【レポート】MASHING UP CONFERENCE vol.6『社会のWell-beingをつくるダイナミックなビジネス』
- プランナー
- 中曽根真麻
ここ数年で聞き慣れた言葉「Well-being」。直訳すると「幸福」「健康」、幸福で肉体的、精神的、社会的すべてにおいて満たされた状態を意味している。
「RESONANCE(共鳴しあう社会)」をテーマに開催されたMASHING UP CONFERENCE vol.6において、「社会のWell-beingをつくるダイナミックなビジネス」というタイトルでトークセッションが行われた。登壇者は、テミー・ギワ=トゥボスン氏(LifeBank CEO)、小木曽麻里氏(SDGインパクトジャパン 代表取締役)、遠藤祐子氏(MASHING UP編集長)の3名。
当セッションは、ナイジェリア在住のテミー氏による事前収録プレゼンテーションと、その内容を受けての小木曽氏・遠藤氏によるディスカッションによって構成された。
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アフリカのヘルステック企業「LifeBank」による社会インパクト
テミー氏「私たちLifeBankは、アフリカの医療課題の解決を目指すヘルステック企業です。デジタルマーケットプレイス、アジャイル型のインフラ活用など、科学とイノベーションの力で、新興市場の病院にとって最も重要な、緊急医療物資(血液・酸素・医療消耗品・感染予防のためのマスクや手袋など)へのアクセスを可能にしています。設立以来、7年間で1億4700万人に緊急医療物資を届けてきました。アフリカの2000以上の病院に、約18万点の医薬品を運び、8万人の命を救い、310万ドル以上の利益を生んでいます。」
まったく特別な存在ではなかったという彼女が起業した理由
テミー氏「ビジネスを始めた大きなきっかけとして、2児の母だったローズマリー医師の死がありました。彼女が急病で医療用酸素を必要としたとき、医療チームは必要な酸素を広範囲に渡って探しましたが見つからず、亡くなってしまいました。私はこの話を、皆さんを悲しませるためにシェアしているのではなく、社会課題に取り組むためのインスピレーションはあらゆるところに存在し、見知らぬ人の人生や死でさえも、自分たちを突き動かす原動力になる、ということをお伝えしたいです。」
彼女は続ける。「彼女の死をきっかけに、アフリカの厳しい医療環境に問題意識を覚えて、まずはアフリカ2か国で、24時間いつでもどこにでも酸素を供給できるシステム/酸素工場を構築しました。その後、ナイジェリア北部政府とも契約して、同州の各病院で必要な酸素量を予測分析するシステム構築も進めています。すべてコロナ禍以前に始めた取り組みなので想定外ではありましたが、コロナ禍においては、300本の酸素ボンベを提供し、900人以上の救命につながっています。」
ヘルステックによって助けられる、貧しい新興国の若者のいのち
テミー氏「もう1つご紹介したいのは、ラべスさんの話です。彼女は、ナイジェリア郊外の村育ちで、教育を受けていませんでした。新興国の農村に住む多くの若者と同じように、かなり貧しい生活をしていました。19才のときに第1子妊娠するも、7ヶ月で死産を経験。その時、ラべスさん自身も非常に体調が悪く、病院で救急援助を受けていました。最終的に輸血が8袋も必要な状況となり、LifeBankがなければ命を落としていたと言われています。その後LifeBankは8万人のラべスさんのような人の救命を行ってきました。このような医療インフラ不足の問題は、アフリカだけでなく、世界中の発展途上国が直面している課題だと捉えています。」
課題に立ち向かうときに、必要なものは2つだけ
テミー氏「新興国の医療インフラ課題に立ち向かうための解決策はシンプル。緊急の物資を届けるために必要なアジャイル型のサプライチェーンシステム構築をすること。これには、女性や子どもなど、弱い立場の人の命を大切にしなければなりません。また、未知のものに立ち向かう勇気が必要であり、うまくいく方法を見つけるまで試し続ける意欲も必要です。
私がこんなことを成し遂げられるとは思ってもいませんでした。ただ私が持っていたのは『貧しい国の弱い人たちの生活を救う価値がある』という共感と、まだやったことのないことに挑戦する意志、それだけでした。」
みんな共感はできても、挑戦までできない
遠藤氏「言葉を失うぐらいに、素晴らしいプレゼンテーションでした。小木曽さんは、どこが印象に残りましたか?」
小木曽氏「私は過去に、援助の仕事で数回アフリカにも行きましたが、医療の問題は本当に根深いと感じました。私が行った十数年前には、市場に出回っている薬の半分は偽物という状態でした。そこにニーズがあるにも関わらず、ビジネスが成り立たない構造だから問題解決されない状態でしたが、LifeBankはテクノロジーの力でGAPを埋められている良い事例ですよね。」
小木曽氏「共感と挑戦さえあればできる!という彼女の発言がありましたが、みんな共感はできても、実際に自分でアクションする挑戦は、皆ができるものではないと思います。親しい人が亡くなって辛い中でも、じゃあ酸素工場作ろう!と動けるマインドセットの作り方は彼女から学ぶべきところだと感じました。」
日本の女性起業家エンパワメントのためには
遠藤氏「日本では、医療分野のスタートアップに女性が少ない印象ありますが、どう捉えられていますか?」
小木曽氏「近年注目を集めているフェムテックのような特定分野だけではなく、医療全体に女性の視点が入っていくことが重要だと思っています。医療の現場には、看護師・介護士など女性が多い。だからこそ女性の視点を入れることは、医療全体の底上げのために大事なのでは。女性だけを援助するのはどうなのか等の議論はさておき、まずは女性起業家の数を増やすためのカルチャーや支援を強化するのが大事なのではと考えます。」
小木曽氏「ある調査によると、男女の起業家を比較したときに、中長期的に見れば儲かる金額は男女とも同水準であるが、短期的に見ると、急速に儲かるようなユニコーン企業などは、男性起業家によるものが多いことが分かっています。その理由は、女性起業家の方がリスクを取らない傾向が強いから。その分、女性の方がデフォルト率は低い。世の中のみんながユニコーン企業に投資したいと思っている訳ではないはずです。もっと安定的に、急速に伸びる訳ではなくても、持続的に社会のために投資したい人は多いはず。ただし、今はそういうニーズがある投資家たちと、女性企業家をつなぐシステムが乏しい。このようなシステムを拡げることが、変革に繋がるのではないかと考えています。」
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セッションの終盤、小木曽氏は「早く行きたければ1人で行きなさい。遠くへ行きたければみんなで行きなさい。」というアフリカの諺を紹介した。複雑な社会課題に立ち向かうときに、多様性のあるメンバーで事業をやっていくのは大変だと感じることも多いと彼女は言う。ただし、多様性を大事にすること=人に対して寛容であること。このマインドセットで課題解決に挑む人が増えれば、多様な人たちが当たり前にWell-beingを謳歌できる社会へと近づいていけるかもしれない。