Ontenna、 Ubdobe~多様な人々を一体化させるエンターテイメントの形と魅力~
- 戦略プランナー
- 阿佐見綾香
“多様性を認めよう”。こんな言葉を交わさずとも、言語や五感の違う人たちが一体化してしまう瞬間があります。それは好きな音楽を聴いているとき、遊んでいるとき、同じエンターテイメントに熱中しているとき。そんなとき私たちの頭の中には、相手が障害者だとか健常者だとかは全くありません。楽しくって、同じ感覚を共有できるって嬉しい!そんな感情でいっぱいです。
そのような皆が“楽しい!”と思える空間を作り出して世に送り出されているのが、今回取材をさせていただいた富士通株式会社Ontennaプロジェクトリーダーの本多達也さん、NPO法人Ubdobe代表理事の岡勇樹さんのお二人です。
本多さんは音をからだで感じられるデバイス『Ontenna』の開発により、健聴者もろう者も一緒に楽しめる未来の実現を目指し、岡さんは車椅子ユーザーでも健康体でも、誰もが遊べるナイトクラブを開催しています。過去には岡さんのUbdobe主催のクラブイベント「SOCiAL FUNK!」に、本多さんがトークゲストとして登壇されるといった繋がりもあります。
私たちはお二人が生み出しているようなエンタメこそが、これから社会にダイバーシティ&インクルージョンを浸透させていく足がかりになるのではないかと考えました。
今回は、学生ライターの中島萌・石井駿平・長田龍一郎が、お二人の活動の現場や、その魅力についてお話を伺いました。
写真左から「Ontenna」を手にした岡勇樹さん・本多達也さん・石井駿平・長田龍一郎
――さっそくですが、お二人の最近の活動について教えてください。
本多達也さん(以下、本多さん):
僕は、音を振動や光によって体で感じるユーザインタフェース「Ontenna」の研究開発に携わっています。Ontennaは耳や髪につけていただくことで、音のリズムや強弱を256段階の光や振動で知覚できるデバイスです。
例えば耳が聞こえなくても楽器の演奏でリズムを合わせることができたり、スポーツ観戦や映画の臨場感を増加させたりすることができます。
また複数のOntennaを制御することが可能なコントローラーを、音源の近くに設置することで、例えば大規模なスポーツ会場のように周りが賑やかなところでも、聞かせたい特定の音だけに反応させることができるようになりました。
Ontennaのコントローラー
動画:Ontennaによる新しいTAP鑑賞体験の様子
動画:Ontennaによる映像鑑賞体験の様子
2019年7月からOntennaを活用したイベント支援サービスを提供開始しているほか、全国のろう学校30校から一部先行してOntenna体験版の無償配布を行っています。
岡勇樹さん(以下、岡さん):
僕らの活動は色々ありますが、まず医療福祉をテーマにしたクラブイベント「SOCiAL FUNK!」をやっています。皆で飲んだり踊り狂ったりするんだけど、そこには難病など当事者のDJとかもいるし、医療福祉の従事者もいるし、フェスで活躍しまくってるミュージシャンもいます。子どももいるし、普通に有名なアーティストやDJが来ていたりもします。前回は渋谷区区長の長谷部さんにも来てもらいました。もうカオス状態です。
その空間では、目が見えないとか耳聞こえない状態でミッションをクリアするイベントが突然始まったりします。手話でしか注文できないバーカウンターも設置しました。手話のスラングが飛び交ったりしていて盛り上がりました。
動画:医療福祉・エンタメ・テクノロジーが融合する新感覚のクラブイベント「SOCiAL FUNK!2017」の様子
あとは、デジタルアートとリハビリテーションをくっつけた事業「デジリハ」。空間に映し出されるデジタルアートを追いかけて動くことがリハビリになったり、子どもたち自身がセンサーでデジタルアートを操作したりして積極的にリハビリに取り組めるようになることを目的にしています。
動画:従来のリハビリにプラスαで子どもの好きなもの・ことが反映されたデジタルアートを使用した「デジリハ」の様子
――お二人のイベントには実際にどのような方が参加されていますか?
本多さん:僕の研究の最初のターゲットがろう学校なので、そこの子どもたちが多いです。ただ、何かイベントを開いたときは健聴者の方が圧倒的に多くなります。Ontennaのコンセプトが“聞こえる人も聞こえない人も一緒に楽しめる”なので、皆にとってこれからも「Ontennaの振動で簡易的な4DXの映画体験ができる」くらいの感覚で楽しんで取り入れてもらえるものであればいいなと考えています。
岡さん:僕らのイベントは、最初は医療福祉関係者が7割で、3割がその他の人、たとえばゲストのミュージシャンのファンや、ふらっと来た人でした。ただ徐々にその比率が変わって、今は5:5くらいになってきています。
いま、車椅子に乗ったままいけるクラブイベントってあまりないんですよ。だから現状としてはクラブに行きたい車椅子ユーザーが増えつつ、ミュージシャン目当ての人とか通りすがりの人とかが少し、合わせると5割くらい。残りの5割が福祉関係者という感じです。
これを本当は逆にしたくて、福祉関係が3割、それ以外が7割みたいな比率を目指しています。
――多様な人たちが友達になれるような交流の場にしていきたいということですか?
岡さん:みんなが仲良くなってとかはどうでもよくて。普通に自分の好きな人たちを呼んで、音楽や僕の好きなお勧めするアーティストたちを皆に聞いて欲しいんです。その届ける先に色んな人がいるだけです。その人が耳聴こえないのだったら、どうやって素晴らしい音楽を伝えてくのかを考えていけばいいという感じです。その人たち同士に交流が生まれたりというのは結果なので、そうなったらなったでいいし、仲良くならなくてもいい。とにかくこの音楽を聴いてくれ、という想いでイベントをつくっています。結局出会うんですけどね。みんな楽しいし、紹介したりするから、どんどん人が繋がっていって友達は実際に増えてはいるんですけど。結果的にそうなっているだけなんです。
――お二人のイベントでは障害の有無関係なく、みんなが一体になって楽しまれていますよね。イベントに携わっていくなかで、特に面白みや手応えを感じられたことって何でしょうか。
岡さん:僕ら、いま「UNIVERSAL CHAOS」っていうクラブイベントもやっているんですが、これはSOCiAL FUNK!に出演したアーティストが提案してくれたのが始まりなんです。そのアーティストは、GOMESSっていう自閉症のラッパーで、普段はめちゃめちゃ暗いんだけど、「もっと小さい規模でもいいから、隔月とかで何かイベントやろうよ。俺出たい。」って誘ってくれて。
いざ始めてみたらリピーターがとても多くて、それは衝撃的な世界がつくられました。普段クラブとかに入れないような人が初めて来たときに、「なんじゃこの世界は!」って驚いてくれるんです。そこからはもうハマっちゃうようで、次もその次も何回も来てくれて、車椅子ユーザーもどんどん増えていきました。
新しい世界を知ったお客さんがずっと来続けてくれることはすごく嬉しいし、やりたかったこと。良い音楽とか良い空間を提供できているのかなと思います。
アンケート結果でやりがいを感じることもあるけど、やっぱり直接「こんな場所をありがとうー!」とか言われて、酔っ払いながら「おーうぁー。」みたいに答えていく、そんなやり取りが続いていることが、最近の手応えですね。
本多さん:お客さんのリアクションには本当に癒されますよね。
僕もこの前ろう学校に伺いましたが、子どもたちの表情っていいなあって毎回思います。岡さんのイベントにもお子さんが沢山来られると思うんですけど、子どもたちって率直に反応してくれるじゃないですか。Ontennaをつけたときに、すぐニコって表情が変化する。あの反応をみただけで、日頃のドロドロを溶かされる気がしますし、手応えを感じる瞬間です。使ってくれる大勢の人のなかで、この子が笑ってくれたから、それでオッケーみたいな感じです。
――反対に、難しく感じていることはありますか?
本多さん:今直面していることは、どうビジネスのフェーズに乗せてサステナブルに届けていけるかですね。
やっぱり事業を進めていく上ではお金は集めないと、慈善だけでは続きません。福祉的アプローチで助成金をとることも考えられるけれど、僕らが目指している方向とは違うんです。
僕がやりたいのは、出来るだけHackableなもの。個人で好きな色に光らせたり、振動させたり、簡単な機械学習を組み込んでいけるものです。
例えば赤ちゃんの泣き声だけを学習させて、耳が聞こえないお母さんが、ちゃんと赤ちゃんが呼んでいることが分かるOntennaとかですね。
それだけではなく、健聴者もより楽しめるための使い方や、Ontennaは非可聴領域も拾えるのでそれを活用した展開も考察しています。このアイデアからお金をどう得て継続していくかが、一番の課題です。
――使うシーンが多くなれば、使う人が多くなってマーケットも広くなるということでしょうか。
本多さん:そうですね。でも、最終的にはみんなが一緒に笑顔になれる、楽しいと思ってもらえるものを実現するための手段のひとつかなと思っています。
岡さん:お金は大事だよね。福祉って無料の風潮があるけど、うちは普通に参加費を取るし、ギャラを払います。
デジリハもだけど、うちの事業は国や街、日本財団からの補助金を受けて成り立っています。ただ、それって大体3年くらいで打ち切られてしまうんです。だから、3年以内に次に自走するビジネスモデルを作らなければいけない。このことを最初から見越したうえで、お金を取らないと事業として遅れを取ってしまいます。
デジリハも当初つくったビジネスモデルとは全然違う流れになってきていますから、その変化に対応できる人材も必要です。その人たちの生活を支えていくためにもお金は必要だし、やっぱり人とお金を上手く整える環境づくりっていうのは難しいですね。
――言語や五感が違う多様な人たちの間で、同じエンタメを共有することは凄く大変なことではないかと思うのですが、できるだけ共有できるものを生むために心がけていることはありますか?
岡さん:あまり考えていないというのが正直な答えです。
本多さん:それ、良い答えですね。
岡さん:やっていくうちに色んな人から色んな意見が出てきて、それぞれに対応できる形になっていくからです。
例えばUNIVERSAL CHAOSだったら、会場は1階でフードとお酒出して、地下でパフォーマンスする作りになっています。車椅子の人が地下に行くには昇降機でガーって降りなくちゃいけないんですけど、もし降りてしまったら、お酒が欲しいときにちょっと不便なんですよね。そこで、車椅子の人から「毎回飲み物を取りに上に行くのは面倒だから下にも酒を売ってくれないか。」と提案されて、バーカウンターを地下にも設置しました。あとは、売り子さんを派遣して、その場でお金のやり取りをできるようにしたりとか。
つまり最初からユニバーサル化っていうのは意識していなくて、実際にやってみて当事者の率直な声を反映させていくうちに、徐々にフラットになるという感じです。
本多さん:エンタメというものは、元々そうした広い受け入れの窓口という機能があるのがいいところだと思うんですよね。Ontennaも例えば「危険を伝えることに使えるのでは」とか、「救急車が来たらこれあったら安心ですよね」とか言われるのですが、やっぱり最初は笑顔とかファンとかを作りたいなという方向にモチベーションがあります。
――Ubdobeさんのイベントは楽しくて皆が入ってきたいという魅力があって、Ontennaも皆が使いたくなる魅力がありますが、「音声ガイドあります」「文字を書き起こし対応しています」というような、ユニバーサル対応をしているイベントの中には入りにくさを感じてしまうものもあります。困っているなら装置を追加するという発想は同じで、物理的にはマイナスがゼロになっている。でもそのイベントが入りにくいのはなぜだと思いますか。
岡さん:発想の順番が問題なのかもしれないですね。
うちがやりたいことは、福祉業界が福祉業のことを、音楽を通じて発信するということではないんです。そんなことには全然興味がなく、むしろその逆で、音楽イベントとかフェスのコンテンツに、医療福祉と難病とか障害だとかのコンテンツを入れることで、唯一無二のフェスになるということをやる。そういう順番です。
それが逆になると最終的な目的が違ってきてしまうと思います。
本多さん:アウトプットも全然違うものになると思います。
――最後に、お二人のイベントに参加することも障害や多様性に対する理解の一歩だと思いますが、そのほかにも私たちができるアクションを助言いただけないでしょうか?
本多さん:自分の興味とは外れたところを見てみることはすごく重要だなと感じます。仲のいい友だちと一緒にいることも楽しいですけれど、違う大学やコミュニティの人たちとも触れ合ってみる。今日1日、もしくはこの1週間なにか新しいことにチャレンジしようする姿勢も、大切だと思います。
岡さん:色んなところで色んな人と遊びまくる。多様って言われたって分からないじゃないですか。認め合う、とかも意味不明だし。実際に色んな人に出会って遊んでいくことでしか分からないこともあるし、気づけないこともあるから、どんどん外に出ていくべきだと思います。
――ありがとうございました!
お二人のお話から、エンターテイメントの力によって異なる個性を持った人々が一体になれる瞬間をつくることができるということ、それぞれが交わり合うことで発見できる面白さがあるということが分かりました。私たちも身内のコミュニティにこもってばかりいないで、どんどん様々な人と遊んで、この社会に住む多様な人々に出会っていきたいと思います。
そんなわけで後日、岡さんが代表を務めるNPO法人Ubdobeのクラブイベント「UNIVERSAL CHAOS」に遊びに行きました!
会場は渋谷。中に入ると大音量で音楽が鳴り、赤を基調とした照明がゆらゆら灯っていました。DJブースの前では椅子に座ってリズムをとっている人、車椅子に乗りながら踊っている人、好き放題に叫ぶ人など全員が思い思いに音楽を楽しんでいます。初めて来た場所なのに、私たちもすぐにノリノリになってしまいました。
白杖を持って光るサングラスをされていたり、キラキラと装飾された車椅子に乗っている方がいらしたり、それぞれの装いもてんでバラバラ。まさにカオスです!
名前も知らない背後の方と突然シンクロダンスをはじめた石井
私たちがバーカウンターで飲み物を待っていると、周りの方も「今日は何で来たの?」とか、「どこでこのイベントを知ったの?」と、とても気さくに声をかけてくださいました。
地下のステージでは様々なアーティストのライブが行われ、熱気がむんむん。地下への移動手段は階段のみですが、車椅子の方を皆で力を合わせ、「おい!道を開けろや!」と下まで運んでいる様子がこのイベントの真髄であるような気がしました。
そして、今回の大目玉、失禁テキーラです!使用したのは電気通信大学の失禁研究会さんから提供された失禁装置。お客さんはテキーラショットを飲むと同時にスイッチを押して、失禁体験ができます。おもらしをするのは小学生以来のことなので、ちょっとドキドキです…!(未成年者は水やジュースなどで代替して体験できます。)
実際に失禁体験装置を装着してみると…!
「あ!え!なんだこれ(笑)」
「うわっは(笑)これ、漏れてない?」
「やばい出てる出てる!」
両太ももに這う、生暖かいあの感じ…!なんだかとても懐かしかったです。メンバー全員、あまりのリアルさに笑ってしまいました。
車椅子の方も補助付きで立つことが可能な場合は、スタッフさんのサポートにより体験することができます。
今回体験したのは、相手が健常者だとか障害者だとかは関係なく、ただ皆で酔っ払って、踊りまわって、好きな音楽を共有できる楽しい時間でした。車椅子の人やベッドに寝たまま参加している人が何か動きづらそうだったら、その都度手を貸して、また一緒にビートを刻む。言葉で一辺倒に“多様性”を推進しなくても、自然と多様な人々で楽しさを分かち合っている。そんな空間がUNIVERSAL CHAOSにはありました。
次回のUNIVERSAL CHAOSは7月26日(金)に開催されます!
みなさんもぜひ参加してみてください!
参加方法:UNIVERSAL CHAOS 公式facebook
「Ontenna」の最新情報もぜひ!
Ontenna公式Facebook
取材・文:cococolor学生ライター 中島萌(右)、石井駿平(中央)、長田龍一郎(左)
編集・cococolor編集部 阿佐見綾香
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