超福祉展2017 – 「パブリック・トイレから考える都市の未来」
- 共同執筆
- ココカラー編集部
「超福祉展(2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展)」の3日目のトップを切って開催されたセッションは、東京2020オリンピック・パラリンピックのゴールドパートナーでもある株式会社LIXILが主催する「パブリック・トイレから考える都市の未来」。登壇したのは浅子佳英さん(建築家)、吉里裕也さん(SPEAC.inc.)、中村治之さん(LIXIL)の3名です。
多様性を受け入れた理想的な社会のためには、どの方向に変化を推し進めればよいのか。トイレは、「1人で使う場所でありながらみんなが使う不思議な場所」と浅子さんが表現する、公共性の高いパブリック・トイレに焦点を当てつつ、都市の未来について対談が行われました。
海外の未来型ビジネスにみる社会の変わり目
最初の話題は、ニューヨークに本社がある「WeWork」というコワーキングスペースを提供する会社についてです。コワーキングのオフィススペースを賃貸し、「WeWork」メンバーがいつでも使えるようにデスクや会議室、サーバーやネットワーク環境などの設定までサービスしています。
ある程度の人数がいる企業がスペースを借りることもでき、この方式なら従業員数が変化した場合でも、「WeWork」との契約数を増減させることで新しい課題を解決できます。このビジネス感覚は「ネット上のクラウドのレンタルサーバーに近い概念である」と浅子さんは話します。
他には、ベンチャー起業のスタートアップ向けに「Knotel」と言うコワーキングスペースがあり、そこのトイレは男女関係なく個室で2~3つありました。こうしたワークスペースでは、トイレの壁が掲示板として使われているケースが多いということです。何故トイレにメッセージを残すのか?という点について、個室ではひとりきりだから自ずと見てしまう場所だから、個人の主張や伝言などが書かれている、とのこと。
「WeWork」や「Knotel」同様、既存のシステムを変えるビジネスとして話題に上ったのが、米国発の「Uber」です。「Uber」は、スマホのアプリのマップ上で行きたい場所をタップし配車ボタンを押すと、近くで空いている車が数分で来てくれるというサービス。従来のタクシーに比べ格段に便利。ポイントは、運転手がタクシー免許を持たない普通の人たちだという点。日本だとタクシー免許がないと営利目的で人は乗せられないが、アメリカではもともとタクシーの少ない地域もあるせいか、車を持っている人が空いている時間を使ってタクシーのようなサービスを提供できるようにしたのが「Uber」です。 この他に、プロが提供するサービスに一般の人が参入するビジネスとして、日本では“民泊”で知られる「Airbnb」が有名ですが、吉里さんは2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、観光客向けに「うちのトイレ、1回100円で貸します」みたいな人が出てくるかもしれない、と話します。
パブリック・トイレの今から見える課題
パブリック・トイレの現状はというと、ニューヨークでは9.11事件以降、公共のトイレがほとんど見当たらなくなりトイレに行きたくなったら、1ブロックに1件はあるであろう“スターバックス”へ行くそうです。コーヒーを買うときにレジで店員にトイレを使いたい旨を伝えると、レシートにスタンプを押しくれる。それがトイレの鍵を解錠する番号になっており、アメリカの商業施設では当たり前になっている鍵付きのトイレを使用することができるという仕組みです。
日本では、公園などの公衆トイレは利用者が減り百貨店やコンビニのトイレを使うように変化していると思います。また、マイノリティに必須な多目的トイレには課題が多く、「多目的トイレ」が文字通り「誰でも使えるトイレ」になって利用者が増えてしまい、車椅子利用者などそのトイレを必要とする人が使えない現象が起きています。しかし、車椅子利用者専用にするとその他の人たちが使いづらくなり、最近問題が議論されている一部のLGBT当事者など男女共用の多目的トイレを必要とする人たちの行き場がなくなってしまいます。仮に「女子トイレ」、「男子トイレ」、「車椅子トイレ」に加えてLGBTの人たちに配慮した「LGBT共用トイレ」を並べたとすると、「LGBT用トイレ」を使う人は「私はLGBTです」と宣言しているように捉えられる可能性もあります。海外では多目的トイレに限らずパブリック・トイレすべてを男女共用トイレにする事例もありニューヨーク市では2017年1月から、飲食店などに設置されるトイレはジェンダーフリーにする法律ができました。一方、日本では男女共用トイレに対する理解は進んでいません。一般の人たちを対象に調査すると、特に女性たちの間で男性とトイレを共用することに抵抗があります。ただし回答者に対してジェンダーフリーにすべき背景について説明すると、女性の理解は50%上がる(LIXIL調査結果)そうです。とすれば、一般の人たちに時間をかけて説明することで、男女共用トイレを受け入れる社会が実現するかもしれません。
社会が学ばなければならないこと
共用トイレが代表するように、一般の人たちへの教育は、一人ひとりがフラットに繋がる社会を実現するための重要な鍵です。ラッシュアワーの車内でベビーカーや車椅子利用者が冷たい視線を浴びることがありますが、その時間に移動しなければならない事情をみんな抱えているのです。
かつてLGBTの人たちがパブリック・トイレで困っているという問題にLIXILが気づいていなかったように、まずは「そこに問題があること」を認識するのが重要です。LGBTの人たちは通常のパブリック・トイレだとなぜ困るのか――当事者の声を聞くことで知り、理解する必要があります。中村さんは、ハード面だけを充実させても、“心のユニバーサル化”が図られなければうまく機能しないと言います。
そう考えると、セッションの最後に吉里さんが話された「便利なのが本当によい社会なのか」という問いは深い意味をもちます。以前、ベルリンのクラブへ繰り出した吉里さんは、車椅子の人も楽しむ様子を目の当たりにしますが、クラブは古い建造物なのでバリアフリーではありません。移動する時は、周囲の若者が力を合わせ、車椅子の人を持ち上げていたのです。また、ニューヨークの地下鉄では駅にエレベーターがありませんが、周りの人が手を貸し車椅子の上げ下ろしを手伝っているそうです。
これらの事例は、ハードが整わなくとも人々の力でバリアフリーは作り出せることを示しています。今はまだマイノリティとそうでない人たちの間に見えない壁のようなものがありますが、その壁は社会全体がマイノリティについて知り、学ぶことで徐々に崩さなければなりません。多様性と個性を尊重し合える社会をつくるには課題が多い日本ですが、進むべき方向は明解に示されていると感じたセッションでした。
【参考】LIXIL パブリック・トイレのゆくえ
取材・執筆 原田容子
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