ユニバーサル=みんなをつなぐ。「東大前HiRAKU GATE」ビルのサインデザインが教えてくれたこと。
- グラフィックデザイナー/UDプランナー
- 田代浩史
「東大前HiRAKU GATE」は安藤忠雄建築研究所の設計で2023年8月7日に竣工した株式会社 新興出版社啓林館(以下:啓林館)のオフィスビルです。教科書などの出版を生業にしている啓林館の東京支社でありながら、10階建ての3階以上は東大・東大IPCと連携したスタートアップの新たな創造拠点をつくることをコンセプトに、大小さまざまなオフィス、コワーキングスペース、多彩なミーティングルーム、都内では数少ないP2レベルに対応したウェットラボを備えるなど、様々な分野の志を持った人が集まる場所です。このビルのサインデザインを電通ダイバーシティ・ラボと私たちUDroom※が行う過程で感じたことや発見をユニバーサルデザインの思想を紐解きながらお話ししたいと思います。
■ユニバーサルデザインの考え方と喜び。
ユニバーサルデザインの来歴は1974年ノースカロライナ州立大学のロナルド・メイス教授が国連に提出した「バリアフリー報告書」の中で、「ユニバーサルデザイン」が提唱されたことによります。以来全米22の大学でユニバーサルデザイン・エデュケーションプログラムが建築・デザインを学ぶ学生のカリキュラムになりました。有名な7原則には公平性、柔軟性、単純性、情報の感覚的理解性、危険性の回避、省体力性、空間確保性が挙げられています。実際に何かをデザインをした方はわかると思いますが、7原則を万人に対して満たした物を提供することは、一つのデザインでは叶わないという現実があります。
例えばサインデザインは視覚障害者本人にとっては機能しません。そのためには点字や触知図といった代替手段を使うわけですが、それも、初めてそのビルを訪れた方に有効であるかどうか難しい場合もあるでしょう。青眼者がその点字があることを視覚障害者に伝えて、初めて機能することもあるはずです。いかにサポートツールが発達したとしても、そこから漏れてしまう人がいることも現実だと思います。
それでも障害者、高齢者、赤ちゃんを連れた人、外国人、ジェンダーなど多様な人たちがいることをあらかじめ想像しながらデザインしていくことで、今までとは違うもの(心があたたまる物)が出来上がると信じています。
■ビルのコンセプトをサインデザインに生かす。
サインの機能はビルの利用者が目的の場所に迷わず行けることだと思います。しかしそれだけではなく、そのビルの有り様やコンセプトを表現することもできると考えていました。ビルのコンセプトは「創造」「独創」「共創」の「三創空間」。多様な人が集まり新たな創造拠点になることでした。また啓林館は子ども達の教科書等の出版社です。
デザインアイデアの段階でビルの名前が「HiRAKU」に決まったことで、動きを感じるものがいい、安藤忠雄氏の建築空間に置かれた時に共存できるものがいいなど、試行錯誤と提案・ディスカッションを経て今の形「啓く翼」というシンボルが生まれました。本が創造の翼を広げて飛んでいくイメージです。
そしてそこにピクトグラムを入れてみると、「みんながつながる」ことがイメージでき、ユニバーサルデザインの機能としてこういうことがあるのではないかと実感できました。
■ユニバーサルデザインのオリジナルのピクトグラム。
またピクトグラムを使用すれば言語が違う方にも「情報の感覚的な理解性」が生じます。私たちは以前から食物アレルギー表示のための「みんなのピクト」などをデザインしていました。UCDAの見やすさ認証を取得し、さまざまな調査を経て分かりやすく視力の弱い方にも見やすいものになっています。
今回もピクトグラムをオリジナルでデザインしました。コワーキングスペースなどの新しい施設もその利用イメージがつくように、そしてその造形はあたたかさや優しさといった人間味を感じるようにしています。
■建築・プロダクトとグラフィックデザインとの違い。
ユニバーサルデザインは建築やプロダクトデザインの世界で始まりました。7原則もそのために考えられた事象であると言うことができます。私たちが専門とするグラフィックデザインではそれぞれの事象を解釈し直さなければいけません。例えば機械や道具であれば「使用する上での危険性」というのは感覚的にわかりますが、グラフィックデザインの危険性とは一体なんなのか。色覚の多様性に配慮したカラーUDもその一つでしょう。 また、グラフィックデザインでは重たい物を動かしたりする必要がないので「省体力性」と言ってもピンときませんが、高齢になれば文字が見難くなることは考えられます。そのためにUDフォントを使用する、コントラストを確保して読みやすくするなどの工夫があります。
ビルのサインデザインで特に難しいのは、図面でいくら想像していても実際の建築空間につけてみないと機能するのかどうか分かりにくいということでした。壁面の色、空間の広さ、車椅子ユーザーの視点、男性の身長女性の身長、どの位置からどのぐらいの距離で見るのかによっても変わってきます。一度付けてみたものの、サインのそばに棚ができたことで見えなくなったこともありました。事前のシミュレーションはするのですが、本物の空間でないとわからないことがありました。
■「ユニバーサル」って何だろう。
ユニバーサルデザインのユニバーサルをどう解釈するかはとても有意義な議論だと思います。機能的な側面では「万能な」「自在な」という言葉が浮かびますし、哲学的な意味では「宇宙的な」「全世界的な」という言葉も浮かびます。今回のサインデザインを作っていてユニバーサルデザインとは「みんなをつなぐデザイン」ではないかと感じることができました。このビルに集う人たち。将来このビルを使う人たち。多様性を重んじる社会を実現したいと思う人たち。そしてユニバーサルデザインを心から愛する人たち。次の世代の科学者や教科書を創る人たちがこのサインを見てくれることが何よりも励みになります。
※UDroom (植田UD研究所 / 田代デザインスタジオ)は、電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)「見やすさPJ」から発足したUDを専門領域とするDDLの外部協力ユニットです。
参考論文:日本独自のユニバーサルデザインのあり方(<特集>バリアフリーとユニバーサルデザイン)川崎和男
写真:田代デザインスタジオ・植田UD研究所
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31 Oct. 2023
アクセシビリティーを担保しながらも、場の雰囲気を大切にするフィンランドのユニバーサルデザイン。
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- 田代浩史
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