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16 Feb. 2021

働くことの意味を考える:気仙沼ニッティング御手洗瑞子さんインタビュー

飯沼 瑶子
副編集長 / プランナー
飯沼 瑶子

気仙沼ニッティングは、「働く人が誇りを持てる仕事をつくる」ことを目指して、東日本大震災後の2013年に設立された、すべて手編みのニット商品を制作・販売する会社だ。

この会社の代表取締役を務めるのは、御手洗瑞子さん。

経営コンサルティング会社のコンサルタントを経て、ブータン政府初代首相フェローとして、ブータンの産業育成に携わり、2011年の東日本大震災を契機に帰国。地域に根差したビジネスによる復興に寄与すべく、気仙沼ニッティングを設立された。

震災からもうすぐ10年が経とうとしている今、御手洗さんに話を伺った。

御手洗瑞子さん


義務感だけでは続かない。自分が面白いと思え、
受け取るものも多いからこそ。

ブータンや気仙沼、ご本人にとって最初は全くゆかりのなかった新しい土地で、新しい仕事をするということに対して、御手洗さんには肩肘を張るような気負いがない。

「知らない文化や人の価値観、暮らし方を知るのは楽しいことだと思います。ブータンも気仙沼も、産業育成や産業復興など仕事上のテーマはもちろんありますが、左脳で考える大義名分だけでは、知らない土地に移り住んで新しい人間関係を構築して、仕事を続けていくのは難しい。
人や土地に対する興味や知的好奇心、冒険心が満たされる環境で、自分が受け取る部分もたくさんあると思えるから、続けられるのだと思います」

何かを与えようとか、自分に何が向いているとか、自己実現といったことではなく、求める人がいるところに、「自分が力になれるなら」と向かっていく。自己犠牲とも違う、対等な立場が印象的だった。

2011年の震災当時はブータンにいた御手洗さんだが、震災に対する一時的な支援や、土木的な復興は行政中心に進むとしても、地域が再び自立し成長するための生業を生むには、民間の力が必要だと感じたという。編み物の会社にした理由のひとつは、初期投資が少なく、編み針と毛糸があればどこでも始められるという現実的なもの。くわえて気仙沼は、漁師町で編み物をできる人が多かったこともあり、踏み出した。

(左)気仙沼の海、(右)気仙沼ニッティング本店「メモリーズ」

編み物の会社を始めるにあたり、知恵が必要だったのは編み手さんの採用だ。

気仙沼では編み物はよくされていたが、産業として存在していたわけではなく、そもそも「編み手」という仕事は気仙沼になかったものだ。この会社によって初めて創出された新しい職業であり、これまで家庭内で家族のために行われていた編み物のスキルを外から判断して紹介するのは難しい。また、編み物が好きなことと編み物を“仕事にする”ことの間にも大きな違いがある。

どうしたら、編み物が好きな人といい形で出会うことができるか。考えた末に、編み物ワークショップを開催することにした。ポスターを制作し、町のいたるところに貼って告知した。編み物ワークショップには気仙沼市内のたくさんの編み物好きな人が参加し、まずはそのうち特に編み物が上手だった数名に「編み手にならないか」と声をかけ、始まった。
その後も、会社のステージと地域に暮らす人の状況に合わせ、手法を柔軟に変えながら編み手の採用と育成を行ってきた。いまでは50名以上が編み手として仕事をしている。
編み手の大半は、震災前の職業や年齢、出身地や家庭環境などバックグラウンドは異なるものの、いわば“地方のおばちゃん/お母さん”とくくられていた人たちだ。

一方で、気仙沼ニッティングの商品は、平均10万円程度と高価だ。
復興のためのチャリティー商品ではなく、働く人にとって「誇りの持てる仕事」にするために、編み手にはまっとうな対価を支払いたい。その上で事業として成立させるには、商品の単価はこれくらいにする必要がある。この高価格帯にふさわしい高品質の商品を作ることが、事業の前提となった。


オーダーメイドカーディガン「MM01」は約15万円の商品


誇りの持てる仕事とは、
いい仕事をして、お客さまから喜ばれていることを実感できるもの

いかにして“地方のおばちゃん”が高級な商品を制作する、職人のような働き方ができるようになったのか?

「トレーニング期間をしっかりもって、編み物が得意な人でも、まずは基礎の練習からしてもらいます。検品を厳密に行い、販売する商品については、すべて誰が編んだかわかる証明書をつけています」

プレッシャーのかかる仕事だ。しかし、基準が高い仕事だからこそのやりがいでもある。

「例えば商品として初めての一着を編む時に「こわい」という編み手さんもいます。ただ、そのプレッシャーを感じないようにするというのもおかしな話です。いいものを編んで、お客さまに喜んでもらえる。それは、深い喜びを得られることでもあるからです。そのうれしさをできるだけ感じてもらえるよう、編み手が、商品を受取るお客さまの存在を感じられよう工夫しています。
例えば店舗で編みのデモンストレーションを当番制でしてもらっているのですが(現在はコロナの感染拡大に伴い中止中)、実際に店頭でお客さまが商品を選び、購入する様子を見るのは、自分の仕事が本当に喜ばれているということを感じられる瞬間の一つです。また、お客さまからのお礼のお手紙や着用写真を頂くことも多々あります。自分のつくったものが、喜ばれていることを実感できる。それは編み手にとって、なによりうれしいことです」


商品ごとに付くIDと編み手を示すタグ

クオリティの高い、いい仕事をして、お客さまから喜ばれていることを働き手が実感できる。それが気仙沼ニッティングの考える誇りの持てる仕事だ。
そしてそれは、いわゆる高学歴で特別な経験や能力のある人だけができるのではなく、例えば編み物のように、真面目に練習すれば誰でも上達できる、いくつになってからでも、誰もが目指せる仕事だということも大きなポイントだ。

それぞれにとっての幸せな働き方

プロフェッショナルの職人として働く編み手さんたちは、出来高制で仕事をしている。本人や家庭の状況に合わせて、働くペースや取り組む商品のレベルは様々だ。
注文が立て込んだ時に頼りにされ、任されることをやりがいに感じる人もいれば、単価が高い商品を担当したい人もいるし、コンスタントに小さい仕事をしたい人もいる。それぞれの幸せの在り方、働き方がある。
「みんなにちょうど良ければいいかな、と思っています」と御手洗さんは笑う。

これまでに、難易度の高い商品を編める人に対して“ニッティングマスター”という社内の称号を付ける試みをしたこともあるが、あまり編み手さんには響かなかったという。
編み手さんの興味は社内の評価やランクといった他人からの承認よりも、お客さまからの反応やコミュニケーションといった自分にとってのうれしさ、心地よさにある。
勲章や等級のような、古くから軍隊を中心に今でも企業で活用されるような人々を鼓舞する方法は、大きな組織を統率していく上では有効に作用する部分もあるが、必ずしも一人ひとりに対する最適解ではないことに留意したい。

「編み手さんは自分のペースでやる分、長続きする人が多いことがありがたいんです。同じ人が継続して仕事をしてくれることで溜まるノウハウや技術の向上があり、その結果生産数や商品数も増え、会社の安定、落ち着いた成長につながります。」

短期的な急成長ではない、御手洗さんが目指すのは100年後も続く、地域に根付いたたくましい会社だ。たくさんのものが失われた場所で、新しい仕事、働き手、商品、それを通じた人とのつながりを生み、育てている。
年齢や性別、経歴や場所に関わらず、誠実に取り組むことで誰もがプロフェッショナルを目指せる。誇りを持てる仕事ができる。
気仙沼ニッティングの挑戦は日本だけでなく世界のどこでも、応用できるヒントに満ちている。


気仙沼ニッティングのセーター「Me」

取材・文: 飯沼瑶子
Reporting and Statement: nummy

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