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18

Apr.

2024

interview
2 Sep. 2020

キーワードは「ごきげん」!トップアスリートに学ぶ、個を磨くライフスキル

新型コロナウィルスの影響が長引き、新しい生活様式の定着に向けてまだまだ試行錯誤が続く毎日。教育現場では、教育格差を問題視する声や教育のあり方そのものを問う声もあがり、あらゆる問題が表面化する機会になったとも言えます。そんな中、全国の中高生を対象に、休校期間中の5月22日(金)から5月28日(木)の間に全6回にわたって「ごきげん授業」がオンラインで開催されました。主催は、対話という誰でもできるスポーツでごきげんな社会づくりを目指すDi-Sports研究所(以下、DiSpo)。アスリートのメンタルトレーニングを専門とするスポーツドクターの辻秀一先生を中心に、数多くのトップアスリートたちが参画しているプロジェクトです。

アスリートに限らず、私たち一人ひとりの日々のパフォーマンスを左右している、心の状態。この心の状態が「ごきげん」であってこそ、人生やパフォーマンスの質は高くなるのだと言います。そしてこれは、筆者がパラスポーツを観戦してきた中で感じた、「個々の違い」を武器にするパラアスリートの強さとしなやかさにも繋がると感じました。

ダイバーシティの基本にある、私たち一人ひとりの「個」の存在。その「個」を輝かすか否かはすべて自分次第。そんな中で、いかにして心をコントロールし、自分自身という「個」と向き合うのか。私たち一人ひとりすべての人にとって重要とも言えるこのようなテーマに対して、DiSpoの取材から得られた学びや気づきをご紹介したいと思います。

提供:Di-Sports研究所

 

自らの心をマネジメントする、アスリートのライフスキル


DiSpoは、アスリートへのメンタルトレーニングを専門とする、スポーツドクターの辻秀一先生の呼びかけによって始まりました。

アスリートのメンタルというと、「気合と根性」をイメージする人も多いかもしれませんが、それでは長期的にパフォーマンスの質を維持し発揮していくことはできません。辻先生が提唱しているのは、「 “FLOW”と呼ばれる自然体な心の状態を自らマネジメントする力=ライフスキル」を高めるメンタルトレーニングです。ライフスキルがあれば、安定して長期的に高いパフォーマンスの質を維持し発揮できるだけでなく、引退後も含めて充実した人生を送れると言います。ライフスキルは、スポーツ界だけでなく、ビジネス界や教育界なども含め、あらゆる人々にとって重要なスキルなのです。そこで、アスリートが持つこのようなライフスキルを社会に還元することを目的として、DiSpoが立ち上がりました。

ごきげん授業の様子(提供:Di-Sports研究所)


辻先生が最初に声をかけたのは、ラグビー元日本代表キャプテンの廣瀬俊朗さん、ブレイキンの世界大会で準優勝の経験を持ち、弁護士やベンチャー企業経営者としても活躍する石垣元庸さん、フットサルで9回日本一になり、日本代表キャプテンの経験もある北原亘さんのアスリート3名と、女子サッカーチームFCふじざくらのマネジメントを行う五十嵐雅彦さん。

これらのメンバーが中心となって2019年にスタートしたDiSpoは、志を同じくする仲間が徐々に集まり、2020年8月現在18名(2020年9月より30名)のアスリートが参画しています。DiSpoのメンバーは、各競技における日本代表か日本一など、トップクラスでの競技経験のあるアスリートばかりです。

提供:Di-Sports研究所


DiSpoのDiは、Dialogue(対話)のDi。身体的な動きを伴うスポーツでは、どうしても得意/不得意や勝ち/負けといった優劣に意識が向いてしまいますが、「対話」であれば誰でも可能で、しかも優劣はありません。そこでDiSpoでは、対話というスポーツを通して、ライフスキルの基本となる「ごきげん」の価値を体感してもらう機会を提供しているのです。

具体的には、主に2つの活動を柱にしています。
1つ目は、アスリートたちが先生となって、子どもたちにごきげんの大切さを体感してもらう「ごきげん授業」。
2つ目は、アスリートたちの対話を通して、一般の方々にごきげんやライフスキルの重要性を感じてもらう「ごきげんトークショー」や「オンラインサロン」(2020年秋より開始予定)です。

 

子どもたちに「ごきげんの価値」を体感してもらう、ごきげん授業


日本サッカー協会は、アスリートに「夢先生」になってもらうことで、子どもたちに夢を持つことの素晴らしさを伝える活動を行っていますが、DiSpoでは、「ごきげん先生」として、ごきげんの大切さを子どもたちに体感してもらう授業を行っています。
通常は、辻先生とアスリート数名が小学校や中学校に赴いてごきげん授業を行っていましたが、新型コロナウィルスの影響で新しい生活様式が模索される中、5月には初めてオンラインでごきげん授業が行われました。

オンラインごきげん授業は、全国の中学生と高校生を対象に、各回20名限定で計6回開催されました(のべ120名が参加)。先生を務めたのは、毎回Di-Sportsメンバーのアスリート3名と辻先生の計4名ずつ。アスリートは、日替わりでランダムに先生を担当しました。

5月25日に行われたオンラインごきげん授業の先生たち。ルールの一部となっている「拍手」が手話で行われたのは、オンライン開催ならではでした。


ごきげん授業のプログラムは、ごきげん先生による自己紹介と、「アスリートとしてごきげんや心の大切さに気づいたきっかけ」を紹介するところから始まります。

その後、ごきげんの価値に関する先生からの解説を挟みながら、子どもたちはブレイクアウトルームに分かれて「ごきげんになると、どんないいことがあるか」「一生懸命取り組んでいること」「感謝していること」についてグループごとに対話しました。

「ごきげんになると、どんないいことがあるか」という「ごきげんの価値」について考えることは、自分で自分をごきげんに保つ上で重要です。辻先生によると、ごきげんの価値を考えることで、脳は「ごきげん」を価値あることとみなし、手放さなくなると言います。この教育が今、社会に足りていないのだそうです。

また、「何かに一生懸命取り組むこと」もごきげんを作る上で重要だと言います。人間の脳は、自分の外側に依存するようにできているため、結果が出ることや評価されることに意識が向きがちですが、外側で起きることはコントロールできない上に、結果や評価によってもたらされる喜びは刹那的です。一方で、人間の脳は一生懸命取り組むことに対して楽しさを感じるようにできており、何かに一生懸命取り組むことは自分次第なので、ごきげんな心をコントロールする脳を鍛えるためには、一生懸命できることに目を向ける体感が大事なのです。

とはいえ、どんなにごきげんな心を鍛えても、誰にでも不機嫌になりそうな時はあります。そんな時は、「感謝していること」を見つけて、自ら自分の心を整えることが有効だと言います。文句を言いたくなった時こそ有り難いことを考えることで、不機嫌にならずに済むのだそうです。感謝は自分をごきげんにするのだという経験を、皆で感じるのです。

5月に行われたオンラインごきげん授業のうち、5月28日に実施された最終回の授業の様子がDiSpoのYouTubeチャンネルでアップされています。
※グループに分かれての「対話」の時間は、特別に、自閉症で知的障害を持つ参加者と辻先生の対話の様子となっております。

 

ごきげんな「個」が作るダイバーシティ&インクルージョンな社会


『cococolor』が「個々のカラー」を表すように、ダイバーシティの基本にあるのは「個」だと言えます。自らの心をごきげんにマネジメントするライフスキルは、一人ひとりが自分自身を大切にすることで「個」を育み、同時に周囲の「個」を尊重することにも繋がるのではないかと思います。

自分で自分の心をごきげんに保つことができないと、不機嫌の原因を外側に求めるようになり、自分自身と向き合う機会が失われる上に、周囲に対して批判的な眼差しを向けるようになってしまいます。

一方、自分で自分の心をごきげんに保てる人は、心のゆらぎを周囲のせいにしないため、自分自身との対話を通して自己を磨くことができ、周囲に対しても感謝の態度で接することができます。

スポーツ界という勝負の世界で、高いプレッシャーや外部要因に左右されることなく自らのパフォーマンスを発揮し、たとえ負けても折れないアスリートたち、現役を引退しても目的を失わずに輝き続けるアスリートたちの姿からこそ、「個」のあり方を学べることが多いと感じます。

2月3日に行われたトークショーの様子。テーマは「スポーツ界の#世にも奇妙な不均衡」。(提供:Di-Sports研究所)


現代は、スマートフォンを開けばすぐに多様な情報にアクセスできてしまう時代。SNSの投稿の中には心無い誹謗中傷も見受けられ、新型コロナウィルス感染症をはじめとするニュースの中には不安を煽る内容のものもあります。情報化社会は便利な側面もある一方で、こういった情報一つひとつに機嫌を左右されてしまっては、心が疲弊してしまいます。

一人ひとりが「個」を大切にしてはじめて成り立つダイバーシティ&インクルージョン。「個」を磨き、自らのごきげんを源にお互いに尊重し合うことで「チーム」としても高いパフォーマンスを発揮してきたアスリートたちが教えてくれることは、現代社会を生きる私たち一人ひとりにとって重要であるとも言えそうです。「ごきげん授業」こそ、あらゆる人が学ぶに値する内容だと感じましたし、ごきげんな「個」の先にこそ、ダイバーシティ&インクルージョンな社会も実現できるのではないかと思います。

 

執筆者 杉浦愛実

取材・文: cococolor編集部
Reporting and Statement: cococolor

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