【中編】休むことはサボることではない。メンタルヘルスのマネジメントレベルを上げる方法とは?
- ライター/メンタルヘルスラボ
- 北之坊公美
イベント「電通社員と心療内科医が語る、メンタル不調体験とその付き合い方」の中編です 。
前編はこちら (出演:渡邊はるかさん×並河進さん×医師 鈴木裕介さん)
休むことは悪くない。受け止めることで変わっていくことも。
(鈴木)お二人の共通点は、休職や不調になることに肯定的な側面を見いだしていることです。休むことは決してサボることではなく、自分とのつながり方が変わる大きな機会でもあると思います。自分の中の影の部分を受け入れることは、その人を人間的に大きく成長させる機会になり得ると思います。
僕は、ポスト・トラウマティック・グロース(心的外傷後成長)という概念がすごく好きなんですね。心的外傷を負った後に、それを自分の強みや魅力、人間的な資質に変えていくということです。そのためには、いったん痛みの部分と向き合い、受け止めないといけません。怖いのですが、痛みに真正面から向き合って自分との関係性を変えていくことで、別人のように変化するんです。もちろん、それぞれの心の余裕やタイミングがあるので、決して周りから強制されるべきことではないとも思うのですが。
(渡邊)私は、2年休職したことを公言してメンタルヘルスラボの活動をしていても、今日、話すのはすごく怖かったです。休職は言えても、今も通院していて薬を飲んでいることを言うのは、未だに少し抵抗があるのだなと気付きました。
並河さんの「悲しい気分と友達になろう」という詩は、すごく共感しました。それまでの自分はポジティブ至上主義で、常に笑顔で前向きな人が理想だったのですが、人間、そんなの無理じゃないですか。陰と陽の陽しか見たくないと思うから余計に調子が悪くなるのだと思うようになりました。鬱はあまり来ないでほしいのが正直なところですが、それでも手をつないであげられたらいいなと。
イラスト:渡邊はるか
病気や障害というのは、ワードパワーが強過ぎて、聞いただけで避けたいものだし、実際ない方が楽だろうと思います。私自身、「もう受け入れられました」と言うとうそになります。実際に鬱のときは、気分が落ちるだけでなく、体が動かなくなったり頭の回転が悪くなったりして日常生活に支障をきたします。ただ、不調を経験したからこそ、完璧な理想像を自分に当てはめて、できない自分を叱る傾向が和らいだことは良かったと思います。あと、趣味が増えて人生が豊かになりました。
(並河)僕は仕事大好き人間なので、メンタル不調になると思っていなかったし、周りも多分思っていなかったと思います。それでも寝ずに仕事をして不調になり、やはり限界があり、睡眠は大事だということに気付きました。それからは、ちょっと疲れたなと思ったらとにかく寝て、朝早く起きてやるという感じに変えました。肉体的な限界が心にもすごく影響を及ぼすことも感じました。誰かに頼って、その代わりに自分にできることはやる、という仕事の仕方になったこともすごく大きな変化です。また、メンタルヘルスラボの活動を始めて、メンタル不調は隠したい、恥ずかしい経験だという認識が、そうでないという風に変わりました。
人間は多様な存在。会社だけがすべてではない。
(鈴木) 強い企業カルチャーを持っていて、魅力のある場所であるほど、過剰適応になってしまうことも多いと思います。会社の一員でいられなくなるのではないかという恐怖はとてもつらいものだと思います。
しかし、人間というのはもっと多様な存在です。社会的に求められるアイデンティティが全てではありません。バレーや漫画を楽しめるし、詩を書くことは新しい自分の発見の最たるものだと思います。休むことは、自分という存在の多様な在り方を知る何よりの機会になると思います。人生の中で、自分のニーズのことだけを考える機会はそんなにありません。そういう意味で、休職は、リッチな体験だと思いますし、その中で得る成長は、仕事の中で得られる成長とは少し次元が違い、人生の成熟のようなものだと感じています。
(渡邊)はっとしました。私は今でも人の目をすごく気にするタイプで、休職前は誰かのニーズに応えることばかり考えていました。でも休職中は、とことん自分の中の声に従い、食べたいものを食べて、描きたい絵を描いて、漫画に挑戦する時間も持てました。その時間は本当に豊かだったと思いますし、他人ニーズと自分ニーズの転換点みたいなものはあったと思います。
(並河)僕は、妻の「生きてさえいればいいから」という言葉で、人はそこにいるだけで価値があるのだということに気付きました。家族は当然いてくれるだけで嬉しいですが、会社の中でも、誰かが隣にいてくれることですごく励みになります。会社では仕事の価値にフォーカスされて、存在していることの価値を忘れがちですが、実はそれが一番大きな価値だということに気付かされました。
(鈴木)人間関係の基軸はDoとBeの2通りあって、その二つが一緒になることが組織の理想なのではないかと思います。自分のHPがゼロに近づいたときに会える人間関係が本物かなとも思います。
(渡邊)分かります。、会社の人もそうですが、自分に何ができるかということで付き合っていた知り合いとは、自分が元気なときしか会えませんでした。休職中でも会えた友達や家族には本当に感謝しています。
(鈴木)お休みをきっかけに交友関係が大きく減って幸福度が上がった人をたくさん見てきたので、すごくいいきっかけにもなると思います。
不調とつきあっていくために。自分を地に落ちつける感覚とは?
(並河) 最近、ライフ・シック・バランスという言葉を知りました。メンタルヘルスに限らず、実は多くの人が何かしらの病気を持って働いています。ですから、それとどう付き合いながら働いていくかといったときに、それをハンデと捉えるのではなく、そういう部分は誰しもあると捉えることがまず大切かと思います。あと、僕の場合はとにかく寝ることと、先ほど言った木片ですね。何かしら自分がすごく落ち着くものを触っていたり、近所を散歩したり、最近は、風呂掃除をしたりしています。
(鈴木) 掃除はとてもいいのですよ。社会人なので、基本的に社会的な人格でいないといけませんが、われわれはアニマルであるということも忘れてはいけません。会社に近づくと心がざわつくというのは動物的な防衛反応です。ライオンやチーターに殺されかけたときの反応に近いです。
体はすごく敏感なので、例えばプレゼンが怖いというのは、以前のプレゼンの冷や汗の感じや、胸がぎゅーっとする感じなど、交感神経の反応やホルモンの動きを身体的に手続き記憶として記憶していて、それが状況依存的に再現されていると考えられています。過去の自分が一番危険だったときの反応に、自分の体がタイムスリップしているような感じです。不安に陥っているときや、メンタルが落ち込んでいるときは、「今、ここ」の自分ではないのです。だから、「今、ここ」の自分に戻ろうと思って、木片を握ったりします。これは心理学の言葉でグラウンディングといって、地に落ち着けるということです。
最近脚光を浴びているマインドフルネスは、いわゆる念だといわれています。念は漢字で書くと「今」と「心」がぴたっとくっついていますが、こうすると心は平穏になります。ものすごく怒っているときや、不安になっているときは、今ここの自分ではない自分になってしまっています。そういう自分がいてもいいのですが、「今、ここ」の感覚を取り戻すリソースをたくさん持っていると、落ち着いている自分が維持しやすくなります。
バレーボールでも、料理でもいいです。自分の手足で何かを感じることで、「今、ここ」の自分を取り戻していくことは、すごくいいと思います。
(渡邊) 「今、ここ」は、みんなそれぞれあるのだろうなと思いました。私の場合は、掃除は苦手なのですが笑、銭湯やバイクです。リモートで仕事をしていると全部頭の中で考えてしまうので、「お湯が気持ちいい」みたいな、五感の別のところを使えるのはすごくいいのではないかと思っています。
(並河) 香りのグッズも嗅いだりしています。これを嗅ぐと落ち着くと思い込んで落ち着くみたいな自分への暗示もありますが、そういうルーティンをつくって落ち着こうとしたりもします。
(鈴木) 好みのアロマを持つことは、自分のメンタルヘルスのマネジメントレベルを上げていくことにつながると思います。ざわざわしているときはラベンダー系とか、朝、全然やる気が出ないときはペパーミントや柑橘系とか、そのとき自分が欲しがっている香りや味というのがあって、それが動物としての自分とうまく付き合っていくということだと思います。普段は理性が働き過ぎなので、身体性への回帰は大きなポイントではないかと思います。
――後編では、社員の皆さんの声を紹介しながら、自分らしく働くための「評価の難しさ」「自分を甘やかすことの是非」等について、考えていきます。
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【前編】「メンタル不調で会社を休んで気づいた大切なこと。」はこちら
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メンタルヘルスラボとは
メンタル不調や、それに起因する働く上での制約があっても、自分らしさを活かして働けるよう、2021年4月にスタートした電通のラボです。ボトムアップ型であることと、みなさんと一緒に考える姿勢を大事にします。活動の積み重ねを通じて、会社や社会の風潮を和らげていくことを目指します。
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13 Sep. 2023
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