音楽と対話によって超えていく、さまざまな境界線
- メディアプランナー
- 八木まどか
東京で活動するプロ交響楽団の楽団員と、岩手県宮古市の高校生が、音楽や未来について語りあいました。
その対話は、音楽という誰にとっても身近なものを通して、さまざまな境界線を越えて気付きを得る、かけがえのない場になりました。
ある高校生の熱い思いが大人を動かし、プロの音楽家と高校生、東京と岩手という、立場も年代も住む場所も異なる人々が、オンライン座談会を実施するまでの軌跡をお伝えします。
「プロの音楽家と話したい」岩手の高校生の声
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて3月初旬から休校、そして、全日本吹奏楽コンクールの中止決定。それによって岩手県立宮古高校吹奏楽部の3年生は、5月末に部活動の引退が決まりました。
仲間と、大好きな部活動ができない日々の寂しさに加え、目標を見失ったことによる落ち込みは想像に余りあるものです。彼らを指導する吹奏楽部顧問・佐藤允治先生は、彼らに今、何をしたいか尋ねました。すると、3年生がこう答えたそうです。
「コンクールがなくなったのは悔しい。でも、今まで応援してくれた地域の方々に何かを残したい。それを考えるために、プロの音楽家と、音楽や社会について話してみたい。」
彼らの声を聞きつけたのが、東京を拠点に活動するプロオーケストラ・日本フィルハーモニー交響楽団(以下、日本フィル)。日本フィルは2011年4月より現在に至るまで、「被災地に音楽を」という復興支援事業として東北に通い、現地で演奏会や楽器指導などこれまで293回も開いてきました。昨年、「東北の夢プロジェクト」 と題した事業で、宮古高校吹奏楽部とステージ共演をして以来、交流を続けていたのです。
2019年「東北の夢プロジェクト」の様子(岩手県盛岡市)
日本フィルは、新型コロナウイルスの影響で2月下旬から定期演奏会をはじめとする演奏会等がすべて中止。チケット収入もなくなり、楽団員が集まって練習することができなくなりました。この間の損失は大きく、財政的にもまさに存続の危機になっています。
―そもそも、非常時において音楽や文化芸術は、何ができるのか。
楽団全員がこのことを考えながら過ごす中で、宮古高校の生徒が気になり、スタッフが連絡を取ると、前述の話を聞いたそうです。
一方、宮古市や、宮古市民文化会館にも、重大な課題が生じていました。
東日本大震災で大きな被害を受けた宮古市では、人口流出が加速しており、工事が進んで物理的には復興が進んだ部分はあります。しかし、人が安心して働き、子どもを育てられる環境を十分整えるには時間が必要で、一度まちを出た人が戻ってこないケースも多いそうです。
現在の宮古市は人口約5万人。岩手県の中心部から車で約2時間かかり、子どもたちにとってはロールモデルとなる年代の人が多くいません。
また、市民が集う場として役割を果たしてきた宮古市民文化会館は、震災後に再建・再オープンして5年目。館長補佐であり、プロデューサーの坂田雄平さんは、3年前から市民劇などの事業を通して地域の文化芸術の継承や、市民コミュニティ作りを続けてきました。なぜなら、「文化は、大事にする人がいないと容易に途絶えてしまう」という思いがあったからです。しかし、文化会館は3月から利用の制限をせざるを得ず、市民の文化活動も中断、都市部のアーティストとの交流も一時的に途絶えてしまいました。
宮古市民文化会館
つまり、過疎化が進む地域にとって、子どもたちの文化活動や、文化施設の利用が制限されることは、文化そのものの存在危機に直結するのです。
そんな中、日本フィルや宮古高校吹奏楽部と交流があった坂田さんも高校生の思いを聞き、「文化会館の使い方を工夫すれば、オンライン環境や、密接を避けたスペースが提供できる」と申し出ました。
こうして、東京の日本フィル楽団員と、岩手の市民文化会館、宮古市の高校生が、音楽という共通項のもと、ひとつの対話の場を持つことになりました。
さまざまなバックグラウンドの人々が、交わす言葉
オンライン座談会視聴の様子。上段左より別府一樹さん、橋本洋さん、中段左より柳生和大さん、オッタビアーノ・クリストーフォリさん、原川翔太郎さん、下段右より岸良開城さん
宮古市民文化会館では、3年生がステージ上でスクリーンを囲み、他の部員も観客席で見守りました
座談会には、日本フィルから5名の楽員と、1名の事務所担当者が出席。楽員は、楽器のパートや在籍年数、出身地も様々でした。
宮古市民文化会館では、宮古高校吹奏楽部員57名と顧問の佐藤先生、宮古市の音楽家などが集まりました。
まず初めに、楽団員、高校生双方が自己紹介。その後、高校生の質問に日本フィルが答える形で対話が進みました。
―「人に感動を与える音楽とは、どんなものですか?」
この質問に対し、橋本さん(トランペット)は「100名観客がいても、100名全員に好かれる演奏はきっとできません。なぜなら、感動の仕方は人それぞれ。プロの演奏より、子どもの演奏発表会のほうが、親にとっては感動的なこともあるでしょう。だから、自分が心からやりたいと思う演奏をやることが大切。“すごい演奏をしたのだから、人が感動して当たり前だろう”という気持ちだったら、人の心は動かせないでしょう。」と答えました。
演奏だけでなく、自分の生き方の価値観も変わったと高校生たちは言いました。
―「オンライン配信によって音楽に触れることと、生演奏の違いをどう考えますか?」
休校中、インターネット上に公開された動画を観て過ごす部員が多かったそうです。好きなアーティストの動画を観て感動し、気持ちを保っていたとのこと。
イタリア出身のオッタビアーノさん(トランペット)は、「誰かに聴いてもらう」ことがモチベーションになるため、定期演奏会の中止が続く期間、自らの演奏の動画をインターネット上にアップしていました。しかし「生の演奏会の音の質には敵わない」と言います。「刺身とツナ缶は、いずれもマグロから作られた食べ物で、両方とも美味しいけれど、味も作り方も違いますよね。」と使い分け方を喩え、柳生さん(テューバ)も「役割が違うので、使い分けていくことが大切」と答えました。
―「音楽の力とは、なんだと思いますか?」
高校生たちは言いました。「今、音楽の優先順位は前より下がってしまった気がします。でも、私たちは東日本大震災の時に、音楽に励ましてもらったと感じます。音楽を通して地域の方々に何ができるのか、自分たちだけでは答えが出なくなってしまいました。」
これに対し、原川さん(ホルン)は有名な指揮者の言葉を引用し「音楽は、水や自然と同じように、人間になくてはならないもの。生活の中に常になくてはならないもの」と伝えました。
一方、橋本さんは「“芸術が、人や時代を変える”のではなく、心の余裕を持てる、よい時代に、よい音楽が生まれてきたと思うのです。だから、よい社会を作るのも私たちの使命の一つでしょう。」と言いました。
これに重ねて、岸良さん(トロンボーン)は「震災直後から、避難所などで演奏させてもらいましたが、正直、どんな気持ちで演奏すればいいかわかりませんでした。でも、演奏を聴いた人から『久しぶりにお腹の底から笑った』といった声をもらい、音楽の意味に気づくことができました。」と言いました。
誰もがこの数か月間「自分たちの仕事とは」をきっと模索してきたはずです。
高校生も大人も、誰かにその答えを言ってほしかったし、逆に誰かに言うことで前に進みたかったのだと感じました。
最後には、吹奏楽部員、日本フィル双方からサプライズ動画を送り合い、この日の座談会は終了しました。
「きっと、全国の同世代も悩んでいる」
実は、企画から実施までは約2週間。宮古高校の佐藤先生は「必ず未来に役立つことだから」と学校を説得し、坂田さんも地元スタッフの協力を仰ぎオンライン環境を整えました。
登壇した2~3年生に、事後インタビューをしました。「日本フィルに音楽の意味を教えてもらい、前を向けました」「きっと、自分たちのように悩んでいる同世代は多いと思う。たとえば、全国のパートリーダーがオンラインツールで繋がり、語りあうような企画が今後できれば嬉しい」と、次の目標をすでに思い描いていました。
今回のような対話は、決して、すぐ効果が可視化されるアクションではないかもしれません。
しかし、子どもたちの声に、大人が真剣に向き合い、新しいツールを使って挑戦したことに、非常に意味があったと思います。
この交流をきっかけに、小さなアクションでも、次につながれば長期的に大きな変化が生まれるはずです。
「今、音楽の優先度が下がっている」と高校生が言ったように、たとえばもし、文化活動がそのまちで途絶えてしまったら「誰かと一緒に過ごす場」が一つ消えることになります。すると、人はまちの外へ、他の場所を探しに出ていくでしょう。その悪循環が過疎化です。その意味で、人が集まるきっかけとなる文化・芸術活動は、経済活動や物質的支援とは違ったスピードで、とても大事ではないでしょうか。
どう大切なのかを言葉にしづらいほど身近な存在で、多様な人をつなげる「媒体」になる文化や芸術だからこそ、今、その価値を見つめ直す時なのかもしれません。
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