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21

Dec.

2024

event
19 Mar. 2024

ヤングケアラ―が主人公、Kバレエ・オプト『シンデレラの家』

飯沼 瑶子
副編集長 / プランナー
飯沼 瑶子

観劇の際にもらう束になったたくさんのチラシの中から、ふと目に留まった『シンデレラの家』というタイトルのバレエの公演紹介。

『シンデレラ』って、魔法使いのおばあさんとガラスの靴のシンデレラ?でもヤングケアラーが主人公?原案が最果タヒで、衣裳はMIKAGE SHIN、よく見るとイラストはヒグチユウコ?
バレエの観劇経験は小学生の頃にお友だちの習い事の発表会に行った以来で緊張するけれど、どうしてもこの舞台が気になる…ということで、東急文化村でプロデューサーとしてKバレエ・オプトの企画を担当されている高野 泰樹(たかの たいじゅ)さんにお話を伺いました。

  


■現代社会に潜む問題を作品に昇華

Kバレエ・オプトは、熊川哲也率いるK-BALLET TOKYOとBunkamura が2022年に立ち上げたプロジェクト。世界に並ぶ質と規模での『ジゼル』『白鳥の湖』といった豪華絢爛な熊川版古典レパートリーを有するK-BALLET TOKYOは創設から25年になりますが、さらに「芸術がいかに社会にその価値を還元していくか」を考え、新しい光をバレエでもたらしたいという思いで、熊川哲也が立ち上げたのがKバレエ・オプトです。オプトは、ラテン語で“光”を意味する言葉です。

現代社会に潜在的にある課題や価値観の変容を芸術に昇華するべく、2022年9月にKバレエ・オプトとして行った初公演の『プティ・コレクション』-プティ・プティ・プティ!では、ジェンダーをテーマに、男性の支えを前提とする振付へのアンチテーゼとした体の動きに着目した演出を行い、第2弾公演ではプラスチック汚染問題をテーマに、能の『卒塔婆小町』の演目内の小野小町を、大量消費されるビニール傘に重ね合わせました。これらに次ぐ第3弾となるのが、今回の『シンデレラの家』です。

 

■言葉がないからこそ、見る人のための余白がある

バレエにはセリフがないからこそ、見た人が自分と重ね合わせられる余白を持つことができ、センシティブで扱いにくい話題に対しても、見る人自身で考える余地を提供できるのではないかと高野さんは言います。

例えば、第2弾公演の『プラスチック』では、50代女性から「ビニール傘やプラスチックの華々しかった過去と現在を、思わず自分自身と重ね合わせて見てしまった」という感想をいただきました。他方で、同作品に小学生300人を招待した際には大人が笑わないようなシーンで笑ったり、泣いたり、舞台演出の音や環境を受けて、様々な感受性が揺れ動く様子も見られ、新しい視点での反応があったことも新鮮で、これまで古典バレエの中心となっていた50-60代のお客様以外の層に対しても、アプローチできるような作品をバレエを通して送り出したいとより考えるようになりました。


練習風景(C)Hajime Watanabe

 

■社会課題と、最前線で活躍するクリエイターとの掛け合わせ

今後さらに社会のひずみが顕在化していくことが予想される現在進行形の日本の課題を扱い、実際の問題の深刻さと世の中の認知のギャップが大きいものをテーマに扱いたいと考える高野さん。
日本の人口の4人に1人が後期高齢者となる2025年問題、核家族化、世間の共同体の希薄化などが組み合わさって、家族の関係性が濃くなる中で、窒息状態にあるようなヤングケアラ―の課題に今回は着目しました。

シンデレラの童話をベースにしているのは、多くの人に親しみのある物語というだけではなく、例えばヘンゼルとグレーテルで、飢饉で子を間引く必要に迫られた親が、餓死させるのなら、危険はあるが救いもある可能性を求めて森へ子どもをやるといったように、社会がのっぴきならない状況にあるとき、救いや祈りを込めて童話が生まれたという歴史的背景に重ね合わせ、さらに今の時代に向けた新しい童話を編みなおそうという挑戦からです。

そして、この作品全体を若い世代との新しい実験的な活動ととらえ、演出には欧米で注目される新進気鋭の振付家であるジュゼッペ・スポッタ、原案に様々な領域で活動する詩人の最果タヒ、演奏には古い電化製品を「電磁楽器」として演奏する和田永、衣裳にジェンダーレスブランドMIKAGE SHINのデザイナー進美影といったこれからの世代のクリエイターを起用。バレエの公演に関わるのは今回がはじめての方もあえてメンバーに加え、クリエイターの新たなチャレンジをもサポートするような取組になっています。


練習風景(C)Hajime Watanabe

■当事者を描く上でのこだわり

ヤングケアラ―をテーマにするにあたっては、(一社)ヤングケアラ―協会の髙尾さん(ご自身も元ヤングケアラ―)や、複数組の当事者にお話を伺って企画検討を進められました。こうして得られた様々な事例やお声をインスピレーションに、最果タヒさんが原案となる詩を書かれ、それを演出家・振付家が解釈して構成や振付を検討し、演者が表現につなげるといった、これまでにない非常に手間のかかる制作フローを取っているのもこの舞台に特徴的な進め方であり、演者にとっても非常に難易度の高い新しいアプローチです。

また、一般的にイメージされるシンデレラのエンディングが王子様との結婚にある中で、今回のテーマに重ね合わせるにあたり、この在り方しか希望がないというのはあまりにも残酷ではないかと考え、当事者にとってリアリティのある救いはどこにあるのか、当事者の複雑な感情を最果タヒさんらしいレトリックのない直球の言葉で表現したことにもこだわりがあります。

 

■見た人が自分を重ね合わせる部分が一つでもあるように

この作品を見てくださった方に感じてほしいことは、ヤングケアラ―という観点では必ずしもないと語る高野さん。例えば親の介護は自分にもいつか生じるかもしれないし、自分自身が介護されることもあるかもしれない。介護に限らず、もう少し抽象化して「ケア」の問題だと捉えると、自分にとって重要なことを犠牲にし、他人のケアを優先せざるを得ないタイミングは誰にでも当てはまる。そんな風に、この作品を通しての気づきが多くの人に一つでもあったら嬉しいと高野さんは言います。

よくあるハッピーエンドではないかもしれないが、救いのあるエンディングとはどのようなものになるのか、この作品のどんなところが今の自分に響くのか、筆者自身も実際に鑑賞するのが楽しみです。

―――

『シンデレラの家』舞台は4/27(土)~29(月・祝)、東京芸術劇場 プレイハウスで公開されます。
https://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/24_opto_cinderella/

また、3/19(火)まで代官山 蔦屋書店で『シンデレラの家』に関する展示会を開催、3/23(土)には東京ミッドタウンで特別パフォーマンスを行います。
詳しくは下記をご参照ください。
https://www.k-ballet.co.jp/news/20240312_tokyo_001304.html

取材・文: 飯沼瑶子
Reporting and Statement: nummy

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