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Jul.

2020

column
18 Mar. 2014

子どもと、おもちゃと、ダイバーシティ その2

~「みんな」で遊ぶときの「みんな」ってだれのこと?
「共遊玩具」で育つ、ダイバーシティな子どもたち~

前回、「子どもと、おもちゃと、ダイバーシティ その1」
(⇒リンク URL https://cococolor.jp/93
では、子どもが成長する過程で、おもちゃがどのように関わっているのか、ということについてまとめた。

要約すると、
・子どもと、生まれてからおもちゃを取り巻く環境は、成長の段階で変わってくる
・初めは ①親や周りの大人とのやりとり、
 次に  ②自分で(好きなおもちゃを選んで)遊んでみる、
 そして ③他の子どもの遊びに興味を示したり、みんなで遊ぶ段階
 の3段階に分かれているとのこと。

 それに引き続き、「みんなで遊ぶためのおもちゃには、どんな工夫がされているのか」を探っていこうと思う。

 今回は、おもちゃ会社勤務を経て、公益財団法人 共用品推進機構に勤めている星川安之氏にお話を伺った。

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 ―「おもちゃ作り」と聞くと、すごく夢のあるお仕事というイメージのほかに、子どもたちみんなに受け入れられるため、様々な工夫を凝らすため、日夜研究しているイメージがあります。実際に、「おもちゃ業界ならではの特色や、おもちゃづくりの工夫」があれば、教えていただけますか?

 「おもちゃ業界」は、他の業界と比べ、風変わりな業界です。

 その理由は、おもちゃを作る根本概念として、「おもちゃは、みんなが通る道に沿うように作る」という思いがあるためです。

 たとえば、算数でみんなが九九を覚えるように、多かれ少なかれ、「おもちゃで遊ぶ」体験は、子どもたち(かつて子どもだった大人たち)みんなが通る道です。

 そんな、《みんなが体験する「おもちゃ遊び」》において、「私はこのおもちゃでは遊べない」というおもちゃがあると、遊べるおもちゃの種類が狭まってしまう、という意味でその子は仲間外れになってしまいます。

 だからこそ、おもちゃの作り手として、「誰もが楽しめるものを作る」ということを、基本姿勢として持つ必要があります。

 ―確かに、遊べないおもちゃがある、ということを子ども時代に体験するのはさびしいような気がします。他に、おもちゃ作りで重視されていることはありますか?

 作り手の基本姿勢として、「子どもの安全を第一に考える」ということがとても重要です。

これは、業界で「セーフティ・トイ基準」というものが定められていて、商品を世に出すためには、その基準に合格する必要があります。

とはいっても、ただ安全性だけを重視すればいいということではなく、その制約の中で、いかにみんなが楽しめるおもちゃにできるか、ということを目指しておもちゃ作りは進んでいきます。

 

―みんなが楽しめるおもちゃを作る、って、難しそうです。どうやって(言葉を話さない)小さな子どもたちのニーズを見つけていくのですか?

私がおもちゃ会社に入社したきっかけは、「障害のある子どもが楽しめるおもちゃをつくりたい」という思いがあったためでした。

 日頃から、とにかく子どもの輪の中に入り、一緒に遊んでみることを通して、障害のある子どもを含めたこどもたちみんなが、どんなおもちゃを求めていて、どんな楽しみ方をしているのか、日々研究をしていました。

同時に、親御さんやおもちゃ・児童の研究者とも話をして、「どんなおもちゃが欲しいのか」を探っていきました。

 そうした過程の中で分かったことは、

「障害のある子も、そうでない子も、流行のおもちゃで遊んでみたいという気持ちがある」ということです。

でも、当時、多くのおもちゃは障害のない子ども達を対象に作られていた。意図をせず、障害のない子ども専用/障害のある子ども専用で分かれているのが現状でした。

 たとえば、街でオセロが流行した時のことです。

みんなでオセロがしたい。

そう思っても、子どもたちの中には目が見えなかったり、黒と白の色の区別ができない子どもがいたり、石を握る力がない子どももいました。

 そこからおもちゃの作り手にできることは、「みんなでオセロをするためにはどうすればいいか」という問に対する答えを探し出し、それをおもちゃ作りに活かすことです。

 企業ですから、できるだけコストをかけずに、みんなが遊べるおもちゃを作ろう、ということになります。

 開発された「新オセロ」に施された工夫としては、
①「黒と白の石の片方には凸をつけて指で触って判断できるようにする」
②「3面の埋め込み型石を作って、手で回すことで石の色が変わる」

⇒こうすることで、指一本でもオセロの石がずれずに、色を変えることができる。
の2点が施されました。 

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 ―これを最初に見たとき、感動しました。旅行中にも石が無くならないので、よく利用しています。このオセロには、そんな開発秘話があったんですね。

 今ではもう、「目の見えない子どもとも一緒に遊べるおもちゃ」「耳の聞こえない子どもとも一緒に遊べるおもちゃ」=

「共遊玩具」という発想は業界としては一般的ですが、私が入社したころはそうではありませんでした。

 当時の私の夢は「障害のある子どもが楽しめるおもちゃを作りたい」ということ。

そして、そのときの考え方は、自然と「障害のある子どものためのおもちゃを作る」ということになっていました。

 いいかえると、それは、「障害のある子ども専用のおもちゃを作る」ということでした。

 

 ―障害のある子ども専用のおもちゃを作ることでは、どのような点が大変だったのですか?

障害のある子ども専用にならざるを得ないおもちゃが出てきます。

障害のある子どものニーズを探った後、彼らが遊べるおもちゃを作るためには、「既存のおもちゃに何を付け加えれば、遊べるようになるか」ということを考えます。

<メロディーボール開発の思い出>

約30年前、20軒の障害のある子どものいる家庭を訪問したのですが、みんながみんな、「ボールで遊びたがっている」という事実を知りました。

そこで、ここに彼らのニーズがあると思い、「メロディーボール」という、ちょっとした衝撃を与えるとメロディが30秒間鳴るボールを開発しました。

「これで、目が不自由な子どもも、ボール遊びを楽しめるようになる。」そんな思いがありました。 

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 ただ、音が出るようにするためには、マイクロチップ等を中に埋め込んだりと、意外とコストがかかります。

結果、通常のタオル地のボールであれば1000円で買えるものが、メロディーボールにした途端、3200円になってしまったのです。

とある人からは、「障害のない子ども向けだったら鈴で十分なのに、なぜマイクロチップを使う必要があるのか」とすら言われてしまいました(実際は、ボールが止まった後もしばらくメロディが出ないと、目の不自由な子どもがボールを探せなくなってしまうので、鈴ではなく、マイクロチップでないといけないなのです……)。

このようなことから、障害のある子ども用のおもちゃはコストがかかり、どこにでもあるおもちゃとは違う売り場や棚(日本点字図書館 用具事業部、等)に並ぶことになっていたのが現実でした。

それは一概に悪いわけではありません。ただ、そのように「売り場が違う」ということは、世の中全体が、「障害のない子どもは障害のない子どものおもちゃで育ち、障害のある子どもは障害のある子どものおもちゃで育っていく世界になっていた」ということです。

 ―障害のない子どもと障害のある子どものそれぞれが、「専用」のおもちゃを使って遊ぶことで、世界が二つに分かれていたんですね。

 <「共遊玩具」概念の誕生>

お話したような、「みんなで楽しめるおもちゃを作ろう」という考え方(「共遊玩具」という思想)は、実は会社が経営不振になってしまったことが原因にあります。

 一時期、会社の業績が上向きにならず、「障害のある子ども専用のおもちゃ」と「障害のない子ども用のおもちゃ」を別個に作っている状態が苦しいときがありました。

そんな中、コストを削減するために、「障害のある子どもも、障害のない子どもも、どちらも遊べるおもちゃを作ろう」という考えに至ったのです。

 うさぎマーク・盲導犬マークも、それに合わせて登場しました。

 ―そうだったんですね。その時に考えた発想が今まで続いていると考えると、不思議な気がします。

 あるとき、障害のある子どもを持った親から手紙をもらったことがあるんです。

そこには、「自分の子どもが遊べるおもちゃが普通のおもちゃ売り場に置いてあることの喜び」が綴られていました。

 「うちの子供は特別だ。障害のある子どもの親は特別だ。」

そんな親御さんの思いが、共遊玩具の登場によって、

「うちの子どもは、障害のない子どもとも一緒に遊びを楽しむことができる」という風に思えるようになった。その事実に気付かされた。

 同時に、入社当初の「障害のある子ども用のおもちゃを作りたい」という、一見純粋で無邪気な夢は独りよがりだったのではないか? と感じました。

 

―「障害のない子どもと障害のある子どもとが、隔たりなく、共に遊べるように」という考え方は、星川さんが現在活動されている「共用品推進機構」の活動や、<共用品>という物・サービスの根幹にも、その思いが根付いているなと感じます。

「障害をいかに補助するか」とか、「どうすればハンディキャップを克服できるか」といった、障害そのものについてスポットライトを当てているのではなく、「みんなで共に楽しんだり、活かせる物を作るには、どのような工夫をすればいいのか」といった、人と人とのつながりに注目している、という部分がとても面白いなと感じます。

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公益財団法人 共用品推進機構にある一部屋には、現在ある共用品がズラリと並んでいる。

 そうですね。今は「おもちゃ」という枠を越え、幅広く色々な業界で、「みんなが不自由なく楽しんだり、利用したり、活用できる商品・サービスを作りだそう」という趣旨の下に、財団法人として活動しています。

 ―色々な業界で「共用品」という思想を広めていく中で、原点となるおもちゃが持つ役割はどういったものになるのでしょうか。

 「大人になった時に目からうろこが落ちない」子どもになれるのではないかと思います。

 「遊びも議論も、工夫次第で障害の有無に関係なく、みんなで楽しむことができるのだ」ということを、改めて思うまでもなく、当たり前のこととして考えられる子どもたちが育つ可能性が広がります。

 それは、「共遊玩具」というおもちゃに小さい時から意識して触れているため、「障害の有無に分け隔てられることなく、みんなと一緒に遊ぶことができる」ということを知っているからです。

 おもちゃの段階から、自分自身で「みんなで楽しむ・考える」ことを経験していれば、大人になったときにも、自ら進んで、様々な立場を考えながら物事を考えたり、行動したりできるようになると思っています。

 ―その考え方は、まさにダイバーシティですね。

 

―最後に一言お願いします。

好きな色、好きな遊びから始まって、どんどんと、人の生き方は分かれてきます。

おもちゃで遊ぶことは、人間がこの世に生まれてきたときから大人になるまでの、価値観を育てていくための大きな基礎になると思います。

 そんな、人間の成長の過程に影響を与えるおもちゃに、

「こっちは障害のある子どもだけ/あっちは障害のない子どもだけ」というおもちゃばかりの世界と、「これがあればみんなが楽しめる」という考えで作られたおもちゃがあふれている世界とでは、子どもの価値観も大きく変わってくると思います。

 私は最初、子どもに違いがあるのなら、おもちゃも違うものを作ればいいと思っていました。

けれど、「特別な違いがあるおもちゃ」を作った時点で、その子どもと、普通の子どもとは、そのままずっと違う道のりを辿ることになるかもしれない。

学校でも就職先でも、一生出会わないことになる。

 お互いがもし出会っていたとしたら、違った化学反応が起こる可能性があったかもしれない。

 おもちゃだけではなく、みんなが楽しめたり、活用できたりするものが世の中に出れば、その場にはいろんな人が集まります。そこで、違う人たち同士でが話し合いができる、遊びができる、ときにはけんかができる。

 今までは、色々な立場の人がけんかもせずに、遊びもせずに、別々の場所で、混ざり合うことがなく、それぞれがそのコミュニティでけんかや話し合いを行っていました。

 もし、子どもの段階で、みんなで遊べる空間・仕組みができれば、それが次の段階、その次の段階へ彼らが成長したときにも、そうやって「みんなで考えること」が当たり前になります。

そういった考え方の基礎をはぐくむのに、「おもちゃ」は大いに手助けになるのではないかな、と私は思っています。

 

<インタビューを終えて>

「ダイバーシティ」という言葉の意味を調べると、それは「多様な存在がそれぞれに存在し受け入れ合っている状態」を意味している。

ただ、宗教や政治・経済など、多様な価値観が複雑に絡み合う大人社会の中では、どんなにその概念が重要だとはわかっていても、「ダイバーシティな世の中」など、到底実現できない「絵に描いた餅」のような理想のように思えてくる。

では、「ダイバーシティ」なんて、ただの夢想にすぎないのだろうか。

けれども、翻って、おもちゃと子どもについて考えたときに、このような<共遊玩具>の発想が広がっていることを、今回知ることができた。

人とおもちゃを取り囲む環境・そこにかかわる人たちの思いや行動には、今や自然と、「他者を認め合う(=ダイバーシティな)考え」が根付いているし、そんなおもちゃと接して育った子どもが大人になった頃には、きっと「ダイバーシティに考える」ということは、ごくごく当たり前なことになるかもしれない。

おもちゃは、誰もがかつて触れた、身近で親しみやすい物という点だけではなく、そこに「理想的なダイバーシティ社会」を実現するためのヒントや工夫が顕著に出ているのだな、ということを、このインタビューを通して、改めて感じることができたように思う。 

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公益財団法人 共用品推進機構

「身体的な特性や障害にかかわりなく、より多くの人々が共に利用しやすい製品・施設・サービス」=【共用品】という概念を、世の中に広く伝えていくことを目的とした財団法人。

1991年から、個人の資格で参加するメンバーによって 自主的な活動を続けてきた市民団体 「E&Cプロジェクト」 を発展的に解散し、関係各位の応援をいただいて1999年4月に設立。

2012年4月1日に、内閣府の移行認定を受け、公益財団法人化した。

共用品・共用サービスの開発と普及のために多角的な活動を行い、活動成果は企業、消費者、行政・自治体をはじめ広く社会全体に提供するとともに、全世界に向けて情報発信を続けている。

URL:http://www.kyoyohin.org/
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星川 安之(ほしかわ・やすゆき)氏

1957年生まれ。80年自由学園卒業後、トミー(現タカラトミー)に入社。HT(ハンディキャップトイ)研究室、日本玩具協会「小さな凸」実行委員会出向などを経て、91年4月、障害者にも高齢者にも使いやすい共用品・共用サービスの開発促進を目指す市民グループ「E&Cプロジェクト」を立ち上げ、事務局長に就任。

99年4月同プロジェクトを発展解消して設立した共用品推進機構の専務理事・事務局長に就任、現在に至る。日本工業標準調査会(JISC)消費者政策特別委員会委員、国際標準化機構(ISO)TC159WG2国内委員会委員など、公職多数。

主な著書に『 共用品白書 』(共編著、ぎょうせい)、『 「ISO/IECガイド71」徹底活用法 』(同、日本経済新聞社)、『 より多くの人が使いやすいアクセシブルデザイン入門 』(同、日本規格協会)などがある。
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取材・文: heartbeat
Reporting and Statement: heartbeat

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