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11

Dec.

2017

interview
28 Jun. 2017

「希少難病(レアディジーズ)」、知っていますか? vol.2

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「希少難病だからできること」当事者が取り組む希少難病の問題とは?

vol.1では、希少難病に関する基本的な情報をご紹介しました。今回は、希少難病の当事者としてこの課題に取り組んでいる香取久之さん(NPO法人希少難病ネットつながる(RDneT)理事長)、重光喬之さん(脳脊髄液減少症とほどほどに付き合うfeese運営者、NPO法人両育わーるど代表)、近藤麻視さん(一般社団法人社会課題解決支援協会代表理事)の三方にお話を伺います。

24時間365日続く痛み

 ‐まずは自己紹介をお願いします。

香取さん:

私はアイザックス症候群(疑い)や筋痛性脳脊髄炎(慢性疲労症候群)などに罹患していて、全身の痛みや疲労感、筋肉の痙攣やこわばりがずっと続いています。発症は約30年前の17歳の時、腰の激痛で動けなくなり、すぐに全身にも症状がまわりました。親に言っても「気合が足りない」、病院でも「気のせい」と言われ何十件もたらい回し。高校生にして、人生に希望がありませんでした。その後も状況は変わらず、就職した製薬会社では痛みと戦いながら営業やコールセンター立ち上げ業務を担当していました。

産業医から紹介された医師にアイザックス症候群だと告げられたのが34歳の時でした。ただ、希少難病であるが故に当時は診断基準が確立されておらず、いまだに「疑い」という診断です。病名が分ったことで、ネット上で仲間を見つけることができました。仲間と話す中で「孤立」が大きな問題だと感じ、患者会を立ち上げたのが活動の始まりです。

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重光さん:

脳脊髄液減少症という病気です。脊髄に穴が空いて、髄液が漏れることでさまざまな症状が出ます。この病気の患者数は50万とも100万とも言われ、現在の制度下では医療費助成の対象となる難病に指定されていません。

私の症状は主に痛みで、脊髄にそって、親知らずを抜いた時くらいの痛みが24時間365日続いている状況です。痛みが酷くて思考が止まり、身体も動かせず、眠ることもままならないので、末期ガンの方が使っているモルヒネより100倍強い医療用麻薬を毎日使っています。この病気の半数は交通事故などに起因しますが、自分は突発性で原因不明、会社員だった26歳の時に発症しました。リーマンショックもあり30歳を前に退職し、数年間、痛みのストレスで髪の毛が半分抜けていました。起業塾を経て、元々ボランティアで携わっていた知的・発達障害児教育の分野で「NPO法人両育わーるど」を立ち上げました。
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近藤さん:

私は全身性エリテマトーデス(SLE)で、その中でもレアケースだと言われています。合併症でシェーグレン症候群を発症しています。原因不明ですが母も次男も同じ病気で、長男は別の難病です。

小さいころから全身に痛みがあり、各部分の痛みに合わせて現在も月に500錠くらい鎮痛剤を飲んでいます。はっきりと発症したのは10年前の35歳の時。腱鞘炎くらいの痛みが1週間で息もできないくらいの全身の痛みになり、即入院。退院した時に医師からは「二度と働けない」と言われました。会社を経営していたので生活を維持することはでき、リハビリを経て、今では出張もできるようになりました。現在は社会問題に対する活動家を支援する一般社団法人を運営しています。
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痛みを知る存在として

‐それぞれ、症状も取り組み方もさまざまですね。「患者」から、「活動者」になる転機になった出来事はありますか?

香取さん:

病状悪化で休職していた2011年、親友の結婚式に出席するために向かった羽田空港で東日本大震災にあい、帰宅難民になりました。何かしなければと思ったけれど、ボランティアに行くことは難しい。休職中の自分にできるのは患者会だと思い、医療業界にいる難病当事者であることを生かして研究者や行政に働きかけ、病気を制度に乗せる活動を始めました。制度に乗らないと患者は情報すら得られず、孤立してしまうんです。活動に専念するため会社も辞め、2015年にRDneTを設立しました。

重光さん:

初めて同じ病気の人と会ったとき、10年間の闘病生活の中で抱えていた葛藤やもどかしさを同じ気持ちで理解してもらって気持ちが楽になったんです。つながって前向きになれることがある一方、同じ病気だからこそつながらない方が良いケースもあります。家族の理解やサポートの有無、経済状況について、ちょっとの差で亀裂が生じることがあるので。だからあえて交流しないで、お互いの人生のエピソードや具体的な生き方の工夫を共有できる仕組みづくりに取り掛かっています。昨年、「脳脊髄液減少症と“ほどほどに”付き合うための」webサイト「feese(フィーズ)」をプレオープンしました。

近藤さん:

今まで社長として大きな仕事もしてきましたが、退院後に抜けた髪と腫れた顔で杖をついてお得意様にご挨拶に行っても誰も相手にしてくれません。社会は見た目なんだと実感しました。

そんなある日、若い男の子に駅の階段から突き落とされたんです。「みっともない人間がどう立ち上がるかを見たかった」という理由でした。酷いと思ったけれど、考えてみれば、親や友達、会社などさまざまな場でのいろいろなつらい思いの積み重ねが、この子をつくったのだろうなと感じました。一歩間違えば自分や子ども、従業員たちもそうなりうると考えた時に、社会を変えたいと思ったんです。
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難病でも働ける社会へ

‐今後についてどのようなビジョンをお持ちですか?

香取さん:

難病に限らず何かしらの事情(社会課題)を抱え生きづらさを感じている、居場所がない人の居場所づくりをしたいです。やる気も能力もあるのに、病気と言った瞬間にほぼ雇われないのが現状です。そして、患者がつながれないのと同様に研究者もつながれていないので、そのハブになれたらいいなと思います。ヘルプマーク(外見からはわからないサポートニーズを可視化するマーク)を推進する活動もしています。そういうものを示さなくても当たり前にお互いが配慮しあえる社会の実現に向けた環境創りをしていきたいですね。

重光さん:

まずは、ニーズと効果を確認しながら、当事者の情報を集めます。香取さんのおっしゃるように、就労の問題に取り組みたいと考えています。日本ではピアサポーター(同じ状況を乗り越えた当事者によるサポート)はボランティアという位置付けですが、アメリカでは専門職です。日本でも職業として認められれば、僕らのような状況をプラスに活かすことができます。また、働き方の多様性に関する政策提言もしていきたいです。例えば、社会資源を利用しながら週に2回働くことで生活できる、そうすることで、眠っている700万人の力を発揮することは1億2000万人のもしもの備えにもなるはずです。そういった状況を変えていく政策面に取り組みます。

近藤さん:

私も制度を変えたいと思っています。例えば特区をつくるなど、国を動かしていきたい。そしてみんなのプロジェクトを次世代に残すことが、私の社会貢献だと思っています。
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‐次回は、当事者としてどのような観点から活動を進めようとしているのか、より詳しく伺います。

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取材・文: cococolor編集部
Reporting and Statement: cococolor
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