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Jul.

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31 Jan. 2022

聞こえない人・聞こえにくい人と美術をつなぐ「美術と手話プロジェクト」

植田憲二
アートディレクター/UDプランナー
植田憲二

近ごろ日本はアートブームなんて言われています。アートがどんどん身近になり、みんなが楽しめることは嬉しいことではあります。その一方で美術館でのアクセシビリティは実際どうなっているのだろう?と考えたりもします。今回は手話を使って美術をみんなで楽しもうというユニークな活動をしている『美術と手話プロジェクト』代表の西岡 克浩(にしおか かつひろ )さんとメンバーの太田 好泰(おおた よしやす)さん、和田 みさ(わだ みさ)さんにお話を伺いました。


『美術と手話プロジェクト』代表 西岡 克浩さん 株式会社丹青社 所属


和田 みさ さん/サインコミュニケーター(左)        太田 好泰さん/美術館アクセスの向上がライフワーク(右)

― まずこのプロジェクトを立ち上げたキッカケを教えてください。

西岡さん:会社がミュージアムに関わる事業をしていることもあり、10年以上前に、ユニバーサルデザインをテーマにしたミュージアムの研究大会に出席したことから始まります。私自身聴覚に障害があるのですが、ミュージアムの発表は車椅子の人や見えない人に対応した取り組みばかりで、聞こえない人をテーマにした報告は全くなかったのです。懇親会で全国各地の美術館学芸員に「聞こえない人に対する取り組みってどういったものがありますか?」と訊いてみました、するとこのような答えが返ってきました。

「聞こえない人は『見ることができる』から鑑賞における問題ってないんじゃないの?」

かなりショックでした。実のところ聞こえない人にとってもさまざまな「壁」はあるのです。そこで「ないものはつくろう!」と、障害とアートを専門とするNPO法人エイブル・アート・ジャパンを通じて、聞こえない人・手話通訳者・美術関係者など約30名が『美術と手話を考える会議』に集まりました。これが最初のキッカケです。

確かに、美術館での聞こえない人への対応って実際どうしたらいいかわからないです。

西岡さん:『考える会議』では毎回多様な意見や要望が数多く出ました。会議を重ねるうちに「実際に美術館に行ってみよう」という話になり、会議の出席者でもある学芸員の計らいで「東京国立博物館のガイドツアーに手話通訳をつける」という試みが実現しました。このガイドツアーを通して多くの発見や課題が浮き彫りになりました。

などなど。こうした経験から、聞こえない人との美術鑑賞を考えるチーム『美術と手話プロジェクト』を始動させることにつながりました。

太田さん:当時私はエイブル・アート・ジャパンのスタッフとしてこの会議に参加していたのですが、『考える会議』に参加するメンバーが聞こえない人・手話通訳者・美術館関係者・NPOなど、異なる立場にあること自体が非常に画期的で、それぞれの視点での意見が反映された結果が次のアクションにつながったわけです。

2011年秋 東京国立博物館手話通訳付きガイドツアー(写真/美術と手話プロジェクト)

西岡さん自身がアート鑑賞に興味をもったのはいつからですか?

西岡さん:こどもの頃からです。もともと母が美術の鑑賞が好きで小さい頃からよく美術館などに連れて行ってくれました。当時は作品解説にはあまり興味がなくて、なんとなく作品を見るという感じでしたが、だんだんと美術って「人と違う」ことが面白いなって思うようになりました。それまで私は聞こえないという異文化にいるように感じ、「人と違う」ということが嫌だったんです。みんなと違うことで変な顔をされることも多くありました。だけど美術館に行くと「人と違う」というのがいいことと思えるようになってきたのです。

「あなたとわたし、違うからおもしろい。一緒に作品を見よう」というテーマで、金沢21世紀美術館で講師をしたのですよね。

和田さん:「みんなの美術館 みんなと美術館 来館しやすさと楽しさを考える10のレッスン」という連続プログラムの一部を担当させていただきました。私たちのレッスンでは2種類の鑑賞プログラムを取り入れました。一つは手話を介在させて会話を楽しむ鑑賞。もう一つは音声も手話も使わずに、筆談だけで対話を楽しむという鑑賞スタイルです。「手話でみる」・「筆談でみる」という全く異なるアプローチを体験してもらいました。

西岡さん: 鑑賞にあたっては、自然と会話が広がるような作品を選ぶことを心がけています。「手話でみる」では屋外にあるヤン・ファーブルの作品、「筆談でみる」では『コレクション展2 BLUE』からイー・イランの作品、ローズマリー・ラングの作品をチョイスしました。現代美術の作品なので少し難しいかなと心配しましたが、鑑賞体験はとても盛り上がって良かったです。「手話でみる」の鑑賞時に、手話だけでなく参加者がからだ全体を使って、作品から受け取ったイメージを表現してみたのですが、感じたことを思い思いにからだで表す体験はとても新鮮で、汗をかくほど盛り上がりました。一方、「筆談でみる」の時には、文字だけでなく絵を描いてもいいことにしました。このように日頃の鑑賞とは一味もふた味も違う経験をしてもらうことで、人とのコミュニケーションについて考えるヒントになればという思いでプログラムを組みました。

2021年秋「みんなの美術館 みんなと美術館 来館しやすさと楽しさを考える10のレッスン」より 写真提供:金沢21世紀美術館(撮影:中川暁文)

すごく面白そうなレッスン内容ですね。運営体制はいかがでした?

西岡さん:私と和田さんに加えて、現地スタッフとして美術館学芸員2名、美術館でのボランティア経験がある大学生や一般の方も一緒に運営を行いました。この講座は聞こえない人だけを対象にしているわけではありません。テーマに関心のある人は誰でも参加できる仕組みです。参加者の中から、聞こえない人と一緒に楽しめる取り組みを、自分たちでも企画してみようという人が出てきて欲しい。そのために、「聞こえない」とはどういうことか、手話通訳の役割などの講義も加えた基礎的な知識や体験が得られるプログラムづくりを心掛けました。

和田さんこれまでであれば担当学芸員との関わりだけで進める企画が多いのですが、今回のレッスンは、ボランティアとして美術館で人と人が出会いつながる場づくりをしたことがある運営スタッフ石川県登録手話通訳者など、美術館に関わる様々な立場の人たちとともにプログラムを作りあげました。スタッフと参加者から「今までの経験と違う収穫があった」という声が寄せられ、「ともに体験する」「ともに考える」ことを通して、金沢の地への種まきになったかな、いずれ自分たちでも企画してみようという「金沢の芽」が出るかなという期待が膨らみます。

これからの活動について教えてください。ホームページを見るとたくさんのアイデアが紹介されています。

西岡さん:美術と手話プロジェクトは美術、美術館、手話、聞こえない人・聞こえにくい人をキーワードに様々な人たちが緩やかにつながり、だれもが楽しく豊かに鑑賞できる環境づくりを目指しています。

太田さん:西岡さんの口癖で、「ためにではなく、ともに」っていつも言うんですね。私たちのやっているプログラムは聞こえない人のためのプログラムではないと思っています。聞こえない人と一緒に参加するプログラムを通して、鑑賞の本質や人とのコミュニケーションの本質に気づいてもらうような仕掛けを盛り込みたい。聞こえない人のためにしてあげるとか、聞こえない人が困っているから助けてあげるっていう一方的な取り組みにならないように、相互に発見があるように心がけています。

和田さんかなり活動の幅が広がってきていることを実感します。私は手話通訳を本業としていますので、聞こえない人たちを美術館に繋ぐことが大きな柱です、美術館への働きかけや、美術館の横断的ネットワークのような、橋渡し的な機能も担えたらいいな、なんて考えています。

西岡さん:私は大きなところはもちろん、小さなところでもやってみたいなという気持ちがあります。小さなミュージアムはスタッフ一人で頑張っていることが多く、そういうところでも何かできたらいいなと。「ともに」という考え方で、美術館だけでなく、大学や民間企業などアートの活動をしているところはいろいろあるので、そうしたところとも一緒に活動をしていきたいです。これまで経験したことのない、いろいろなコミュニケーションの方法を探って行きたいと思うんですよね。

ギャラリーやミュージアムでの活動の様子(写真/美術と手話プロジェクト)

ともに体験するアート鑑賞 アクセシビリティのヒント

筆者である私もアート好きで美術館にはよく出かけます。美術館によってはベビーカーや子供達と一緒に鑑賞できる(めちゃくちゃ騒いでも大丈夫なように)特別な日を作るなどいろいろな活動をしているところもあります。西岡さんたちのアート鑑賞の新しい取り組みも、社会の障壁を超えるアイデアを私たちに育くませるチカラになりそうです。

<参考情報>

美術と手話プロジェクトhttp://art-sign.ableart.org/

金沢21世紀美術館「みんなの美術館 みんなと美術館来館しやすさと楽しさを考える10のレッスン」https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=146&d=85

※西岡さん・和田さんプロフィール写真 提供:金沢21世紀美術館(撮影:中川暁文)

NPO法人エイブル・アート・ジャパン http://www.ableart.org/

お問い合わせ(電通ダイバーシティ・ラボ 「見やすさプロジェクト」) https://dentsu-diversity.jp/contact/

 

取材・文: 植田憲二
Reporting and Statement: kenjiueda

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