人と人とのつながりを生む ー勤務犬に求められる素質ー
- ソリューション・プランナー
- 海東彩加
聖マリアンナ医科大学病院で活躍する勤務犬。
第1弾では、勤務犬導入までの経緯を伺った。
https://cococolor.jp/facilitydog01_20210817
今回は、勤務犬やハンドラー(※ハンドラー:勤務犬のハンドリングを行う医師や看護師)に求められることを、モリスのハンドラーを務める大泉看護師と竹田看護師によるモリスとのエピソードも交えながらご紹介します。
左から、佐野政子 看護師、長江千愛 医師、北川博昭 学長、大泉奈々 看護師、竹田志津代 看護師。中央は勤務犬モリス。
自分で考えて行動を起こせるか、勤務犬に求められること
聖マリアンナ医科大学病院では1代目勤務犬ミカの活躍に始まり、現在はミカの甥にあたるモリスが2代目勤務犬として活躍している。
左からモリス、ミカ
1代目勤務犬ミカとの出会いを、ハンドラーの佐野看護師に伺った。
「勤務犬導入への取り組みを始めたころ、まずは病院に犬がいる風景を当たり前にするために、盲導犬協会や日本介助犬協会からたくさんのワンちゃんに訪問してもらいました。その訪問の中で出会ったのが、スタンダードプードルのミカです。一般的に盲導犬や介助犬はラブラドールが多いので、スタンダードプードルは珍しい犬種でした。毛が抜けづらい体質、触っているだけで癒されるふわふわな手触り、誰に対してでも心を開く性格。すべてが勤務犬の条件にぴったりでした。そして何より、ハンドラーの指示を聞くだけでなく、自ら考え行動できるミカの姿を目の当たりにし、是非とも迎え入れたいと思いました。」
病院で働くには、40-70個のコマンドを覚え指示通りに動けることはもちろん、自分で考えて行動できるかも大切である。見慣れない相手に対しても自分から挨拶をし、好き嫌いによって態度を変えず、どうしたら相手に心を開いてもらえるか考える。
これはしつけや訓練で鍛えられるものではなく、ミカの生まれ持った性格からくるもの。ミカの甥にあたる2代目勤務犬モリスも似た性格で、自分から人に寄り添うことが得意だという。
ほほえむモリス
不安を取り除くだけでなく、患者さんに勇気を与えたい
一方で、勤務犬のパートナーとなるハンドラーに求められることは何なのか。初代ハンドラーの佐野看護師は「人と犬のことを同時に見守り、安全を確保する事」「人も犬も大切に思いやれる優しさ」が何よりも大切だという。
佐野看護師から引き継ぎ、モリスのハンドラーを務める竹田看護師と大泉看護師。彼女たちがハンドラーを目指した理由は何だったのか。
左から竹田看護師、モリス、大泉看護師
大泉看護師は元々脳神経外科で働いており、そこで初代勤務犬ミカの影響力を実感した。
「脳神経外科では、手足が動かせなくなった患者さんたちがリハビリを行えるよう、気持ちの立て直しもサポートする必要があります。ミカが寄り添うことで、患者さんたちが立ち直っていく姿を見て、勤務犬に興味を持ち始めました。特別な行動を起こすわけでもなく、触れあっているだけで心地よい時間を生み出すことができる勤務犬の魅力を知り、自分自身もそこに関わりたいという気持ちが生まれました。」
一方、竹田看護師はまた違った視点で勤務犬を知り、ハンドラーを目指したという。
「自分の子どもが入院したことがきっかけです。いち保護者として病棟に行った際、他の子どもたちとミカが遊んでいる姿を見かけました。保護者の元を離れて入院する子どもたちは不安を感じることも多いにもかかわらず、ミカと過ごしている子どもたちはとてもリラックスした表情をしていました。近くに保護者がいなくてもこんな素敵な表情を引き出せるんだととても驚きました。」
手術室で働いている竹田看護師はこどもたちが不安や孤独と戦う姿を目の当たりにしていたからこそ、勤務犬の重要性を強く感じていた。
「手術室に親と離れて入るときの寂しさや不安感は計り知れないものです。そんな中で、勤務犬が手術室に一緒に入ってくれると知ると、不安な気持ちが取り除かれ、さらには勇気をもって前向き立ち向かおうという気持ちに変化することも。そして、手術が終わった後には、手術を乗り越えられたという事実が自信に変わる。勤務犬の影響力は本当に大きいと思います。」
オペ用の帽子をかぶるモリス
人と人とをつなぐ勤務犬の存在
ハンドラーのお2人が特に印象に残っていることがあるという。それは、交通事故で右足を失ってしまった高校生の話。
交通事故に遭った後、目を覚ますとすでに右足がない状況だったという。その現実をすぐに受け入れることは難しく、自分の殻に閉じこもってしまった。
そんな中、モリスとの出会いがあった。
彼は看護師や医師とのコミュニケーションも避け、食事ものどを通らないような状況で、いつも布団の中に潜っていた。モリスを連れて病室に行き、看護師が声がけをしても、なかなか顔を出してくれない。そこで、モリスが行動を起こした。モリスが挨拶をしようと布団の中を覗き込むと、モリスの行動に応えようと自ら布団から出てきてくれた。それ以来、二人は最高の友達になっていったという。
モリスが間に入ったことにより、彼の殻も破け、そこから医師や看護師ともコミュニケーションをとれるように。モリスの行動力と、人の力だけでは成し得ない勤務犬の力を目の当たりにしたという。
長江医師も「私たちにはできない子どもたちの心のケア、特に思春期のデリケートな心のケアを自然にやってくれることも勤務犬の魅力である」と語った。
患者さんに甘えるモリス
患者さんを笑顔にするために
職員の皆さまからそれぞれの想いとメッセージをいただいた。
佐野看護師
看護師や医師がこわい顔をしていたら患者さんも笑顔にはなれません。
職員も患者さんも笑顔にするミカやモリスのおかげで、病院内でも笑顔の連鎖が起こり、人と人とのつながりが生まれています。
病気があってもなくても、どんな立場や国籍の人であっても、人と人をつないでいく笑顔が大切だと私たちは考えています。
長江医師
勤務犬や動物介入療法というと、他の治療とは切り離して捉えられてしまうことも多くあります。しかし、これも医師や看護師の仕事の一つです。
私たちは、患者さんに笑顔で元気になってほしいという思いを常に持ち、それを成し遂げるための一つの手段として勤務犬の存在があると思っています。これから多様な医療の形を受け入れられるようになってほしいと思っています。
大泉看護師
病院で働く職員たちは、モリスに対しても、いち職員として接しています。モリスよりも後に入ってきた新人の看護師たちはモリスを先輩として扱う光景も。
人と犬のように種族が違っても、どんな相手に対しても、同じ聖マリアンナ医科大学病院で働く仲間として対等に接する。モリスと過ごす中で、その重要性に気付くきっかけにもなりました。
モリスとミカの職員証
竹田看護師
モリスが歩いていると、患者さんも清掃員も医師も声を掛けてくれます。モリスたちがいることで、いつもみんなが気持ちよくその空間にいることができ、一体となれているように感じています。人と人をつなげる力を持つモリスにいつも助けられています。
北川学長
コロナ禍で人と人とのコミュニケーションが減ることもあるかと思います。しかし、医師にとってはコミュニケーションが大切。人と人とのコミュニケーションはもちろんのこと、これからは犬とのコミュニケーションができる人を増やしていきたいです。
そして、これからも、患者さんが笑顔になれるものがあればどんどん取り入れていきたいと思います。
勤務犬運営部会2代目モリスの就任時
取材を終えて
「医師や看護師が笑顔でないと患者さんも笑顔になれない」という言葉があったが、患者さんはもちろん、病院で働く人にとっても、勤務犬による影響は大きいのではないかと感じた。患者さんもその家族も、医師も、看護師も、病院内では常に病気や治療と向き合っている。だからこそ、それ以外のことと向き合い、純粋に「楽しい」「嬉しい」「面白い」と心から感じ、笑顔が生まれる瞬間をつくることがいかに重要であるかに気付かされる取材であった。
取材中、撫でてほしくておなかを出したり、職員のみなさまにアイコンタクトをしたり…その場にいる人も、画面越しにいる私のことも、愛くるしい行動で笑顔にするモリス。こうして、勤務犬を中心に人がつながり、コミュニケーションが生まれていくのだろうと身をもって実感した。
人と犬のように、言葉が通じなくても、見た目も違うもの同士でも、相手に寄り添う気持ちさえあれば、心から通じ合うことだってできるのではないだろうか。