Ability not Disability 〜「切断ヴィーナス」という「出会い」〜 <2>
- 共同執筆
- ココカラー編集部
前回に続き、『切断ヴィーナス』を出版した写真家の越智貴雄さんに、作品への思いや「障害」を通じて感じることについてお話を伺いました。
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編集部:
スポーツカメラマンとして活動してきた越智さんが、パラリンピックを撮るようになったきっかけは何ですか?
越智さん:
僕の活動の原点になっているのは、2000年のシドニーです。スポーツカメラマンとしてオリンピックを撮っていたら、パラリンピックも撮って欲しいという仕事のオファーがたまたま入ったんです。僕はそれまでパラリンピックを一度もみたことがなくて、「障がい者」という言葉のイメージから勝手に「応援してあげなきゃならない、頑張っている人」とか「可哀想な人たち」のやっているスポーツという、思いこみを持っていました。けれども、実際に見ていたら、先ず競技スポーツとしてすごく面白いし、その魅力はオリンピックとまったく変わらないものだったんです。気がついたら、アスリートとしてスポーツにかける信念とか強さ、かっこよさにドキドキして、夢中になって写真を撮っていました。
編集部:
実際に触れたことで、それまでの印象ががらりと変わったのですね。
越智さん:
世界がものすごく広がりました。「障害」とひとことで言っても、実際には人によって障害のある部位も状況も違うし、人の個性によっても違いますよね。それまでは、障害のある人と出会ったことも触れ合ったこともなかったので、そういうものが全く見えていなかったんです。「知らない」ということは、心に壁をつくってしまうことだし、それってすごくもったいないことだと感じるようになりました。だから、写真家として、競技者としてしっかり伝えていきたいと思ったんです。
編集部:
『切断ヴィーナス』というプロジェクトは何故生まれたのですか?
越智さん:
2012年の10月に、六本木で写真展を開催していた時、僕はヘルニアを患って、写真家としての将来を悲観していたのです。けれどもハッセルブラッド・ジャパンの代表、ウィリアムさんに写真家としての活動に共感いただき「今度何かを手がける時には、是非一緒にやろう」と声をかけていただいたことから、前向きな気持ちを取り戻すことができました。治療のために訪れた石川県の病院で、先生から「メンタル面の治療も大切だ。君は治ったら何をしたい?」と尋ねられ、回復したら何をしようかと考えるようになりました。その時に心に浮かんだのが、義肢装具士の臼井二美男さんでした。臼井さんのつくる、本人の個性をいかす、カッコイイ義足。それを履きこなす、夢を持って生きる女性たちを写したい。そこから、臼井さんと話し合って『切断ヴィーナス』のプロジェクトが誕生したのです。
義肢装具士の臼井二美男さん
公益財団法人鉄道広済会 義肢装具サポートセンター 義肢装具士。1955年生まれ。1989年より通常の義足に加え、スポーツ義足の製作も開始。切断者のランニングクラブ「ヘルス・エンジェルス」を創設。クラブのメンバーから陸上競技、自動車競技などパラリンピック2012年のロンドン大会にメカニックとして帯同。また、アーティストの活動にも義肢製作で協力している。
編集部:
タイトルの『切断ヴィーナス』は、強い言葉ですね。
越智さん:
そうですね。「切断者」という言葉は、シドニーパラリンピックの頃には、マスメディア等では使いにくい表現だったような気がします。切断者を写した表現媒体というのも、アンダーグラウンドの世界にはあったのだけれど、オーバーグラウンドではなかった。でも僕は、自分の意志を持って生きる女性たちが、カメラの前で堂々と被写体になって、自分を表現していく、そういう、みんなが憧れを感じるような姿を写していきたいと思いました。
編集部:
撮影では、どんなところにこだわりましたか?
越智さん:
本人たちの個性ある表現を出していきたかったので、衣装も、撮影する場所も、全部本人の希望に沿って決めていきました。自分の撮りたいものを出したいという気持ちも湧いてくるのですが、それは少し抑えて。撮影前の打ち合せから、モデルさんたちに「僕をいないと思って。プリクラの前で写真を撮っているように、好きなように自分を出して」と伝えてきたんです。なかなか撮りたいもののイメージが湧かないという人には、好きな本とか音楽などを聞いたり、一緒に語りあかしたりしながら、その人の個性が表れるものを探っていきました。
編集部:
撮影を通じて、どんな発見がありましたか?
越智さん:
義足というのは、本人がやりたいことを実現するために、その希望にそってつくられた、やりたいことを実現するための道具なんですよね。そういう意味では、メガネとか洋服と同じ感覚でつけるものなのだと改めて気づきました。だからオシャレをしたいという気持ちや、つけることでワクワクする気持ちも、当然出てきますし。僕たちは義足というと特別視してしまうところがありますけれど、義足をつけているからといって、「可哀想」とか、「不幸な人」という風に勝手にジャッジできることではないですよね。実際、撮影している風景をみて、通りかかった人たちが「カッコイイ!」と立ち止まることもありました。
編集部:
本を編集するにあたり、意識したことはどんなことでしょうか。
越智さん:
見せ方をどうするか、というところは、とても悩みました。一番簡単なのは、ストーリーをつけて、見方を与えてしまうという見せ方です。けれども、一番見せたいのは、表現体としての被写体なのだという想いに立ち返って、「見る人に見せ方を見せない」という編集方法を選びました。だから、皆さんからいただく感想も、見る人のそれまでの人生がそのまま反映されているのが多いような気がします。
編集部:
写真集を発表して、今、どんなことを感じていますか?
越智さん:
いろいろな反響がありますが、何かをしようと思っている人たちに、勇気のお裾分けができたらいいなと思っています。自分は写真からのアプローチしかできないですけれど、『切断ヴィーナス』から、次のアクションにつながる何かが生まれたらいいなと思います。例えば、彼女たちが広告の被写体になるようなところにまで持っていけたら、きっとまた次の世界が見えてきますよね。
編集部:
日本には、義足歩行者は何人くらいいるのでしょうか?
越智さん:
障害者手帳などの統計上のデータからみた潜在数は7-9万人といわれていますが、実際には義足をつけたがらない人もいるので、正確にはわからないようです。義足が嫌で車椅子生活を選ぶ人もいますし、人工知能のついた高性能な義足は日本では保険適用外になるため、どうしても高額になってしまい、なかなか思うような性能の義足に出会えない人たちもいます。それに、世間の目を気にして、義足であることを隠さなくてはならないと感じている人たちも少なくないようです。
編集部:
社会が「障がい者」をどう受けとめるかの違いについて、海外との比較で、感じることはありますか。
越智さん:
日本の社会では、障害を持った人たちを日常的に目にすることが少ないような気がします。障害を持っている人と、そうでない人が分けられてしまっていて、学校でも、車椅子の人は受け入れられないという話も聞きますよね。
編集部:
確かに、ハード面の整備や駅員さんの対応など、システム的には整えられているかもしれませんが、日常的に障害のある方と一緒に過ごすことには不慣れなのかもしれませんね。
越智さん:
例えば、先日のロンドンパラリンピックに参加した選手たちはみんな「ロンドンは過ごしやすかった」と言うんですね。僕の目からみると、エレベーターや段差の少なさといったインフラ面は日本の方がいいように思えるのですけれど。その理由は、まちの人たちのメンタリティの違いにあるようでした。例えば、ロンドンでは車椅子の人たちをまちなかで当たり前にみかけるし、エスカレーターも両手を広げて手すりに掴まって乗ることができる。障害があるからといって、まわりの人たちに特別な目でみられたりしないし、周りに手助けを求めやすい雰囲気ができているんです。もしかしたら日本は、何かがあったときに誰が責任をとるか、というリスク社会の要素が大きくて、柔軟に、バリアフリーなハート持って生活することに慣れていないのかもしれないですね。
編集部:
「おもてなし」の日本でもあるけれど、周りの人の目が気になってしまう日本でもある、ということでしょうか。
越智さん:
そういう心の壁も、障害を持つ人に実際に出会うこと、知ることによって、なくしていければいいなと思います。例えばサッカーのようなスポーツでも、車椅子の子がひとりいるだけで、ほかのみんなも、これまでとは違った、すごく楽しい体験が生まれるかもしれませんよね。障害のある人もそうでない人も一緒に生活するサマースクールのようなものがあってもいいかもしれないですし。
編集部:
「障害」を特別視するのではなく、社会の中に自然に受け入れていくということでしょうか。
越智さん:
そういうことかもしれませんね。僕もパラリンピック撮っているだけで、「優しいカメラマンだなあ」などと言われることがありますから。実際には、競技スポーツを撮っているっていうだけで、オリンピックを撮っているのと何ら変わらないわけですけれどね。パラリンピックも、オリンピックと同じように、選手たちの情報が事前にあったり、もっと当たり前に普段から報道されるようになったりすると、東京の大会も、もっと楽しい方向に変わってくるんじゃないかなと思います。
編集部:
最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
越智さん:
「障害」なんてなんの実態もないことではないかなと、僕は思っています。『切断ヴィーナス』がきっかけになって、障害を持っていきる人たちの人生に気づいていただき、そのことがパラリンピックを楽しむ一助になれたらと思っています。
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パラリンピックの取材を通じて、それまで知らなかった世界と向き合い、純粋に感動を覚えたことから始まった越智さんの新たな活動。 「可哀想な人たちのために」や、「この人たちの想いを代弁したい」といった使命感や責任感などではなく、純粋にご本人が写真家として「見」、「知り」、「触れ合う」ことによって得る事ができた未知の感動や喜びを、自分だけの経験にしておくのはもったいない、写真という形で一人でも多くの人に共通体験して欲しい、そう思われているのではないかと感じました。 「見」、「知り」、「触れ合う」ことを「楽しんで、分かち合おう。」そんなダイバーシティ社会へのポジティブなメッセージが越智さんの写真には込められているのではないでしょうか。
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-この連載の記事-
Ability not Disability 〜「切断ヴィーナス」という「出会い」〜 <1>
越智貴雄
1979年、大阪生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、ドキュメンタリーフォトグラファーとして活動。ライフワークとして、2000年から国内外のパラリンピックスポーツの撮影取材に携わる。
2004年よりパラリンピックスポーツ情報サイト「カンパラプレス」を主宰。写真は、報道、広告、写真展など数多くの媒体で使用されている。2013年より、義肢装具士・臼井二美男氏の作成した義足を使用する女性たちにフォーカスした「切断ヴィーナス」の撮影に精力的に取り組んでいる。
越智貴雄ブログ http://www.ochitakao.com/
カンパラプレス http://www.ochitakao.com/
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