そして、偶然を探す旅は続く。東北ユースオーケストラ事務局長 田中宏和さんインタビュー
- 共同執筆
- ココカラー編集部
2021年3月11日。東日本大震災が起きてから、10年になります。震災後、民間や行政が主体となって、復興を目指したさまざまな支援団体が結成されてきました。しかし、節目となる今年をもって活動を終了する団体も少なくありません。共同通信の調査によると、全国のNPOなど民間団体の4割近くが、4月以降に活動を終了か縮小する方針だといいます。(岩手日報)
多くの団体が活動の岐路に立たされるなかで、「心の復興」を掲げて今日まで活動を続け、さらなる発展を目指している団体があります。
東日本大震災による東北地方の被害に心をいためた世界的な音楽家・坂本龍一さんが中心となり、東北三県(岩手県・宮城県・福島県)の子どもたちから団員を募集し創立されたオーケストラです。
これまで、東京オペラシティコンサートホールをはじめ、数々の大舞台での演奏を成功させる一方、有志で被災地を訪れて演奏会を行うなど、幅広い活動を続けて来ました。
現在は、新型コロナウイルスの影響を受けて、練習会や公演を中止せざるをえない状況ですが、それでも工夫して小規模の演奏会を行うなど、未来に向けた活動を続けられています。
その力強さの源泉は、どこにあるのか。東北ユースオーケストラに事務局長として寄り添いつづけ、昨年末にはこれまでの活動を振り返る書籍も上梓された田中宏和さんに、今後の活動の展望と合わせて伺いました。
偶然の出会いが生んだオーケストラ
東北ユースオーケストラのはじまりは、2013年に松島で行われたイベント「LUCERNE FESTIVAL ARK NOVA 松島 2013」に向けていくつかの団体が集まった、その日限りの混成オーケストラでした。そこで出演した子どもたちや来場者からの要望を受け、改めて継続的な活動を前提に創立されたのが、今の東北ユースオーケストラになります。
「東北ユースオーケストラの入団資格は、東北3県で3.11を体験した小学4年生から大学4年生であること。逆に言うと、それだけです。楽器の上手い下手を問うようなオーディションは行わず、お金も夏合宿の参加者だけに、実費にも届かないぐらいの金額をもらうぐらいです」
そうして集まったメンバーは、実に多様で自由だといいます。代表・監督を務める坂本龍一さんが書籍の発売に際して寄せられたコメントが印象的です。
「東日本大震災を体験した子供たちとの出会いと演奏は、僕にとってかけがえのない体験です。なかでも僕が一番感動したのは、ここには上下関係がなく自由な空間だと、団員が言ってくれたことです。」
田中さん自身は、その団員の姿をどう見られているのでしょうか。
「最初は自分も面食らいました。いきなり小学生に、LINEを交換しようって言われたりして。とにかく、みんなフラットに付き合っています。
いわゆる普通の吹奏楽団体やオーケストラで言うと、パートリーダーやコンサートマスター、コンサートミストレスがいわゆるリーダーですが、東北ユースオーケストラではそれとは別に、『キャプテン』という人を置いています。楽器の上手い下手とか、年齢などは関係なくて。合宿のときに、お風呂の時間を仕切る人を『風呂番長』に命名しているんですが、だいたいその人が次の期のキャプテンになることが多いんですよね」
100名を超える人が集まり、一つの音楽を奏でる吹奏楽やオーケストラでは、強いリーダーシップやヒエラルキーのもとで統率が取られることも珍しくありません。しかし東北ユースオーケストラでは、あくまで「混ざり合うこと」を大事にしているそうです。
「いろんな色が混ざり合ってみんなモノトーンになるかっていうと、そうじゃないと思います。ドット絵は、一つの絵に見えながら、一つ一つのドットにテクスチャーとかトーナリティとか、カラーがありますよね。
子どもたちに対して、無理やり一つの色になりましょうっていうのは、僭越だし、失礼だと思います。だから、みんなで混じり合ってわちゃわちゃやっていく。子供たちもぶつかりながらだと思いますが、みんな楽しんでくれているようです。人間関係が悪くてやめたって人はいないんじゃないですかね」
そして、そうした組織だからこそ、子どもたちが力を伸ばしていけるのではないかと田中さんは言います。
「毎年、定期演奏会の直前合宿で、みんな目覚ましく伸びるんですよ。それぞれの子供たちが持つ成長力みたいなものって、本当にすごいんです。
子どもたちそれぞれが本来持っている潜在性を、どう引き出す場を作るかということを常に考えています。場を作って条件を設定さえすれば、みんなやってくれるんですよね。だから先輩とか後輩とか、顧問の先生の厳しい指導とかが本当に必要なのか?と考えさせられます」
心の復興と、面白がることと
学校でも家でもないサードプレイスとして、被災した子どもたちの居場所をつくってきた東北ユースオーケストラは、その目的のひとつに「心の復興」が掲げられています。改めて、「心の復興」とは何なのでしょうか。
「嫌な思い出が良い思い出に変換されていったり、健全に忘れていったりする、ということだと思っています。事務局でいつも話しているのは、3.11があって辛かったけど、なんか良い思いしたなって、みんなに思ってほしいということ。むしろ良かったな、と思えるぐらいの体験を、どう作れるかということです。
東北ユースオーケストラは、結成していきなり宮古島に合宿に行ったんです。福島の海岸が全部閉まって海に入れないという中で、偶然の縁が繋がって宮古島に。初めて飛行機に乗りました、みたいな子もいっぱいいました。それも、3.11があったからこそ、っていう貴重な体験の一つになったんじゃないでしょうか」
実は田中さんは、東北ユースオーケストラの事務局長のほかにも「同姓同名収集家」として、150人以上の「田中宏和さん」と出会うという「田中宏和活動」を行っています。そのテーマは、「同一性」と「偶然性」。そんな活動のなかで培われてきた哲学的な目線が、東北ユースオーケストラの活動にも影響しているようです。
「ちょっとした思いつきと、軽はずみな行動力で、うまく偶然性を捕まえていくのがとても大事だなと。東北ユースオーケストラもそういう場になればいいなと思います。
東北ユースオーケストラがきっかけで、音楽の仕事をしたいと思った子もいるし、実際に大学で音楽を勉強する道に進んだ子もいるし、学校の音楽の先生になりたいと言って先生になった子もいるし、実際にプロの演奏家として活動している子もいます。そうして、何か自分の可能性を見つける場にもなってくれるといいですよね」
田中さん自身が東北ユースオーケストラをはじめたきっかけも、あくまで別のお仕事を通じて繋がった、坂本龍一さんとの出会いによるものです。
しかし、そんな弱い繋がりでもある「偶然の出会い」をきっかけに始めた活動を10年も続けることは、簡単なことではないように思います。田中さんは、どのような想いでここまで続けられてきたのでしょうか。
「それはもう、面白いからです。1回目のコンサートが成功したときに気をつけようと思ったんですが、『いいことをしよう』と思うと違うなと。批評家の吉本隆明さんが、『いいことをしているときは、悪いことをしていると思うくらいでちょうどいい』と言われていましたが、社会貢献活動とか社会的に意義があるみたいなものは、本当に気をつけた方がいいと思っていて。そういう社会善とか、正義みたいなものには、簡単に酔っちゃうんですよね。だから、誰かのためにするとか、社会のために良いからやるとかじゃなくて、自分が面白いと思える範囲で続けようと思っています」
生きるとは、音を出すこと
東北ユースオーケストラに集まった、出身地も年齢も違う子どもたちは、被災した体験も将来への想いもみんなバラバラです。そしてそこに寄り添う大人たちも、震災への想いや活動へのモチベーションはそれぞれです。共通点は、「3.11を体験した」という一点のみ。だからこそ、それぞれの想いをそのままに、今まで活動を続けてくることができたのではないか。東北ユースオーケストラの力強さの源は、それぞれが自分だけの想いを乗せることができることにあると感じました。
今年、震災から10年が経ち、東北ユースオーケストラも、その前身となる活動から数えて10年の節目を迎えます。それはつまり、今後は震災を経験していない世代がオーケストラに入ってくることも意味しています。そんな中で今後、東北ユースオーケストラはどのように変化していくのでしょうか。
「ウィーンフィルやベルリンフィルも、最初は多分、市民楽団としてウィーンやベルリンの人たちが集まってできたものだと思うんですよね。それが、世界中からトッププレーヤーが集まるようになって、ウィーンフィルならでは、ベルリンならではの音が出来上がっていった。東北ユースオーケストラも、最終的にはそうなったらいいなと思います」
著書のなかにも書いてあるように、音楽監督の坂本龍一さんは、「震災から十年過ぎて、世界中を新型コロナウイルスがおそったあと、東北ユースオーケストラがなぜあるのかとこの先問われたら、『東北だから』『災害があったから』というのは通用しない。やはり『音楽性』がなければならない」と述べられています。自然災害をきっかけに始まり、コロナ後の世界で音楽を続けていくことは、どういう意味を持つのか。田中さん自身は、「人間と自然」について考えていると言います。
「高校2年生の時に読んだスピノザの『エチカ』が、人間と自然について考えるきっかけになりました。人間は自然災害を神の罰と捉えたりするけれど、それは勝手な人間の表象である、みたいに書いてあって。すごく目が開かれる思いをしました。
たとえば、本のタイトル案の一つに『希望のハーモニー』というものがあったんですが、僕はハーモニーというのは嫌だと言って。ハーモニーというのは、人間の先入観とか固定観念でしかなくて。音楽は、不協和音も含めての良さがありますよね」
そうして完成した著書のタイトルは、「響け、希望の音」です。そこに込められた想いは、どのようなものだったのでしょうか。
「生き物にとって音っていうのは、とても根本的なものです。心臓の音もそうだし、動くことやノイズも含めて、生きていると勝手に音が出るじゃないですか。音を出すっていうのは、生物として自然なことなんです。そういう自然に備わっているものを、音楽は人間が作為的に、主体的に出すっていう行為で、とても人ならではの行為なんだと思います。
団員の声を聞いていると、震災の後、楽器を演奏するということが非常に励みになっていたんだなと感じて。何か音を出す。さらにその音を、仲間と一緒に共鳴させる。そこで起きる振動、バイブレーションが大事なんだなと。それがきっと、心の支えになっていたんだろうなと思います」
大きな自然を前にして人間を考え、そして、人間の自然な行為として「音を出す」ことで表現していく。それが、東北ユースオーケストラが持つ目線なのではないかと田中さんは言います。
「自然の中で、人間はとてつもなく卑小な存在で。自然の中で生きさせてもらっているという感覚が、日本人の価値観にはあると思うんです。日本列島は、構造上5つのプレートがぶつかり合っているし、台風も来るし、自然災害から逃れられません。そんな中で、人間と自然について考える。山や川や海という自然もあれば、生き物としてのネイチャー、本性や遺伝子という意味の自然についても考えて、そして音について探求していく。そこは、東北ユースオーケストラに残っていくことなんじゃないかなと思います。
まさに、坂本さんが音を探す旅だと言ってくれていますが、それにみんなと一緒に乗り込んでいるっていうのが、東北ユースオーケストラなんだと思います」
今回お話を聞いて印象的だったのは、東北ユースオーケストラという団体や活動のユニークさはもちろん、それを語る田中さん自身がとても楽しまれていることです。自分自身の哲学的な興味を自由にはたらかせながら、目の前にある偶然の出会いを全力で楽しまれているように感じました。
お話のなかで田中さんは「自分はたまたまをつかむ握力があるのかもしれない」と言っていました。2021年の今、改めて思うのは、自然も社会も人間も、そして自分自身のことも予測不能なことが多い中で、そうした「たまたま力」こそが未来をつくっていくのかもしれないということです。
災害は、いつ起こるかわからない。目の前のその人が何を考えているかも、本当のところはわからない。自分が明日どうなっているかも、確実なことは言えない。どれだけデータとテクノロジーが発達していっても、私たちの日常はわからないことで溢れています。でも、それはそもそも、当たり前で自然なこと。そんな中でも力強く生きていく術を、人間は自然に備えている。そのひとつが、「偶然を受け入れながら、目の前のことを全力で面白がる」という姿勢なのかもしれません。
「ちょっとした思いつきと、軽はずみな行動力」が、未来をつくっていく。東北ユースオーケストラの軌跡と田中さんの言葉は、そんなひとつの可能性を示してくれているように感じました。
★現在、表参道のギャラリー山陽堂、そして山野楽器仙台店にて『響け、希望の音』刊行記念 写真パネル展が開催中です。(どちらも3月13日17:00まで)書籍ではとりあげきれなかった、貴重な記録の数々をお楽しみください。また聴き手と団員有志の奏者がともにソーシャルディスタンスを取る「音漏れ演奏会」もサプライズで企画しています。詳しくはこちらをご覧ください。
http://sanyodo-shoten.co.jp/gallery/schedule.html#1134
★東北ユースオーケストラはみなさまのご支援によって成り立っております。活動に対する寄付・募金について随時受け付けておりますので、ご協力の程宜しくお願い致します。詳しくは公式サイトをご覧ください。
http://tohoku-youth-orchestra.org/
執筆者 野村隆文
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