メディアにおけるLGBTQ+表象の問題点と課題
- 副編集長 / プランナー
- 飯沼 瑶子
6月はプライド月間と呼ばれ、世界各地でLGBTQ+の権利を啓発する活動やイベントが実施されており、企業や自治体によるキャンペーンも増えてきています。
今回は、日本広告業協会(JAAA)のDE&I委員会主催で、プライド月間に合わせて行われた「広告×LGBTQ+の未来を考える」勉強会の内容を紹介します。
本勉強会は、(一社)fair代表理事の松岡宗嗣さんを講師に、「メディアにおけるLGBTQ+表象の問題点・課題」というテーマで開かれました。
LGBTQ+に関連するメディアコンテンツは年々増加傾向にあるが、これに伴っていくつか課題も顕在化していると松岡さんは語ります。
松岡さん資料LGBTQ+をめぐるメディアコンテンツの増加
以下、松岡さんのご説明をもとに紹介いたします。
映画PRにおける漂白
特に海外作品を日本で公開する際に生じることが多いのですが、例えば元のポスターでは同性愛であることを連想させるような表現を、日本向けではあえて削除されることがあり(例えば男性二人が並んでいる姿だったのが、日本版では男性一人になっている等)、批判が起きています。
映画を紹介するキャッチコピーで「男性に恋する◯◯」「女性しか愛せない◯◯」という言葉が批判を受けたこともありました。「女性しか愛せない」という表現の裏には「本来、女性は男性を愛すべきなのに」という偏見や、女性を愛することに問題があるかのようなニュアンスが感じられ、問題視されています。
また、映画をPRする際「これはLGBTQ+映画ではなく(これはBL映画/同性愛を描く映画ではなく)普遍的な愛の話です」というような紹介の仕方がありますが、後者を良く見せるためにあえて前者を否定するような言い方をする必要性はあるでしょうか?
LGBTQ+と書くことで多くの人がこの映画に興味を持たなくなることを懸念していると考えられますが、そもそも「LGBTQ+を描く作品だと捉えられたくない」という姿勢自体に偏見があり、または偏見を助長するものになっていないでしょうか。例えば、「LGBTQ+を描いていて、かつ誰もが共感できる」といった表現もできるはずで、あえて前者を否定していることを認識し、疑問を持っていただけたらと松岡さんは語ります。
当事者が演じるべき?
マイノリティの役を演じる際に、当事者が演じるべきということは国際的にも議論になっています。もちろん「演じる」わけなので「誰が何を演じてもよい」というのが原則だと松岡さんも考えています。しかし、業界や社会構造として捉えた時に、そこには「機会の不平等」と「表象の不均衡」があるのではないかと指摘されました。
「機会の不平等」:そもそも社会全体での差別や偏見が根強いことから、性的マイノリティが、自分自身が当事者であると開示した上で制作の意思決定や演者として関わることが少ない。就労機会の不平等があります。
「表象の不均衡」:制作において当事者が不在であることで、例えばリアルな同性愛者ではなく、異性愛者の人が想像するような同性愛者像が描かれたり、トランスジェンダー女性の役を多数派であるシスジェンダー男性が演じることで、それを見た当事者を身近に感じていない人たちが、トランスジェンダーを「女装をした男性」と誤解してしまう、またはそうしたイメージを助長する懸念があります。
プライド月間:レインボーウォッシング
プライド月間に合わせた企業活動が増えていますが、その際に留意すべき点についても紹介がありました。
プライド月間はもともと1969年6月末にアメリカ・ニューヨークで起きた「ストーンウォールの反乱」を記念して位置付けられたもので、毎年6月をLGBTQ+の権利を啓発する月間とし、プライドパレードやさまざまなイベント、キャンペーンなどが行われています。しかし、昨今は企業がプライド月間にメッセージを発信する際、さまざまな批判の声が上がるようになってきました。例えば、LGBTQ+のテーマには触れず「みんな違ってみんないい」「誰もがお互いの個性を尊重」と、過度な普遍化をされる場合などに批判が起きています。
プライド月間の経緯や目的を踏まえ、企業としてどんなメッセージを出したいか考える必要があります。
また「レインボーウォッシング」という言葉があり、例えば企業のロゴをレインボーにするだけで、それ以外のLGBTQ+支援のような活動は何もしていない場合には、企業のアピールやマーケティングのためだけに「レインボー」を活用しているのではないかという批判を受けることもあります。同じように「ピンクウォッシング」という言葉も使われることがありますが、この言葉は本来、自社にとっての不都合な事柄をLGBTQ+フレンドリーをアピールすることで覆い隠すことを意味するものとされています。
では、どのように注意すればいいのか、ポイントとして挙げられたのは以下です。
プライド月間をアピールするのであれば、自社のLGBTQ+に関する取り組みや支援の実績が前提としてあるか?実際にはあまり取り組んでいないのにアピールばかりになっていないか?
LGBTQ+について全く触れず、安易に「誰もが」と一般化するなど、企業として発信するメッセージが過度に普遍化されていないか?
発信内容のなかで当事者の姿が見えない、またはLGBTQ+といいつつゲイばかりになるなど、バランスを欠く表現になっていないか?
プライド月間に合わせたアイテムなどの売り上げをLGBTQ+支援団体に寄付するなど還元できているか?制作において当事者が起用されたり関わったりしているか?
法制度の問題や公職者の差別発言に対する応答や表明など、何かアクションは行われているか?
いかがでしょうか?
プライド月間の1カ月だけ「LGBTQ+フレンドリー」をアピールしているかのように見えると、あくまでマーケティング戦略でしかないのかと疑問に感じられてしまう懸念があります。当事者は12カ月の内1カ月だけ生きているわけではないという事実を重く受け止め、課題解決のための具体的な取り組みになっているかぜひチェックしてほしいと松岡さんは呼びかけます。
ジェンダーレスという表現
次いで紹介されたのは、「ジェンダーレス」という表現に関しての指摘です。
ジェンダーレスという言葉がよく使われるようになりましたが、例えば制服で男性はパンツで女性はスカートしか選択できなかったところ、男性もスカートを、女性もパンツを使えるようになった時に「ジェンダーレス制服」と表現される場合があります。しかし、これは厳密には「ジェンダー」が「レス」したとは言えず、あくまで選択が自由化されたということではないかと松岡さんは考えています。
ジェンダーレスとは、一義的には男女の区別が全くなく、服装で言えば一つの同じ形のものを性別関係なく使えるようになっているものを指すのだと思います。一方で、誰もが同じ形、同じデザインのものを求めているのかというと必ずしもそのニーズがあるとは限らず、それぞれ違う個人の好みがあるはずです。
ジェンダーレスという言葉の主眼は、ジェンダーを完全になくすということではなく、女性は女性らしくといったようなジェンダーによる押し付けや当たり前をなくすことにあるはずですが、果たして「ジェンダーレス」という言葉が適切なのか、人によってもジェンダーレスの捉え方が異なっているため、使用には注意が必要です。
ムダに/唐突にLGBTQ+という批判
また、ドラマや漫画でLGBTQ+の登場人物がいると、「ポリコレに配慮して、ムダにLGBTQ+を出した」という批判が上がることに対し、「異性愛をテーマにした作品であれば『ムダに異性愛者ばかり出ている』とは言われない。性的マイノリティは人口の1割程度存在している中で、10人に1人程度出演=ムダに出ているくらいが社会の実態に即している」と指摘されました。
作り手は仕方なく作品に《ポリコレ》要素を取り入れている…って考える人って、マイノリティ属性を持つ作り手が、今まで存在を消されていた自分たちのことを物語りたい欲求とか、今までは取り上げにくかった事象やテーマを描ける面白さとか、そういった可能性の存在を完全に無視してるよね😑
— 田亀源五郎 Gengoroh Tagame (@tagagen) May 14, 2023
合わせて紹介されたツイート
世の中のLGBTQ+に対する理解は進みつつある中ではありますが、国内外で反LGBTQ+のバックラッシュや反ジェンダームーブメントと言われるような動きも生じています。特にトランスジェンダーに対する攻撃が激化し、米国企業ではトランスジェンダーの起用で保守層から大きな反発があった例などが紹介され、差別・人権の問題は非常に根深く簡単に解決できることではないため、日本でも今後バックラッシュは増加する可能性があると指摘がされました。その時には、ミッションや根幹に立ち返り、企業としての立場や考え方を改めて整理しておくことが必要です。企業としてどのような社会を目指したいか、商品やメッセージを届けるなかで社会により良い影響を与えてほしい。というメッセージで勉強会は締めくくられました。
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講師プロフィール
松岡宗嗣(ライター/一般社団法人fair代表理事)
愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、Yahoo!ニュースや現代ビジネス、HuffPost、GQ等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって – アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など