「こどもは未来」こども環境学会2018-セッションレポート
- 共同執筆
- ココカラー編集部
「こども環境学会2018年・埼玉大会」の各セッションの様子をご紹介します。
「ひとりひとりの未来への力を育む教室」
基調講演を行ったのは、昭和大学大学院保険医療学研究科准教授の副島賢和さんです。副島さんは昭和大学病院内の院内学級「さいかち学級」の教師で、赤鼻がトレードマークのホスピタル・クラウンとして活動していることから「あかはなそえじ」さんとしても知られています。その活動は、2011年にNHKテレビのドキュメンタリー番組シリーズ「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも取り上げられました。
「さいかち学級」に通って来る子どもたちの平均の入院日数は10日。中には入退院を繰り返す子、退院することが見込めない子もいます。そこで立ち上がって来るのは、病気を抱えているこどもたちに教育は必要なのか、という問いです。副島さんは、「学び」とは「生きること」そのものであり、「学びを保障すること」は、教育関係者の役割であるというプリンシプルを胸に、病を抱えたこどもたちと日々向き合っています。
こどもの成長には①Safety(安全・安心の確保)、②Challenge(選択・挑戦)、③Hope(日常の保障・将来の希望)が必要だと副島さんは強調します。その3つの要素が存在する環境を提供するためには、一人ひとりのこどもとのコミュニケーションが不可欠です。表情、仕草をつぶさに観察し、内的な感情を探っていくことで、興味のあることを予想して教材を与えたり、表面上出ていない感情が表現出来るような課題を与えています。
副島さんが特に心を掛けているのが、こどもたちの中に「自尊感情=肯定的な自己イメージ」を育てることです。人間の自尊感情には二つあると副島さんは説きます。一つは他人から得られる評価によって醸成される「社会的自尊感情」。もう一つは、外部からの評価とは関係なく、自己の内部に存在する自己を大切にする「基礎的自尊感情」です。
二つの自尊感情がどちらも発達しているこどもは、感情が安定していて、何か困難に行き当っても立ち直れる耐性を持っていますが、基礎的な自尊感情が弱く、社会的自尊感情が肥大化してしまったこどもは不安定です。彼らは自分の感情を表に出すことが苦手です。他人にとって良い子であろうとし、自分の声を上げられなくなっているのです。そのようなこどもたちが声を上げられるように、伝えたいことがあったら我慢しなくて良いこと、それが不安であっても思っていることを素直に表現して良いのだということを伝えて行きます。
「あかはなそえじ先生」こと副島賢和さん
不登校になるきっかけが病気というこどもが14.5%もいると言われています。例え数日であっても、欠席して学校へ戻ることはとても不安なことなのです。そして、周りを心配させたくないと、その不安を口に出せないこどもが多いのです。
実は「プロフェッショナル 仕事の流儀」で取り上げられた小学校4年生のIくんも、退院前に最後に副島さんが病室に見舞ったところまでは、その不安を口にしていませんでした。Iくんの不安の存在を察知していた副島さんは、その不安な気持ちを表現してくれなかったことがとても気にかかっていましたが、完成したテレビ番組を見て、副島さんが去った病室のベッドの上で、学校へ戻ることの不安を口にするIくんの姿を初めて知りました。NHKのスタッフが、副島さんへのサプライズで、その映像を見せたのです。心の中の不安を素直に口にしたIくんを見て、副島さんは号泣したそうです。こどもたちが生きることそのものに関わるということがどういうことなのか、副島さんの決して逸らさない真剣さ、厳しさが伝わってくるような講演でした。
シンポジウム 「こどもの未来に向けたソーシャル・インクルージョン」
基調講演に続いて行われたシンポジウムのテーマは「こどもの未来に向けたソーシャル・インクルージョン」。何か人生上の困難を抱えているために、「社会」から零れ落ち、孤立してしまっている人たちの抱える問題点を可視化し、それに対処することでその人たちを社会に含めることが「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」です。このシンポジウムでは、「こども」に関わる活動に取り組む三人の方から報告がありました。
「地域包括ケアシステム構築による産前からの子育て支援~『和光版ネウボラ』の取り組み~」
和光市役所で長年働いて来られた東内京一さんは、介護保険が施行された2000年から高齢者に関わる市の制度づくりに、近年は子育て支援に関わる施策に携わり、現在は和光市の「地域包括ケアシステム」の構築と発展に尽力されています。
「わこう版ネウボラ」について説明する東内京一さん
少子化と高齢化が進行し、核家族化が進展、そして共働き世帯が増加していくことが予測される社会において、行政は包括的、かつ継続的な“切れ目のない”サービス提供をしていく必要があります。そのために東内さんが力を注いでいるのは、現在個々に存在しているサービスや担当部門を有機的につなぐ「地域包括ケアシステム」を構築することです。
その中で「こども」に関わるのが「わこう版ネウボラ」と呼ばれるシステムです。「ネウボラ」はフィンランド語で「アドバイスの場」という意味。妊娠期から、こどもが小学校に上がるまで、こどもの成長を見守り、時に保護者、兄弟姉妹など、家族に対するサポートも行う制度です。日本でもいくつかの自治体が日本版ネウラボ構築に取り組んでいますが、和光市では2014年10月からスタートしました。最近は市民の側のニーズも多様化し、医療に寄った分野だけでは解決できない問題もあります。また、妊娠期から学童期までと期間を区切ると、例えば不妊などの悩みや学童期になってから必要な支援をカバーできないという課題もあります。
そこで、行政としては、日頃から市民のニーズをきめ細かく汲み取り、その結果を踏まえて、必要な関連部署、関連の専門家たちの意見を結集して検討を行い、複数の既存のサービスを、垣根を越えてつなぐこと、そして、制度の策定なども含めて臨機応変に問題解決に当たることが大事だと考えているそうです。「わが町を知らずして、わが町の問題は解決できない」「わが町の課題はわが町で解決する」と言う東内さん。市民の抱えている問題にきめ細かく、正面から向き合い続けて来られた行政の側の気概を感じたお話でした。
「子育てと仕事を両立していくための住まい『ペアレンティングホーム』」
続いては、民間の立場で社会から孤立し、問題を一人で抱え込みがちな人たちへの支援事業を行っている秋山怜史さんと東恵子さんからの体験談を伺いました。
秋山さんは、元々は一級建築士ですが、2012年に「ペアレンティングホーム」を運営する一般社団法人を立ち上げました。いわゆる「シングルマザー専用のシェアハウス」です。
ぺレンティングホームについて解説する秋山さん
日本には、子育て世帯の数は減少傾向にあるのに対し、シングルペアレントの家庭は増えている現状があります。にも関わらず、シングルペアレント、特にシングルマザーは不動産弱者になりがちです。そこを支援することにより、シングルペアレントの境遇にある親子に、暮らしの新しい選択肢を提供したいという想いから、この活動が始まりました。そして、社会の中で最も弱い立場にあるシングルマザーが子育てと仕事を両立させられれば、きっと他の境遇の人たちにも出来るはず、と信じ、ペアレンティングホームを「子育ても仕事も楽しく両立するシェアハウス」と銘打ちました。
ペアレンティングホームでは、こどもたちが集ってこどもだけで遊ぶことが出来るので、母親は自分のために費やす時間が取れるようになります。また、家をシェアしているほかの母親との交流を通じて、共通の悩みなどについて話し合うチャンスも生まれます。
住居の問題が解決すると、次の課題は「仕事」ですが、秋山さんは「仕事」を「住居」とセットで提供する形の事業にも関わっています。町田市で介護施設運営を手掛ける一般社団法人合掌苑とコラボによって実現した事業がその一つで、合掌苑の介護職に就くと、合掌苑の宿舎に入居出来るという仕組みは「社員寮型」と呼ばれています。
6年間の運営経験を通じて見えてきた課題のひとつは、ペアレンティングホームを必要な人たちと、徐々に増えて来たペアレンティングホーム物件が充分つながっていないことでした。そこで秋山さんは、各地のペアレンティングホームの物件情報をまとめた「マザーポート」というサイトを立ち上げました。
ペアレンティングホームの低めに設定された価格でも入居が不可能な年収が低い人たちをどうすくい上げていくのか、ということも課題です。また、日本ではシェアハウスに住みたいと考える人の数が少ないのが現状です。シェアハウス以外で不動産弱者をどうサポートするか、シェアハウスの次の不動産の形態は何かも、考えて行かなければなりません。
一つ社会的な課題に取り組むと、また新たな課題がその先に見えて来る…そのような日々立ち上がって来る課題を解決し、シングルペアレントの家庭の選択肢も増えて行く社会が作られて行くためには、「連携」と「共創」が鍵だ、と秋山さんは語ります。社会の中には多様な住まい、多様な担い手、多様な支援が存在しています。それぞれ必要とするもの同士がうまく横で連携し、共に社会を創り上げていくことが急務だと感じさせられました。
「育児と介護の同時進行『ダブルケア』」
「ダブルケア」テーマ領域の活動を展開しているのが東恵子さんです。ダブルケアとは、狭義には「育児」と「介護」が同時に進行する状態のことで、女性の高齢出産化の傾向に起因をしています。1975年当時、女性の第一子出産平均年齢は25.7歳でした。それが、2014年には30.6歳に上がりました。その結果、子育てが終わり切らない内に、親の介護が始まる、つまりこどもと親の両方のケアに同時に携わらなければならないケースが増えて来たのです。
一般社団法人ダブルケアサポートを立ち上げた東恵子さん
ダブルケアには広義の「複数のケアが重なる」状況も含まれます。家族や親戚など、近しい存在の人たちが何か問題や病を抱えていて、子育てとのダブルでのケアが必要になることもあります。重なるケアがダブルでなく、トリプル、それ以上になるケースも。東さんも参画した横浜市による調査の結果「ダブルケア」という言葉が定義されたことで、問題の可視化がなされたのです。
昨今ダブルケアが社会課題として取り上げられるようになったのには、いくつかの原因があると東さんは説きます。一つは晩婚化と晩産化、そして少子化と高齢化と言った人口学的な要因です。そして、男性が外で稼ぎ、女性は内にいてケアの部分を引き受ける、という家族構造に変化が起こったこと。これに加えて、労働時間が長時間化していること、お互いが助け合える社会的ネットワークが昔に比べると小さくなってしまったこともダブルケア状態が問題化する原因となっています。
今回の調査の結果、ダブルケアが「既存の制度や構造を見つめ直す、横断的なテーマ」であることが見えて来たと東さんは語ります。これまでの「高齢者」「子ども」、あるいは「障がい」と縦割りでは対応が難しく、その家族を丸ごと見て行く形で支援を行うことが不可欠なのです。これは、これまでの支援体制からの転換を社会全体が行うことの必要性を示しています。
東さんは、ダブルケアは「複数の課題や主体を引き寄せる『磁石』」のような役割を果たしているのでは、と言います。例えば、ダブルケアをテーマでセミナーを開くと、これまで同席することはなかった、介護に関心がある人たちと、子育てに関心がある人たち両方のカテゴリーの人たちが聞きに来るという現象が起こる。するとそこでこれまで交わらなかった人たちの連携が図られて行くのです。既存の枠組みの脱構築と、再構築です。
ダブルケアは、東アジア全体が共通して抱えている社会リスクと言われています。韓国とは既に支援者の相互交流を実施しているとのことですが、「ダブルケア」がその磁力を発揮して社会を変えて行く端緒となる可能性を感じた東さんのお話でした。
分科会
二日目は「あそびは学び~創発性育みの実践と学際的意義~」「地域でつなぐこどもの居場所」「これからの保育環境を考える」「アレルギーにならないこども環境」の4つの分科会が開催されました。
「アレルギーにならないこども環境」分科会の様子
各分科会に登壇した話題提供者の皆さんのバックグラウンドは多種多様で、分野の垣根を越えて社会が連携し、こどもの未来を構築して行こうという大会の趣旨がよく表われたセッションとなりました。
「アレルギーにならないこども環境」は、さいたま市という一つの自治体において連携する行政、医師、看護師の取り組みに、患者の家族の声も加わり、ユニークな分科会となったように感じます。
昔に比べ、アレルギーを持つこどもが増えたと言われる昨今。一つ間違うと命にも関わることですから、周りの大人はアレルギー物資を子どもから遠ざけるよう、神経質にならざるを得ない状況になっています。しかし、さいたま市民医療センターで小児科医をしている西本創先生は、アレルギーがあると思われる食物を避けるより、逆に小さい頃からその食物を食べた方がアレルギーを発症する率が少ない、という最近の研究結果を踏まえたお話をして下さいました。
このような日々進歩する最先端の医学の知識は、それが必要とされている人たちのところに届かなければ意味がありません。その役割を担う行政の活動について、さいたま市の保健課で働く福島雅子さんから報告がありました。キーワードは「連携」。保育施設、幼稚園、医療機関など、子どもに関わる様々な機関を繋ぎ、その機関同士の連携を促進する活動に力を注いでいるとのことでした。
この分科会では、最後に「アレルギーから守るスキンケア実践編」と題して、出席者全員参加のアクティビティがありました。アレルギーを抑制するには、まず皮膚を脆くしないように洗うことが大切、ということで、お肌に優しい洗い方が出来るよう、石鹸を上手に泡立てる練習です。
ビニール袋に適量の液体石鹸と水を入れ、息を吹き込んで袋を膨らませます。そして、団扇で仰ぐように袋を振ると、あら不思議!あっという間にきめ細かい綺麗な泡が出来上がりました。これなら子どもと入浴中に楽しみながら、作ることが出来ますね。
分科会は、どの会場も立ち見も出るほど盛況でした。
みんなでビニール袋を振って、きめ細かい綺麗な泡をつくる
優秀ポスター発表賞
今年は「学術研究・調査活動部門」で58点、「非営利団体の活動」で4点のポスターがエントリーしていました。いずれも力作で、選考作業は表彰式開催のギリギリまで続きましたが、前者6点、後者1点、計7点のポスターに「優秀ポスター賞」が授与されました。「学術研究・調査活動部門」は、その中で「遊び場・園庭」とか、「保育環境」、あるいは「学び・教育」などとテーマが分かれていましたが、受賞した6点のうち5点は子どもの「遊び」に関するテーマのものでした。これは、子どもたちが安心して自由に遊べる空間の減少の実態、そしてその改善を図る気運の高まりを反映しているのでしょうか。
受賞を示すリボンが付けられたポスター
ポスター発表は、一般にはまだ認識されていない案や実践が、
取材・執筆 原田容子
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