DEIな企業風土の耕し方 vol.4 資生堂の場合
- 副編集長 / Business Designer
- 硲祥子
DEIの取り組みを精力的に行い、インクルーシブな企業風土を育てている企業の皆さまにお話を伺うことで、「DEIな企業風土の耕し方」のヒントを探る本連載。第4弾は、『日経WOMAN』と「日経ウーマノミクス・プロジェクト」が「企業の女性活用度調査」を実施しまとめた「女性が活躍する会社 BEST100」において、3年連続で総合1位を獲得している、資生堂です。
お話を伺った人:資生堂 DE&I戦略推進部 大場華子さん
聞き手:硲 祥子、飯沼 瑶子(いずれもココカラー編集部)
ビジネス成長のための要としてのDEI
―――まず、大場さんの職務におけるミッションを教えていただけますでしょうか。
我々資生堂は企業ミッションとして「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(美の力でよりよい世界を)」を掲げており、社員がジェンダー・年齢・国籍、性的指向・性自認、障がいなどの多様性を尊重し合い、イノベーションを生み出す組織カルチャーを作っていく必要があると考えています。DE&Iを経営戦略の柱と位置付けて社内外で取り組みを行っており、今年「Inspiring beautiful lives through your every chapter」というDE&Iのビジョンも策定しました。そのビジョンの推進が当部のミッションです。中でも、私が主に担当しているのは「インクルーシブな社内カルチャーの醸成」と、「ブランドを通じて社会へ新たな価値を提供することのサポート」です。
―――具体的にどのようなDEIの取り組みを行なっていらっしゃるのでしょうか。
社員に向けたDE&Iリテラシー向上の取り組みです。DE&I視点でマーケティングの可能性を広げ、さらなる価値創造につなげるためのマーケター向けの「インクルーシブ・マーケティング*1ラーニングセッション」。そして、トップマネジメント自身がしっかりとDE&Iについて理解し、社内外の多様な視点を取り入れることが社内でのイノベーション創出につながるため、トップ層に向けたDE&Iセッションも実施しています。これは資生堂HQと資生堂ジャパンの全エクゼクティブオフィサー、VP(バイスプレジデント)に向けた取り組みです。
また、社員の中にも多様な人がいるという視点を持ってもらいたく、今年6月のPride Monthでは、当事者を取り巻く現状について社員一人ひとりが考える機会となる社内イベントを開催したほか、LGBTQ+のERG*2も立ち上げました。これから他の属性に関するERGも新しく立ち上げるなど、社員全体の啓発もおこなっています。
*1 「インクルーシブ・マーケティング®」とは、マス・マーケティングやワントゥワン・マーケティングの課題でもあった「多様な個人への目線の拡大」をさらに前進させ、「少数者への理解、支持」という長期的視野に立った企業の社会価値創出により事業成長を促進していく新たなマーケティング概念
*2 ERG=Employee Resource Group(従業員リソースグループ)の略。組織の中で同じ特質や価値観を持つ従業員が主体となって運営するグループのこと。
―――マーケターの方を対象にした、インクルーシブ・マーケティング ラーニング セッションの実施目的について教えてください。
昨年実施したDE&I事例共有を通して、DE&Iはビジネスで成長するために必要な視点・要素であると参加者がより認識するようになり、参加者の意識が変わったのを実感しました。そこで、自分たちのブランドを成長させることを目的としている社内のマーケターを対象として、このセッションを行いたいと思いました。
参加者からはポジティブなフィードバックが多く、「マーケティングに携わる全員が基礎知識として知っておくべき内容」というような声も寄せられました。また、ブランドとして取り組む社会活動に関して当部に相談が入ったりと、セッション後に新たなアクションが生まれているのを感じます。
様々なマイノリティ当事者へのインタビューも内容に組み込んだことに対しても、「当事者へインタビューするのは初めての経験で、非常に緊張したが本当に多くの気づきがあり、目から鱗が落ちました」といった感想も受けました。
―――セッションを一緒に作り上げる際、当事者インタビューに関して、特定の当事者だけではなく、当事者の中にもバリエーションを担保した構成にしたいという要望がありました。
あえて同じ特性を持つ当事者の方2名ずつを1グループとしてインタビューさせていただいたのには、同じ特性の当事者であっても一人ひとり異なる部分が多くあり、色々な違いがあるということを、リアリティを持って感じてほしかったというのがあります。実際に参加者からは、当事者の中にも多様性があることを理解できたというフィードバックがあり、こだわって良かったポイントだと思っています。
“社会にまだない価値観を提供する”企業DNAがDEI推進のドライバーに
―――様々な取り組みを行われている中でも、ここは特に資生堂独自ではないか、と思われるポイントはありますか?
今回電通と共同で、「インクルーシブ・マーケティング」の概念を導入するセッションを実施したことは、日本企業の中ではまだほとんど例がなく、独自性があると思います。
―――資生堂には「他社に先駆けて新しいことをやろう」という思いが強いと感じます。
たしかに資生堂の歴史を遡ると、1934年、まだ女性が働くという概念が少なかった時代に現在のパーソナルビューティーパートナー(美容部員)の源流となる「ミス・シセイドウ」が誕生し、「仕事を持つ」という新しい選択肢を社会に提示しました。こうした形で、資生堂は社会にまだない価値観を提供する企業文化を持っていると言えます。
―――資生堂は女性管理職を増やすためにどのような取り組みをしていますか。
資生堂では、2030年までにあらゆる階層において機会均等の象徴である男女比率50:50とする目標を掲げており、24年1月に国内資生堂グループにおける女性管理職の比率は40%を超えました。40%の達成は多種多様な取り組みの結果ではありますが、トップコミットメントはとても大きかったと思っています。また、女性リーダー育成塾「Next Leadership Session for Women」という、女性社員がマネジメントや経営のスキルを学びながら、自分らしいリーダーシップスタイルを見つけるプログラムを開催し、意識改革を進めてきました。そして、これは女性に限らず、すべての社員に対して自律的なキャリアオーナーシップを持つよう促していて、そのための研修も多く行われています。リモートワークなどの働き方の多様性に対する制度や、育児と仕事の両立支援などもそのサポートの一環です。
―――資生堂の中で、他にも「社会を先駆けている取り組み」だと思うトピックはありますか。
ひとつは、「資生堂DE&Iラボ」(https://corp.shiseido.com/deilab/jp/)の活動です。2023年2月に発足した「資生堂 DE&I ラボ」では、資生堂の知見やデータ、経済学的アプローチによる検証をもとに、多様な人財の活躍と企業成長のつながりを実証し、学びを社内外に公表することで、日本社会のDE&I推進に寄与することをねらいとしています。2024年3月に「資生堂DE&Iラボサイト」を立ち上げ、当社のこれまでの取り組みから得た学びを「ACTIONS」、東京大学の山口慎太郎教授のチームと共同で進めている、多様な人財の活躍と企業成長の関係についての実証研究で得た結果を「RESEARCH」として公表しています。10月には「女性活躍からジェンダー平等へ」をテーマとした実証結果をラボサイトに公表しました。
女性の管理職比率が40%を超えた資生堂の社内にも、女性管理職が少ない組織が存在しており、こうしたリーダーの同質性の傾向が高い組織にスコープを定め、ジェンダー不平等がもたらす要因を統計的に検証したもので、ジェンダー不平等の解消、そしてジェンダーバイアスとの向き合い方に関するレポートになっています。私も驚いたのですが、女性の方が男女平等の考え方を強く支持している一方で、アンコンシャスバイアスも強いというデータが紹介されています。いかに「女性はこうあるべき。男性はこうあるべき」という思い込みが女性に強く刷り込まれているかということの証でもあるのかもしれません。そのほかにも、興味深い実証結果が出ているので詳しくはぜひレポートをご覧いただけたら幸いです。今後も多様性が進んだ組織がどのようなインクルージョンを推進しているかのヒントを探るリサーチを進めていく予定です。
2つ目は、男性育休の取得に関連したアクションです。資生堂は、2023年末に国内資生堂グループ男性社員の育休取得率100%を達成しました。男性が育休を取ることが当たり前となる風土を醸成するために、制度を分かりやすく解説した動画の配信、管理職向けイクボスセミナー、取得体験者との座談会などのイベントの開催や体験レポートの共有、当社子会社KODOMOLOGY株式会社を通じて新米パパ・ママに向けた体験型育児トレーニングの提供などを実施しました。また、子育てする社員の保育ニーズに合わせて、乳幼児から小学生までを対象とする子育て支援サービス「KANGAROOM+(カンガルームプラス)」を開始し、一時預かり(ベビーシッター事業)を中心に、小学校の長期休暇に対応したキッズプログラムや、産後の訪問育児サポートなどを提供し、子育て中の社員をサポートしています。出産後に復職する社員に対しては、育児と仕事の両立への不安を軽減するための「ウェルカムバックセミナー」などを実施し、その結果、国内資生堂グループにおける育児休業からの復職率は92.3%に及び、高い水準を維持し続けています。
DE&Iとビジネスの架け橋となるDE&I戦略推進部の役割
―――そもそもDE&I戦略推進部ができたのはどういう経緯だったのですか?
組織として、DE&I戦略推進部ができたのは2年前です。それ以前はサステナビリティ戦略推進部という部門で、社会、環境、CSRなどを扱っていました。そこから、独立した形でDE&I戦略推進部が設立されました。
ピープル&カルチャー本部(人事部)でもDE&Iに関する全社員向けのリテラシー向上に向けて、例えばeラーニングなどが開催されていますが、マーケター向けのDE&Iセッションや企業として社外に向けて実施するDE&Iの取り組みは、DE&I戦略推進部がメインで推進しています。よりビジネスに直結した形でDE&Iを推進することが、私たちの部門の役割です。
―――ビジネスに近いところでDE&Iのカルチャーを醸成し、それをビジネスに結びつけていく、その専門部署が「DE&I戦略推進部」ということですね。これまでの活動に、どのような手応えを感じていらっしゃいますか。
特に商品の開発に携わっている社員たちの様子からは非常に大きな手応えを感じていて「より多様な視点を取り入れた商品づくりをしたい」という気持ちで自発的に取り組み始めているのが伝わってきます。
例えば、あるブランドチームでは、視覚障害当事者の社員を招いて、実際に商品を使ってもらい、使用感などについて意見を聞く場を設けたのですが、担当社員一人ひとりが強い興味を持って積極的に当事者に話を聞き、「どうすれば本当に使いやすい商品になるのか」と、自分の興味や関心も反映しながら取り組んでいる姿がとても印象的でした。社員たちが自ら「実現したい」と会社を説得しようとする気持ちが醸成されつつあるのは、とても大きな成果だと思います。
―――LGBTQ+のERGの取り組みについても、ぜひ詳しく教えてください。
これまで資生堂では、LGBTQ+理解促進のための人事研修の開催に加え、福利厚生の利用にあたり配偶者に同性パートナーを含めるように日本国内では2017年に就業規則の改訂をしたり、2020年に婚姻の平等(同性婚の法制化)キャンペーン「Business for Marriage Equality」に賛同表明したりと多くの取り組みを行ってきました。現在は制度が整備されたその先の社内の意識向上フェーズにあると思っています。そこで、通算で6回目の参加となった今年4月の東京レインボープライドへの当事者とアライの社員参加をきっかけに、LGBTQ+のERG活動を立ち上げ、活動を開始しました。6月のプライド月間には、当事者を取り巻く現状について社員一人ひとりが考える機会となる社内イベント「ダイバーシティウィーク」を企画して、外部有識者や社内の当事者がオンラインでトークセッションを行い、社員約1,000人が参加しました。参加者には多くの学びや気づきがあったようで、参加してくれた当事者の方々には本当に感謝しています。さらに、LGBTQ+のサポートについて、その意思を表明できるツールとしてレインボーの社員証ストラップをお配りして、アライの存在の可視化にも取り組みました。現在は、オンラインの社内ツールを活用しながら当事者コミュニティを少しずつ広げている状況です。
―――今後の活動について、どんなチャレンジを考えていますか。
今後はダイバーシティ―ウィークといった社内イベントの継続的な開催やERGの活動を通じて、DE&Iについて社員へインプットする機会をより増やしていく必要があると思っています。一人ひとりが、自分や家族、友だちや同僚など、社会の中には様々な当事者がいるということに気づくだけでなく、そこから一歩踏み込んで、当事者が社会の中で置かれている立場や直面している課題についても興味を持ってもらうことにも挑戦していきたいです。
当事者の中には、普段はご自身の障害や特性について、あえて見せないように働かれている方もいらっしゃって、それは必ずしもネガティブなことではありません。ただ、本当は課題があっても見せたくない/見せづらいと感じられていたり、周りも課題を本人が見せないが故にどう接していいかわからなくて困ってしまうというケースもあります。
ステップ・バイ・ステップでそれぞれの課題に丁寧に向き合っていきたいです。
また資生堂は、経営トップが積極的にDE&Iに関するメッセージを発信していますが、現場とトップの間のレイヤーのサポートも重要です。まずは理解を拡げるために経営層向けにDE&Iテーマでのセッションを実施したり、東京レインボープライドへの参加を促進したりといったアクションをはじめています。高い役職についている社員には当事者であることを開示している方もいるため、そういう方のサポートも得られると力になると感じています。
―――ありがとうございました。
まとめ:資生堂の事例から学ぶ、DEIな企業風土の耕し方
今回は資生堂の事例から、たくさんのDEIな企業風土の耕し方のヒントをいただきました。この記事を読んでいただいている皆さんの組織でも、何か取り入れられる糸口が見つかれば幸いです。
注:ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンの呼称として、資生堂ではDE&I、電通ではDEIとして表記を統一しています。
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