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Dec.

2024

interview
6 Apr. 2021

こども本の森で多様性に出会う / BACH 幅允孝さんインタビュー

小川百合
クリエーティブ・プロデューサー
小川百合

2020年7月、大阪の中之島に「こども本の森」がオープンしました。
未来を担う子どもたちに豊かな感性や創造力を育んでほしいという想いで建築家の安藤忠雄さんより寄贈された文化施設です。
大阪在住の筆者は何度か訪れているのですが、施設の中に一歩入ると本がいきいきと語りかけてくるような感覚があり、子どもはもちろん大人も
本に夢中になってしまいます。
その理由と子どもたちへ伝えたい想いを「こども本の森 中之島」の選書を含むディレクションをされたBACH(バッハ) 幅允孝(はば・よしたか)さんに伺いました。

 

「子どもを子ども扱いしない」という視点での選書 

施設を訪れるたびに気になっていたのが「こども本の森」はなぜこんなにもわくわくするのか?ということ。施設を訪れた人は年齢を問わず、本に没頭しています。その理由のひとつが「子どもを子ども扱いしない」という視点での選書でした。
本の裏に書かれている対象年齢にとらわれることなく、絵本、幼年童話、児童文学、図鑑、小説などをはじめ大人も見入ってしまうような写真集や画集など様々なジャンルの本を選ばれたそうです。
シンプルで素直なまなざしで見ることができる幼少の時期の感受性を大切にし、ちゃんと本物を見ることが重要という幅さんの考えが選書に表れています。

その中でも、特に力を入れられたのが幼年童話というジャンル。
絵本は読んだけれど、児童文学は読まないという子が多く、そのちょうど間にあるのが幼年童話です。絵本ほど絵は大きくないけれど、挿絵が入っていて字も大きい。はじめて自分で読む本といえます。
例えば、『くまの子ウーフ』や『いやいやえん』などの書籍です。
「文字を読んでイメージを膨らませることを小さい頃にやれるかどうかで文字を読む耐性や持久力が変わるように思います。成長しても本を読む
という選択肢を持ち、自発的な読みを続けてほしいです。」
と幅さんは言います。

 


子どもを子ども扱いしない視点で選ばれた本。 Photo by 伊東俊介

 

本を選ぶのと同じくらい大切にしているのは、
さまざまな本の差し出し方
 

「こども本の森」で本に夢中になってしまう、もうひとつの理由。
それは、本の差し出し方でした。NDC(日本十進分類法)という日本の
図書館で広く使われている図書分類法をベースに、オリジナルの12テーマで本が分類されています。そこで工夫されているのはテーマの配置です。入り口すぐのテーマは「自然とあそぼう」。
「こども本の森」は中之島公園の中に位置し、目の前には堂島川が流れています。外との繋がりですっと中に入って来られるように、自然と施設の境界線をあいまいにするという意図があるそうです。図書館に入ると背筋がピンと伸び過ぎるなんていう心配もありません。
「自然とあそぼう」のお隣のテーマは「体を動かす」。
本はあまり好きではないけれど、サッカーやダンスは好きな子にも興味を持ってもらえるように考えられた導線です。

 


入り口すぐのテーマは「自然とあそぼう」。 Photo by 伊東俊介

施設の奥に行けば行くほど、よりシリアスで本との対峙が必要なテーマになっています。円柱型の本棚にぐるりと囲まれた空間は「生きること/死ぬこと」がテーマです。一方、3階の柔らかい自然光が入る空間には「きれいなもの」をテーマにした本が並んでいます。
「こども本の森」は未来を担う子どもたちのために寄贈されたという背景だけでなく、設計にも細やかに子どもたちへのメッセージがある建物なので、子どもと建築に向き合い、どの空間にどんな本があったら子どもたちに響くかということが丁寧に考えられています。

 

壁一面に広がる本。奥へ進めば進むほど、テーマはより深くなる。


12のテーマはさらに中テーマ、小テーマに分類されているのですが、
そこに書かれている言葉にも特徴がありました。「動物が好きな人へ」「まいにち」「未来はどうなる?」「大阪→日本→世界」など、子どもたちの日常生活や好奇心に寄り添いながら、あえていろいろな階層の言葉を使うことで、おもしろがってもらえるように作られています。
子どもたちはこれらの言葉のインデックスを頼りにして、いろいろな方向に興味を広げることが可能です。


(左)「生きること/死ぬこと」の円柱型の本棚。(右)「きれいなもの」の本棚。 Photo by 伊東俊介


「こども本の森」の最大の特徴は壁一面の本棚です。本に包まれている
心地良さを直感的に感じてほしいという安藤忠雄さんの想いがカタチに
なっています。(※壁面の本は2冊準備されており、すべて手に取って読むことができます。)本棚には本だけでなく、本の中から抜き出された言葉も並んでいます。

「ぼくが、めに なろう」

これは、本の前を通り過ぎる子どもたちに振り向いてもらうために施した「言葉の彫刻」です。本の中身を一瞬でもいいから認知してもらうために、ある程度知られたお話やちょっと気になる言葉が選ばれています。


物語から切り取られた「言葉の彫刻」。Photo by 伊東俊介


一番奥には、何もなく静かな円筒の空間があります。コンクリートなのにエモーショナルな安藤建築の象徴ともいえるこの場所には時折、物語のワンシーンから切り取られた言葉と映像が現れます。子どもたちが日頃から親しんでいる映像で本を紹介することで、本を読む気分を盛り上げる導入の役割として考えられたそうです。

幅さんが目指しているのは「気付いたら本を読んでいたという状態」。
そのために「こども本の森」には自発的な読みを促す工夫として、様々な本の差し出し方が施されていました。

 


施設の一番奥にある静かな空間。時折、言葉が現れる。

 

みんなで楽しむことも、ひとりで考えることも大切

幅さんが本の差し出し方に工夫をされるようになったのは、時間の奪い合いが激しい時代となり、本を読む人が少なくなったからでした。
「永遠に再生が止まらない映像チャンネルをずっと受動で見続けるのではなく、ひとつの文が気になって手を止める、読み戻るとか、別のモノを調べるとか、本は自分で自分の時間を牛耳れて自発的でいられます。
エンタメもシェアの時代になり、ゲームする時もみんなで集まりますが、読書は一人で何かに向き合う時間を大切にできるものです。ひとりの人が書いたものをひとりの読み手として受け取る喜びを知り、ひとりで立ち止まり考えることも悪くないと感じてほしいです。」と幅さんは言います。

 

多様性とはいろんな意見を攪拌し、自分の意見を持つこと

これまでに様々な本を多くの人々に差し出してきた幅さんにライブラリー自体が多様性の入り口であると思いつつも、多様性に出会える本は何かと尋ねてみました。
「何でもいいと思います。ただし、ひとつの本だけを読むとその人の意見を妄信してしまう恐れもあります。同じ事象に向かって、いろいろな方向から光を照らしている本を公平に扱っているのが図書館のいいところ。
いろんな意見を攪拌して、最終的に自分の意見を持つことが大切。
子どもにとっても、大人にとっても重要なことだと思います。世の中が
混迷しているときこそ、自分の意見を自分で作る力が必要です。」

 


本と向かい合うことで、自分の意見を自分で作る力をつける。Photo by 伊東俊介

インタビューを終えて

子どもを主役に考えられた建物と丁寧に選ばれたバリエーション豊かな本。それに伴う、様々な手法での本の差し出し方。
すべてがうまく絡み合うことで「こども本の森」のわくわく感に繋がっていることを知りました。

デジタルネイティブと言われる現代の子どもたちがデジタルなものからは得られない世界の多種多様な考えを本から受け取り、自分なりの意見を
育むためには日々の時間の使い方を見直し、本に没頭できる時間の余裕を作り出すことがまずは必要なのかもしれません。
子どもたちは本の森を自由に動き回り、手に取った本は階段でも外でも
好きな場所で読むことができます。ここでは公の場所で当たり前とされているようなルールに縛られることはありません。
大人にコントロールされない空間で、たくさんの子どもたちが多様な本と出会い、自分の考えに思いを巡らせてほしいです。

最後に「こども本の森」は寄贈と寄附を中心に運営されています。
そこに託された「社会で子どもを育む」という想いを子どもたちへ、
そして、未来へも繋いでいきたいと思いました。

 

こども本の森  中之島 
入口のテラスにある大きな青いりんごが目印。
サムエル・ウルマンの詩「青春」をモチーフに
青春のシンボルとして安藤忠雄氏がデザインしたもの。

開館時間:午前9時30分~午後5時
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日は休館)
    蔵書整理期間・年末年始
入館料:無料
※駐車場はありませんので、ご注意ください。
「こども本の森 中之島」への入館は公式HPより事前予約が必要です。

 

photo:Kazuhiro Fuji
幅允孝(はば・よしたか)
有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター

人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、動物園、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。最近の仕事として札幌市図書・情報館の
立ち上げや、ロンドン、サンパウロ、ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。
2020年7月に開館した安藤忠雄建築の
「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・
ディレクションを担当。

近年は本をリソースにした企画・編集の仕事も多く手掛ける。
早稲田大学文化構想学部、愛知県立芸術大学デザイン学部非常勤講師。
Instagram: @yoshitaka_haba

取材・文: 小川百合
Reporting and Statement: yuriogawa

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