松森果林×奏太 特別対談 ーきこえない人ときこえる人を電話でつなぐー
- ソリューション・プランナー
- 海東彩加
家族や恋人の声をききたいとき、友達とおしゃべりをしたいとき、レストランの予約をしたいとき、仕事で急用があるとき・・・
日常のあらゆるシーンで当たり前のように使われている電話も、「きこえない人」たちにとっては遠い存在でした。
2021年7月に公共インフラとして始まった「電話リレーサービス」は、聴覚や発話に困難のある人(以下、きこえない人)ときこえる人(聴覚障害者等以外の人)を、通訳オペレータが手話や文字と音声を通訳し「電話」でつなぐサービスです。
今回はこの電話リレーサービスについて、ユニバーサルデザインアドバイザーで自身も中途失聴者である松森果林氏と、きこえない両親を持つYouTuberの奏太氏にお話を伺いました。
松森果林氏:聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐユニバーサルデザイン(UD)アドバイザー。小学4年で右耳を失聴、高校生で左耳も聴力を失った中途失聴者。聞こえる世界から聞こえない世界への変遷を体験していることを強みに、大学講師や研修講師、ダイアログ・イン・サイレンスの監修およびアテンドの他、誰もが一緒に楽しむためのUDのアドバイスを空港からエンターテイメントまで手がかける。一般財団法人日本財団電話リレーサービス理事。Twitter:@karinmatsumori
奏太氏:1991年生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。元々割り当てられた性別は女性だが、25歳で性別適合手術をし、現在は戸籍上も男性として生活。YouTuber、映像クリエイターとしてLGBTQ、耳の聞こえない両親との生活などを発信。Twitter:@kanata_kimoto
きこえる人ときこえない人をつなぐ電話リレーサービス
本日はよろしくお願いいたします!早速ですが、初めて電話リレーサービスを知った時に感じたことを教えてください。
奏太:両親とは電話を使わずに連絡を取ることが当たり前になっていたので、このサービスを知った時には「こんな方法があるのか!」と衝撃でした。
母から頼まれて代わりに電話をすることも多かったのですが、電話をする前に連絡の経緯を把握するなど事前準備が必要で、忙しいときには対応ができないこともありました。母自身も、頼みづらさやプライバシーへの懸念を感じることもあったと思うので、自分のタイミングで電話をかけられ、より電話が使いやすくなったようです。
松森:もともと友達と電話することが大好きでしたが、中学から高校時代にかけて聴力を失うにつれ、電話とどんどん距離が遠くなっていきました。電話リレーサービスを知った時には、もう二度と使えないと思っていた電話を「また使えるんだ!」と感動したことを覚えています。
電話リレーサービスを使って初めて電話したのは母親でした。母と電話をするのも数十年ぶりで、電話越しに私の名前を何度も呼びかけてくれました。オペレーターを通して会話をしているのに、母の声が本当に聞こえてくるような感覚がありました。
「広告戦略会議」で広告に当事者視点を
昨年、「つながる」編、「とまどう」編の2本のTVCMが公開されました。きこえる人、きこえない人、それぞれの視点から一つのシーンを描いています。
広告や表現に知見のある当事者らと構成した「広告戦略会議」を立ち上げ、そのメンバの一人として松森さんも参加されていたと伺いました。そこでの様子を教えてください。
松森:それぞれの視点や経験から、どうしたら多くの人に伝わりやすい内容になるのか、話し合いを重ねました。たくさんの人で話し合うことにより、意見のぶつかり合いもあったのですが、途中であきらめずに最後まで丁寧に議論を重ねていき、「つながる」編、「とまどう」編の2本を制作することに。また、子どもたちにも情報を届けられるよう、字幕の漢字にルビを振ることにもこだわりました。
奏太:「とまどう」編を初めて見たとき、きこえない人が身近にいない人からすると、電話リレーサービス経由で電話がかかってくることに初めは「とまどう」ことがあるんだと驚きながらも納得しました。
個人的には、電話リレーサービスを誰かに紹介したいときに、短い動画でわかりやすく紹介できるので、シェアしやすくて役立っています。
奏太さんはお母さまと一緒に電話リレーサービスを使って、お父さまにケーキのサプライズを行う動画を公開されていました。この動画を撮ったときの様子や感じたことを教えてください。
奏太:これまでは僕が母の代わりに電話をしていたので、ろうそくの本数やケーキの大きさといった確認は、電話をしながら僕から母に随時相談していました。今回は全く逆の立場で母から僕に確認をしてくれて、些細なことですがその瞬間がとても感慨深かったです。
母にとっても音声のみの電話は疎遠になっていたと思うのでこれを機に電話を楽しんでもらえたと思います。
松森:お母様が電話リレーサービスを使いながら楽しそうにサプライズの準備を進めていく様子が印象的でした。家族の皆さんの愛が詰まった動画で、見ていると幸せな気分になりますね!
奏太:電話リレーサービスから電話がかかってきたことのある人やこの動画を機にサービスを知った人など、たくさんの方から温かいコメントをいただきました。「きこえない人のため」のサービスと捉えられがちですが、「きこえる人ときこえない人をつなぐため」のサービスだと思うので、今回の動画がきこえる人たちにも知ってもらうきっかけになればと思っています。
体験をすることが“言葉の壁”を超える近道に
音のない世界で、言葉の壁を超えた対話を楽しむエンターテイメント「ダイアログ・イン・サイレンス」の体験後に、電話リレーサービスを利用してアテンドへ電話で感想を伝えることができる企画を実施していたとのことですが、このコラボ企画についてはどのように感じましたか?(※現在、コラボ企画は終了しています)
奏太:ダイアログ・イン・サイレンスの体験中は、きこえない環境の中でさまざまな方法でコミュニケーションをとります。体験後も、電話リレーサービスで話す機会があるのは素敵だなと感じました。
松森:電話リレーサービスを体験する場はほとんどないので、実際に一度使ってみる場があると、よりハードルが下がるのではないかと思います。突然、電話リレーサービス経由で電話がかかってきても、戸惑いを感じづらくなりそうですね。
奏太:一回使ってみると、きこえない人とのコミュニケーションに積極的になれるようにも感じています。街中できこえない人がコミュニケーションに困っているのを見かけても、「自分じゃ何もできない」と思ってなかなか声がかけられないこともあると思うんです。一度こうした体験をすると、手話ができなくてもどうにかコミュニケーションを取ってみようと、話しかけやすくなると思います。
ダイアログ・イン・サイレンスも、電話リレーサービスも、一度体験してみることが大切かもしれませんね。
松森:きこえる人に知ってもらうだけでなく、きこえない人たちがどんどん電話リレーサービスをつかっていくことも大切だと思います。そうすることで、電話リレーサービスの存在を知ってもらう機会ができる。
これまでは、きこえない人達は電話という文化を持てない社会でしたが、一つ一つの取り組みを積み重ねていくことで、10年後、20年後には、きこえない人達も電話にアクセスできることが当たり前の社会にしていきたいです。
「きこえない人の“ために”」ではなく「きこえる人ときこえない人が“ともに”」
お二人がきこえる世界ときこえない世界を繋ぐために心がけていることがあれば教えてください。
松森:1つ目は楽しくわかりやすく伝えていくこと。2つ目は気になることがあればそのままにせず伝えていくこと。3つ目は「きこえない人の“ために”」ではなく「きこえる人ときこえない人が“ともに”」という意識を持つことです。
きこえない人のために何をするかという発想ではなく、みんなでコミュニケーションをとるためにどうしたら楽しくできるか?と考えるようにしています。
奏太:僕はきこえる世界で生活していますが、コーダなのできこえない世界も身近です。身近な存在だからこそ、きこえない人は“ケアが必要な存在”と思いこんでしまった時期もありました。けれど、ずっと違和感があって、人と人として、きこえないことでの「社会での困りごと」をサポートするのであって、ケアしているわけではないと気づいたんです。
そして、誰もがマジョリティ性とマイノリティ性の両方を持ち合わせています。けれど社会での困りごとはそれぞれ違います。だからこそ、その認識をもって支え合っていきたいですね。
最後にメッセージをお願いします。
奏太:「みんな一人じゃないよ」ということを伝えたいです。今いるコミュニティで悩みや困りごとを抱えている人もいるかなと思います。けれど、今のコミュニティだけがあなたの世界のすべてではないんだよと知ってもらえたらなと思います。僕はいつでもみなさんの味方です。
松森:視点を変えれば、価値観が変わります。視点を増やせば、世界が広がります。新しい視点をもてば、思い込みが解けていくこともあります。いろんな人と出会って、さまざまな視点を知って、人とちがうことを楽しめる社会にしていきたいと思っています。
さいごに
筆者は電話リレーサービスを初めて知った際、無意識のうちに「便利なサービスだけど自分に関係ないもの」として捉えてしまっていました。まさに、“きこえない人のための”電話リレーサービスだと感じたからです。
実際には、きこえない人にとっても、きこえる人にとっても、コミュニケーションをとるために必要なサービス。対談を通して、そう実感することができました。
また、きこえる人もきこえない人もお互いに想像力を持つことが大切です。
きこえない人にとっては、電話がないことが当たり前で、電話を使うシーンが思い浮かばない人も多いと聞きました。一方で、きこえる人にとっては、電話が使えないことに対する不便さを感じづらいように思います。電話が日常に溶け込んでおり、普段意識せずに使っているからこそ、電話がないと困るシーンもなかなか思い浮かびません。
実際には、レストランの予約、ホテルの予約確認、病院への連絡、仕事での急ぎの連絡など、日常のあらゆるシーンで電話を使うことでより便利になることが多々あります。こうした電話があると便利なシーンを知ることで、より電話リレーサービスの必要性を感じるきっかけになるのではないでしょうか。
きこえる人に対しても、きこえない人に対しても、電話リレーサービスを広めていくには、それぞれの視点から想像力を働かせていくことが必要だと感じました。
きこえない人ときこえる人が電話でつながれることが当たり前となるように。
撮影協力/髙橋一宏
参考リンク/
総務大指定 電話リレーサービス提供機関
日本財団電話リレーサービス
ダイアログ・イン・サイレンス
ダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」