長していく期間でもあった。映画の中のユマそのままに、言葉を選びながらやさしい声で話す佳山さんは、普段の生活の中では酔っ払ったこともなければ、怒鳴り声を出したこともほとんどなかったそう。
つい過保護になってしまうユマの母を演じた神野三鈴さん
「お母さんと喧嘩するシーンは、これまであんなふうに声を張り上げたことがなかったのですが、監督にもっともっとと言われる内に、最後はだんだん楽しくなってきていました。」
そして、女優経験のある人ですら緊張するのではと思うラブシーンも演じきった。
「撮影はあまりにも濃い日々で、振り返ると恥ずかしいような気もしてしまう…」
と照れながらも、これから映画を見る人へ次のようなメッセージを寄せてくださった。
「この映画を見るきっかけは、好きな俳優さんが出演されているからとか、障害に関心があるからとか、それぞれ違う入口があると思いますが、映画を通して知らなかった世界や多様な人の営みを知る中で、見てくださった方の背中をおせるようなことがあれば嬉しいです。」
■「前に進めば、きっとどこかで道が開ける」
「人生は予定できない、わからないことばかり。悪いことは白黒はっきりつけられやすいが、良いことはなかなか評価されないことも多い。それでも、頑張っていれば必要な時にはきっと、後押ししてくれる人がいたり、うまく進むようになっている。上手くいかなくても、きっと新しい道がその先にはあるはず。それを、ユマのジャーニーを通して描きたかった。人生は一回。勇気をもって自分のハートを信じて進んでほしい。」
HIKARI監督(左)と佳山 明さん(右)
*注釈
・熊篠 慶彦(くましの よしひこ)さん
特定非営利活動法人ノアール理事長。出生時より脳性まひによる四肢の痙性まひがある。医療、介護、風俗産業などさまざまな現場で、障害者の性的幸福追求権が無視されている現状に対し、ノアールの活動を通した身体障害者のセクシュアリティに関する支援などを行っている。
・「典子は、今」
1981年制作、実在のサリドマイド病患者である辻典子さんの半生を描いた映画。本人役で辻さんが主演し、身体障害者の社会参加を訴える作品として注目された。
■映画上映情報など
2020年2月、新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー
監督・脚本:HIKARI
出演: 佳山明、神野三鈴、大東駿介、渡辺真起子、熊篠慶彦、萩原みのり、芋生悠、渋川清彦、宇野祥平、奥野瑛太、石橋静河、尾美としのり/板谷由夏
2019年/日本 /115分/原題:37 Seconds/PG-12/配給:エレファントハウス/ (C)37 Seconds filmpartners