RestroomからDiversityを考える「東大前 HiRAKU GATE」ビルのトイレサイン
- アートディレクター/UDプランナー
- 植田憲二
株式会社 新興出版社啓林館(以下:啓林館)は、2023年に東京支社ビル「東大前 HiRAKU GATE 」を竣工しました。電通ダイバーシティ・ラボと私たちUDroom※は2021年よりビルの建て替えに伴い館内のサインデザインをお手伝いさせていただきましたが、この記事ではダイバーシティを背景に臨んだトイレ計画のデザインについてお話します。
◼️ダイバーシティ社会への啓林館の想い
「東大前 HiRAKU GATE」 ビルは安藤忠雄建築研究所の建築設計で、啓林館フロアとコミュニケーションラウンジのある交流フロア、事業社オフィスフロアに分かれているのが特徴のビルです。つまりフロアによってトイレ利用者の属性が大まかに決まってきます。これもダイバーシティを意識する上で重要なポイントです。そしてビルの名称通り、『ここに集まった人々が事業領域は違えども交流を通して新しい知を啓いてほしい、だからこそ「場」を提供する企業としてSDGsはもちろん、全ての人に配慮したダイバーシティを考える責任がある』という想いを伺いました。
建築完成イメージ図:安藤忠雄建築研究所(イラスト提供:啓林館)
◼️オフィスのトイレはどうあるべきかを皆で考える。
私たちが電通東京本社のトイレサインを担当したこともあり、ダイバーシティに配慮したトイレ設計についても相談したいということが最初でした。まずは啓林館のプロジェクトチームと理想のトイレについて和気あいあいとブレストしました。これはユニバーサルデザイン(以下:UD)を進める上で大切な工程になります。「家では男女共用トイレだが、オフィスではどうか?」「その線引きはどこに?」「日本の公衆トイレでは?」「海外では?」とチーム構成は年齢性別も違うのでトイレについて真面目に話すことは有意義な経験だったと思います。
◼️カラーUDとトイレピクトのデザイン
初期段階でカラーUDの話をしました。商業施設のトイレなどは遠くからでも目立つように壁面までカラー分けしているケースも多くあります。またLGBTQ+の方のアンケートデータで「ピクト人物に赤や青の色があることに抵抗がある」との意見もあります。壁の一部をカラーUDにした場合のシミュレーションなども検証しながら作業を進めていきました。そして最終的に勤務者の限られるオフィスビルという特性と建築家・安藤忠雄氏の設計した色調空間との調和を考え、トイレには差し色は入れない落ち着いたデザインに決定しました。
LGBTQ+にも配慮した色設計の考え方
壁面にカラーUDで色をつけた場合の印象検証例
開発したピクトグラムと開いた本が飛び立つような『啓く翼」のデザインを使った実際のサイン
車イス利用者でも見やすいサインの高さの検証
◼️ Diversity Restroomというコンセプト
一般的なオフィスでは広い多機能トイレや共用トイレを用意するにはスペースの課題もありますが、啓林館では来訪者の一番多い1階のロビーフロアについては『ダイバーシティレストルーム』というコンセプトでデザインしました。大きくは4つの多様性に配慮した設備があります。
『働く女性に優しく』
ロビーフロアにNursing room(授乳室)を設けました。これはテナント社員でも来訪者でも子育て女性・男性を支援するという企業姿勢です。赤ちゃんを抱く人のピクトはあえて女性的な印象をなくしたフォルムにしました。
授乳室:ミルク用調温器/オムツ替えベッドなどの設備がある(落ち着きの部屋としての使用も想定)
各フロアの女性トイレに設置された折りたたみ式のオムツ替えシート(ベビーチェアは男女トイレに完備)
『障害者が使いやすい』
来訪者の多い1階〜4階まで各フロアに車イスで利用できるUDトイレを設置。スライドドアで車イスの進入が容易です。ロビーフロアではさらにキッズトイレや横になって対応できる収納ベッドがあり、広々とした室内では車イスの方向転換もできる高機能なUDトイレになっています。
多機能UDトイレ:オストメイト/子供用小便器/ベビーチェア/着替え台などの設備がある
車イスでも動きやすい広いスペース/壁収納のベッドは障害者の方はもちろん緊急時も使えるので有り難い
来訪者の多い2階〜4階フロアのUDトイレ、車イスでも入りやすいスライドドア
『LGBTQ+にも配慮』
男女別トイレの利用は抵抗があるという方への配慮もあってロビーフロアのトイレは誰もが使える共用トイレ(オールジェンダートイレ)を設置しました。UDトイレは通常男女共用ですが勤務オフィスだと使いづらい方もいます。ここでのアイデアは入り口が左右にあるということです。これはなるべく利用者がすれ違わないようにする気遣いです。
オールジェンダートイレマーク/共用トイレの構造:スライドドアを開くと中に個室トイレが並ぶ
左)共用トイレ入り口のスライドドア / 右)個室トイレのプッシュドアが3つ並んでいる。
『 視覚障害者のための触知図のデザイン』
多機能トイレと授乳室の間の壁に「触知図」を設置しました。触れば全体を把握できるシンプルなマップです。現在位置から左右のそれぞれの入り口がわかり、設備機能は点字によって表示しています。もちろん健常者にも視覚的にわかるデザインにしました。また1階エレベーター横案内板にも1 階フロアの触知図を制作しました。建物内の触知図で大切なポイントは避難口です。視覚障害者にとって出口を事前に確認できれば安心です。
触知図:左)デザインの見え方 右)黒地の点字・実線部分が凸加工で触るとわかる
1階フロアの触知図
◼️RestroomからDiversityを考えてみる。
同時期に東京の商業施設や公衆トイレで新設された共用トイレが問題になったニュースがありました。それもあって以前の北欧の旅では各国のトイレ事情も視察していました。デザイナーとしてトイレサインは日頃からチェックしていますが、実はダイバーシティ(多様性)を実現する意味では一番考えやすい施設だと思います。それは国籍・文化の違い、性別の違い、性自認の違い、年齢の違い、体の自由さの違い、など全てが関係しているからです。「他者を理解し受け入れながら、なるべく誰もが幸せな方法を考えること」、トイレが一番身近だと思いませんか? 今回啓林館のプロジェクトチームメンバーには電通東京本社ビルのトイレに来てもらいました。またトイレメーカーのショールームにも見学に行き研鑽したとお聞きします。その過程で当初図面になかった「共用トイレ」「授乳室」を加える設計に変更していきました。その柔軟な思想と対応はダイバーシティに配慮したいという企業の一つの見本になるはずです。
※UDroom (植田UD研究所 / 田代デザインスタジオ)は、電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)「見やすさPJ」から発足したUDを専門領域とする外部協力ユニットです。
写真:植田UD研究所 / 田代デザインスタジオ
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