イノベーションのつくりかたを変える、壮大な実験室 -041SOS-
- 共同執筆
- ココカラー編集部
取材:cococolor編集部 小橋 一隆
(マーケティング・プランナー)
「なんなんだ!?この場は?」
普段からプランナーとして、様々なクライアントの方々に、課題解決型のワークショップをサービス提供している自分としては、まるで別世界へ迷い込んでしまったかのような、目から鱗がバリバリと落ちるような感覚が襲ってきた。
今回、自分が訪れたのは、Social WEnnovatorsが主催する「041 (All for One)プロジェクト」の第2回ハッカソンイベント、「041 SOS」。2017年4月6日(木)に、渋谷「FabCafe MTRL」にて開催された。
社会を変えるイノベーションは、「Innovation」から「Wennovation」へ
Social WEnnovatorsとは、様々な組織に属する社会起業家たちが、それぞれ個別に社会課題に立ち向かうのではなく、組織の枠を超えたコラボレーションで、社会課題に対する新しい解を見つけ出そうとするチームである。現在は、日本テレビ・ジャパンギビング・電通の有志メンバーで構成されているが、スポーツに例えるならば、社会課題を解決するという競技における、「オールスターチーム」・「日本代表」を志向しているとでも言えるだろうか。現在、社会課題を解決する担い手は、志のある個人に頼っているのが実情だ。その現状を打破し、「I」ではなく、「WE」の力で、社会課題の解決に向けた新たな道筋を照らす。「Innovation」から「Wennovation」へ。このパラダイムシフトを、ビジョンとして掲げている。
そんなSocial WEnnovatorsは、様々な活動をすでに展開しているが、その中の1つが「041(All for One)プロジェクト」だ。これまで、「041SPORTS」「041FASHION」など、それぞれのテーマで、今まで世の中に存在していないコンセプトやプロトタイプを生み出してきている。このプロジェクトの特徴は、「All for All」ではなく、「All for One」であるということ。つまり、みんなの知恵を社会全体に通じる共通的なニーズに使うのではない。ある1人の個人がもつ課題や悩み、ニーズに出来るだけ肉薄して、みんなの知恵を活かそうとする。この「B to 1」型のアプローチを取っている点が、極めてユニークであり、その威力を、この後、肌で直に感じることとなる・・・。
さて、この日の「041」は、「041SOS」。「SOS」とは、重大な危機に瀕している誰かからの「救難信号」という意味だが、今回は「電車移動」が舞台として具体的に設定された。そして、「SOS」を発信している個人として紹介されたのが、乳がんを治療しながら、生命保険会社で講師として活躍されている折本えみりさんと、生後2ヶ月の娘さんを持つ石川真弓さん。果たして、電車移動において、それぞれが直面している「危機」とは、一体何なのだろうか??
まずは、このワークショップを通じて、出てきたアイデアをいくつか先にご覧いただこう。その背後に存在する「危機」とは何なのか?想像しながら、読み進めていただければと思う。(構成の都合上、ワークショップで生まれた素晴らしいアイデア達を全て紹介できないことを、お許しいただきたい。)
ミンナノスイカ
消費税の税率が変わってから、残額に端数が出るようになったSUICA。このSUICAを使うと、端数が寄付される。改札にタッチをして募金された瞬間には、「ボキン!」や「サンキュ!」といった効果音がなるというインターフェースになっているのも、魅力的なアイデア。この寄付は、いったい何に使われるのだろうか?
スマボ(スマートボード)
電車の壁に取り付ける可変型のボード。形状を変えることで、座ったり、荷物を置いたり、もたれたり。様々な用途に活用できる。高さもカスタマイズ可能で、折りたたむとA4サイズになるため、女性用のバックでも持ち運びしやすい設計に。なぜ、このようなボードを作る必要があるのだろうか?
ツルカワ
ゆらりん抱っこ紐
こちらの2つは、どちらもつり革をうまく活用したアイデア。「ツルカワ」は、持ち歩けるマイつり革として、電車のつり革に取り付けて、荷物を引っかけることを可能に。また、もう1つ取り付けることで、子ども用のつり革としても利用できる優れもの。「ゆらりん抱っこ紐」は、肩にかける抱っこ紐を、つり革にも引っかけることができる仕様にすることで、肩の負担を減らすというアイデア。瞬時につり革にかける形態へ変化した際には、あまりの速さに会場から大きな感嘆の声があがった。このように、「つり革で、もっと電車を便利にすべきだ」と、参加者を突き動かしたものは何だったのだろうか?
「ひとり」に圧倒的に近づこうとするから、様々な気づきが生まれる。アイデアに、想いが帯びる。
それでは、どういう背景を踏まえて、これらのアイデアが生まれたのか?折本さんと石川さんが直面していた「危機」を、簡単に解説していきたい。
折本さんは、乳がんを治療中だが、見た目は健常者と変わらないということが大きな問題として彼女にのしかかっていた。周囲の人間が、彼女の辛さを察することが難しいからだ。そのため、優先席に近づくことができなかったという。また、乳がんといっても、一括りにはできず、個人によって症状の違いが顕著に出てしまう。折本さんの場合、リンパを取った影響で、片方の手が使いづらくなり、むくみで片足が8㎝も太くなってしまったため、財布すら重い・棚の高さも高く、荷物を棚の上に置けない・足が曲がらず椅子に座れない・歩くスピードを速くすることができない 等、様々なハンデを抱えながらの電車移動を強いられることに。満員電車に乗ることはできず、見送ることはしばしばで、駅では周りの人たちの歩くスピードが速く、流れに乗ることができないため、自分が周囲にとって邪魔な存在と感じずにはいられないとのこと。結果として、タクシー利用(周囲に気兼ねしなくていいが費用も高い…)も多々あり、健常時にかかる時間に30分~1時間もプラスして、いつも移動しているという。普段から、検索エンジンで1分でも短いルートを見つけて移動している自分にとっては、移動によって彼女が抱える尋常でない負担を、より身に染みて痛感することとなった。
石川さんは、妊娠初期、マタニティマークを付けていたが、合計で3回しか席を譲られることがなかったという。ベビーカーで移動する際は、特に電車内が混んでいる時に、周囲から何を思われているのかと、内心いつもドキドキで、ベビーカーを置きやすい「ドア前のポジション」が空いているか否か、いつもチェック。石本さんの存在に気付いて、そのポジションを譲ってくれる(数少ない・・・)人達には、本当に感謝をしていたとのこと。また、電車内だけでなく、駅構内のベビーカー移動は、さらに大変な状況に。特に、渋谷駅は、複雑怪奇なダンジョンとして彼女に襲いかかり、外に出るだけで、15分も余計にかかってしまう程、ベビーカーでの移動を阻むトラップだらけなのだそうだ。石本さん曰く、その複雑さは、「まるで“渋谷駅脱出ゲーム”のよう」。この彼女ならではの表現が、電車移動中の絶え間ない「危機」と、日々格闘している苦労をありありと映し出していた。
つまり、冒頭の問いに対する答えを挙げるとするならば、
・「ミンナノスイカ」は、折本さんが使いやすいタクシー移動の費用負担を寄付で少しでも減らしたい
・「スマボ」は、優先席を使いづらい折本さんが壁にもたれやすくすることで、身体の負担を減らしたい/棚に荷物を置けない折本さんが荷物を置きやすい場所をつくりたい
・「ツルカワ」「ゆらりん抱っこ紐」は、娘さんと移動するときに苦労が絶えない石川さんの、肉体的な負担を少しでも減らしたい
という想いから、それぞれ生まれたアイデアだったのだ。
ここで重要なことは、「乳がん患者」や「乳幼児を抱えるママ」の(大抵は無味乾燥な)調査レポートを読んで、そこから生み出したアイデアではないということ。参加者はみんな、すぐ目の前にいる「折本さん」や「石川さん」を少しでも助けたいという本心から、アイデアを生み出したのだ。折本さんや石川さんがすぐそこにいるから、言葉以外の情報や気持ちも感じ取れる。ずっと感情移入もしてしまう。あれだけの幅と質をもったアイデアを、半日という短い時間でアウトプットできたのは、折本さんや石川さんとの、あの「距離感」が原動力となったからこそなのだ。
もっと言うと、この「距離感」が、冒頭に書かせていただいた「別世界に迷い込んだ感覚」を引き起こさせた一番の要因といっても過言ではないかもしれない。限定的な経験しか自分は持ち合わせていないことはご容赦いただきつつも、マーケティングを生業としている自分の経験値から言わせていただければ、今までのマーケティングの常識に照らすと、この「距離感」の設定は、ほぼ100%間違いなく「非常識」だ。例えば、今でも一般的に行われているグループインタビューという調査手法では、通常バックミラー越しに、調査対象者の発言を聞くことが多い。要らぬバイアスを調査対象者にかけたくない意図がある訳だが、バックミラー越しという間仕切りの存在が否応にも、調査対象者との関係性を物理的にぶった切ってしまう。バックミラー越しに見える人たちは、どうしてもちょっと遠い存在になってしまうのだ。もし読者の皆さんの中で、グループインタビュー調査に参加されたことがある方がいれば、「041SOS」で設定された折本さんや石川さんとの「近さ」が、いかに異質で非常識かを感じていただけるのではないだろうか。
そもそも「1人の意見」とは、統計的にみると意味を持たないとみなされて、企業がマーケティングの意思決定をする上で、まず考慮されないことが多い。イノベーションを起こすうえで、企業は「1人の意見」を今まで排除してきたのだ。だからこそ、「1人の意見」を切り捨てず、逆にとことん寄り添い、イノベーションを起こそうとする「041SOS」という試みは、イノベーションのつくり方を根本的に変える壮大な実験室だ。小さな動きかもしれないが、確実にイノベーションのつくり方は変わりつつある。バックミラー越しに調査するなんて古い!と言われる時代がすぐに来る。これまでのマーケティングの常識に囚われていた自分は、視野の狭さを猛省するとともに、ひたひたと歩み寄る、新しい時代の足音を感じずにはいられなかった。
「Wennovation」が、一般用語として定着する社会へ
最後に、社会を変える「Wennovation」を生み出す上で、「1人の意見」に徹底的に寄り添う「Bto1」というアプローチ以外に、肝になると感じた点について述べたいと思う。
それは、有り体かもしれないが、「まずは志ありき」ということだ。そもそも、この「041SOS」というハッカソンイベント、Social WEnnovatorsとロフトワーク社の共催という形で実施された。ロフトワーク社が、Social WEnnovatorsの「041プロジェクト」と、志の部分で共鳴し合ったことに端を発している。この志の共鳴によって、ロフトワーク社が運営する「Fabcafe」という場で実施できたことにより、アイデアのアウトプットは、より多彩に、より手触り感のある形になった。パワーポイントで発表するのではなく、その場でモノを作って、形になったアイデアとして発表する。机上の空論にならずに、折本さんや石川さんを助けたいという想いがそのまま現実化する空間は、「Wennovation」を起こすには、まさにうってつけの場であったことは、異論の余地がないのではないか。
更に、この志の共鳴は、Social Wennovatorsとロフトワーク社だけに留まらない、多様性に満ちた人たちを、まるで磁石のように引き寄せた。まさしく「タレントのダイバーシティ」である。様々な人たちが集まるから、多様な視点で議論が活発化する。そして、志を同じくするから、議論が熱を帯びる。
そう、「Wennovation」を生み出す「WE」とは、「志は同じく、才能は多様性に満ちたWE」なのだ。
そして、そのような「WE」をつくりだすことは、そんなに難しいことではない。SNSがこれだけ普及している時代、志さえ明確にしていれば、まるで吸い寄せられるように、自然とそこかしこで、必然的につながるのが、現代だから。
今この瞬間も、「WE」は生まれているはずだ。
「Wennovation」が、一般用語として定着する社会は、すぐそこまで来ている・・・。
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