cococolor cococolor

22

Nov.

2024

interview
1 Apr. 2021

自閉症のベストセラー作家:東田直樹さんインタビュー

飯沼 瑶子
副編集長 / プランナー
飯沼 瑶子

『自閉症の僕が跳びはねる理由』は、会話ができない重度の自閉症を抱える東田直樹さんが13歳の時に執筆したエッセイ。自閉症の人は、他者とのコミュニケーションが取りづらいことで、一緒に暮らす家族でさえ、彼らが何を考えているのか全く分からないことも多いという。そんな中で、自閉症者の思考や感情を当事者が分かりやすく説明したこの本は、世界34か国以上で出版され、現在117万部を超える世界的なベストセラーとなっている。(※2021年3月現在)
今月、この本の内容を元にした、自閉症者の見る世界を疑似体験するかのようなドキュメンタリー映画が公開されることを受け、原作者の東田さんにお話を伺った。



東田直樹(ひがしだ なおき)さん


ここまで読んで、おや?と思われた方もいるかもしれない。
東田さんは会話ができないのでは?そもそも、会話ができないのにエッセイが書けるのか?
その答えは、エッセイ 『自閉症の僕が跳びはねる理由』の冒頭でも語られている。

「みんなは、話すことが意思を伝えることだと考えているかもしれません。しかし、話すという神経回路を使わずに、文字を書いたり指したりすることで、自分の気持ちを表現する方法もあるのです。」
文字盤を指さしながら発話する方法(文字盤ポインティング)で、東田さんは会話する。

 

東田さんが使用している文字盤

 

言葉を持つことについて

―文字盤ポインティングでの会話や、パソコンでの原稿が書けるようになったのはいつからですか?

東田さん:僕がポインティングしている文字盤のアルファベットは、キーボードと同じ配列で書かれています。文字盤を指すのも、パソコンのワードを打つのも基本的には同じ作業です。
ローマ字は小学校2年生のときに覚えました。姉が授業で習ったローマ字表を見て自然と覚えました。視覚からの記憶がいいからだと思います。
パソコンと文字盤の使い分けは、話す相手がいるかどうかです。僕は文字に対するこだわりが強いため、すぐにパソコンの画面の文字に見入ってしまいます。すると自分の世界に入ってしまい、頭に浮かんだ単語を打ったり、必要のない文字変換をし続けたりして、相手の方をお待たせしてしまうのです。そのため取材や会話などには、文字盤をつかっています。
できたり、できなかったりを繰り返しながらここまで来ました。

―言葉で意思を伝えられるようになるまでに、どのくらいの時間がかかりましたか?どんな点に苦労しましたか?

東田さん:言葉で意思を伝えらえるという状況は、たとえば「単語で答える」「二語文で答える」「長い文章で答える」「周りの人に配慮しながら答える」など、さまざまな段階があります。
僕の場合は、些細な刺激に左右されたり、いつもと違う状況になったりすると、自分が言いたかった言葉を思い出せなくなっていました。また家での練習ではできても、他の人がいるときには上手くポインティングできないこともありました。取材や登壇中での質疑応答になると、コミュニケーションにおいて相手が何を望んでいるのかも考えなければいけません。長い時間をかけて、必要に応じてだんだんとコミュニケーションがうまくなっていったような気がします。
重度の自閉症である僕の言動からは想像もつかないと思いますが、僕が話せなかったのは、何もわかっていないからではなく、話そうとすると言いたかった言葉が消えてしまうからです。苦労したのは、話そうとすると消えてしまう僕の言葉を、どうやって引き出すかという点です。
僕は、文字盤のアルファベットを見ることで、それをヒントに自分の言葉を声に出して言うことができるようになりました。

―文字盤やパソコンで自分の思いを伝え、コミュニケーションが取れるようになってから、自分の気持ちや周りとの関係性など、どんな変化がありましたか?

東田さん:家族との関係性は格段によくなりましたが、周りとの関係は、それほど変わらなかったように思います。普段の僕の行動は、重度の自閉症者のままだったからではないでしょうか。それでも僕自身は、自分の思いを人に伝えられるようになって本当に良かったと感じています。

PCを操る東田さん


東田さんの思考の根源

―東田さんは自分のことをすごく客観的に冷静に文章として伝えておられると感じましたが、自分を客観視する感覚はもとから持っていたのですか?それとも文章を書くようになってからですか?

東田さん:文章を書くようになってからだと思います。人に伝わる文章を書くためには、自分の主張だけでなく、他の人から見てどうなのかという視点が必要になります。そうしなければ他の人に読んでもらえないからです。
僕は小学校1年生から5年生まで、「懸賞生活」などの雑誌に載っている作文コンクールに応募してきました。そうやって書き続け人から評価してもらうことで、どうしたら僕の文章が認めてもらえるのか学び続けたのだと思います。

―話せてもうまく伝えられない人もいる中で、東田さんの言葉はとてもわかりやすく、人に伝わりやすいと思います。どのように伝わる文章や言葉を習得されたのでしょうか?

東田さん:母は僕と会話する中で、「よくわからない」と言うことがあります。だから僕は、母にわかるように説明します。母はわかると、とても喜んでくれます。僕も自分の言いたいことが伝わったら嬉しいです。人に伝わる文章が書けるかどうかは、伝えようとしている文章のどこが理解してもらえないかを、自分で分析できることだと思います。
たとえば自閉症の症状の説明をして、母が「わからない」と言ったら、僕は別の単語を使ったり、たとえ話を出したりします。それでも、まだ「わからない」と言われたら、別のたとえ話を出します。母が「わかった!」というまで繰り返します。そうすることで、どんな表現なら相手に伝わるのかを知るだけでなく、なぜ伝わらなかったのか、その理由を考えるようになると思います。
わからないことをわからないと言える。それには、互いの信頼関係が必要になるのではないでしょうか。

―エッセイの中の「もし自閉症が治る薬が開発されてもこのままの自分を選ぶかもしれない」「自分を好きになれることが一番大切なこと」というメッセージが心に刺さりました。東田さんの自己肯定感は、どのように培われたのでしょうか?

東田さん:僕は自分を肯定しているというより、自分の運命を受け入れているような気がします。人には自分の力だけではどうにもならない宿命や生まれながらの環境があるのではないでしょうか。運命を受け入れるというと人生をあきらめているように聞こえるかもしれませんが、それは違います。誰でも世の中にあるすべての幸せを手に入れることはできません。僕は今の自分が手に入れることのできる幸せをしっかりつかみたいと思っています。

―生きることに対して前向きな気持ちになったことや、障害有無にかかわらず人は努力が必要と気づいたことには何かきっかけがありますか?

東田さん:子どもから大人へと成長するにつれて、僕は周りの人たちの考え方や生き方に目を向けられるようになりました。自閉症という障害を抱えていなくても、みんなそれぞれに向き合わなければならない課題を抱えていて、必死で生きています。そんな様子を知るにつれ、自分だけがつらいわけではない、人生は誰にとっても苦難の連続だということがわかったのです。

―考えに影響を受けた人や本はありますか?

東田さん:宮沢賢治さんの銀河鉄道の夜が、好きです。
人にとっての幸いが何かと考えるところが、印象的です。僕も、人の幸せについて考えることがあるからです。

そんな東田さんにとっての幸せは、「何もなく平和に一日が終わり、布団に入って眠るとき。」

―13歳で出版された時と、今で、書きたいことや伝えたいことはどのように変わりましたか?

東田さん:昔は、自閉症という障害や自分のことを、他の人にとにかくわかってほしかったです。僕は自分のことで精一杯だったのだと思います。
今は自分も含め「人間」に興味があります。人の愚かさや優しさ、そして喜怒哀楽を通し人生を生き切ろうとする姿を見るたび胸を打たれます。僕は、まだまだ作家として半人前ですが、これからは人の生き様を自分なりの捉え方で描いていきたいです。
今後作家として、誰も書いたことがないような物語を書いてみたいと思っています。
幸せに生きようとするには、どうすればいいのかと葛藤している人間の姿に興味がありますし、自然の美しさにも惹かれています。そんなことを言葉にできればと考えています。

―自閉症の人も、そうでない人も、どんな人にも生きやすい世の中のためには、何が必要だと思いますか?

東田さん:違いを認めあうことと、お互いの生きる権利を認めることだと思います。


映画『僕が跳びはねる理由』で紹介されるインドの自閉症女性Amritの作品


おわりに

今回の取材は、事前に東田さんとやり取りさせて頂いた質問の内容と、文字盤ポインティングを使ってオンラインで取材した内容を合わせて紹介している。

オンライン取材中にあたっては、外の風の音が気になった東田さんが何度か席を外し、中断をはさみながらの実施となったのだが、事前にそういうこともあると伺っていたので、実はそんなに気にならなかった。東田さんのPCのマイクを通してこちらまで聞こえるほどの強い風の音に、私も同じように耳を澄ませる時間は、なんだか楽しかった。

違いを認めあうことに至るには、いくつかのステップがあると思うが、「知る」ことは、その一歩目なのだろう。そして、知ろうとするのは相手のことだけでなく、自分のことも同様に重要なのかもしれない。東田さんは自分のことをよく知っているからこそ、日常の小さな幸せを大切にし、障害を含めた自分のことを受け入れ、周囲にも自分の特性を伝えることができる。自分のことを知っているお互いだからこそ、同じところと違うところを理解し、それぞれにとって心地よい距離感をはかりながら、歩み寄る一歩を踏み出すことができるのではないだろうか。

映画「僕が跳びはねる理由」では、世界各地の5人の自閉症の男女とその家族のインタビューを通して彼らの見る世界が語られ、映像を通して視覚的にも感じられる。
自閉症者を通して見る世界の新たな一面に、あなたも一歩踏み出してみませんか?




https://movies.kadokawa.co.jp/bokutobi/index.html
監督:ジェリー・ロスウェル  
プロデューサー:ジェレミー・ディア、スティーヴィー・リー、アル・モロー
原作:東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』(エスコアール、角川文庫、角川つばさ文庫)
翻訳原作:『The Reason I Jump』(翻訳:デイヴィッド・ミッチェル、ケイコ・ヨシダ)
(c)2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute

取材・文: 飯沼瑶子
Reporting and Statement: nummy

関連ワード

関連記事

この人の記事