グローバル人材を目指す人こそ、LGBTアライとしてのアクションを(前編)
- ストラテジスト/PRプランナー
- 鈴木陽子
「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉をよく耳にするようになった昨今ですが、「制度はできたけれど上手く活用できない」、「自社で何をやったらいいのか分からない」など、法律や環境の変化に対してマインドセットが追い付かない人もひょっとすると多いのではないでしょうか。
そこで、実際にダイバーシティ&インクルージョンの推進に携わっている方が、何を思い、どんなアクションを起こしてきたのかを垣間見て、何かしらの共感ポイントを見つけることが、「ダイバーシティ&インクルージョン」を自分ゴト化する第一歩になるかもしれません。
今回は、これまで複数の企業でダイバーシティ&インクルージョン施策に携わるだけでなく、大学院での研究も進め、修了後はアライの団体を立ちあげられるなど、公私に渡り「アライ」としてLGBTへの支援活動を行われている「Allies Connect」の東由紀さんにお話をお伺いしました。
東さんはなぜ「アライ」になられたのか。
――東様が「アライ」としての活動を始められたきっかけとしては、最初は人事の方から「LGBT社員ネットワークのリーダーをやって欲しい」と声をかけられたということですが、リーダー役を引き受ける動機となったものは何だったのでしょうか。
当時は「アライ」という言葉も日本に入っていなかった頃の話なのですが、勤めていた外資系企業がリーマンショックで日系企業に買収された後、2009年に人事に声をかけられました。当時は人事担当者でもなく、LGBT当事者でもない私になぜ?と理由を聞いたら、買収された外資系企業にあった当事者ネットワークの代表が会社を辞めてしまい、リーダーを引き継ぐ人がいない、東さんは外資系出身だからLGBTのことが分かるでしょ、と言われました。
無茶ぶりだなとは思ったのですが、当時1万人以上の社員がいる中で「カミングアウトしている人がゼロです」という話を聞いて、その事実に驚いたことが、リーダーを引き受けようと思った1つのきっかけです。
私が高校・大学とアメリカで生活していた時や、帰国後に日本の外資系企業で働いていた時には、友人や同僚にはゲイの人がいたり、トランスジェンダーの人が段々と自分らしい姿に変わろうとするのを見ていたり、LGBTは私の周りに普通にいる存在でした。ところが日系企業に転職した途端に、カミングアウトしている人は社内にいないと言われてびっくりして。その時に、「私たちマジョリティ側の人たちが知らないことに問題があるのでは」と感じて、「だったら当事者ではない私が、マジョリティであるからこそ、できることがあるのではないか」と思い、LGBT社員ネットワークのリーダーを引き受けました。
――次の会社に移られてからも、引き続き活動を続けられたということですが、そこにあった課題意識はどのようなものだったのでしょうか。
2017年頃、人事の人材開発担当として転職した外資系コンサル会社では、既にLGBTの社員活動も積極的に行われていて、「work with Pride」のPRIDE指標でゴールドを受賞していました。複数の自治体で同性パートナーシップ制度が導入され、様々な企業が取り組みを始めているので、LGBT支援はこのまま進んでいくのだろうと思っていました。
そんな時に、ゲイに扮したキャラクターを面白おかしく扱う民放のテレビ番組が問題になり、関係者の話を聞く中で、会社の中ではもう私が関わらなくても大丈夫と思っていたけれど、実はまだたくさんやることがあると気付きました。
人事という立場でアライである、ということが私の強みだと思っています。なぜかというと、ダイバーシティの重要性について社内外に発信できる立場にいるからです。また、ダイバーシティ推進の担当者ではなく、人材開発と採用の担当者という立場でアライであることも、採用やリーダー育成にダイバーシティ推進を組み込むことができるという強みをもっています。多くの社員が働く大きな会社の人事担当者だからこそ、アライとしてのメッセージを出していくことが必要だと思いました。そこで、この会社でも本業の傍ら「LGBTアドバイザー」という肩書で社員ネットワークのサポートをして、色々な研修にLGBTに関するスライドを滑り込ませる“手裏剣戦法”で、とにかくLGBTという言葉を色々なところで耳に入れ、アライという存在を増やす活動を続けていました。
現在の会社に転職する際にも、「私が働く会社はアライであって欲しい」と伝え、同性パートナーシップ制度などのLGBT施策の導入と、社会活動としてアライ活動の情報を発信することに関して、ワークライフバランスが取れるような形でサポートをして欲しいことを転職の条件として提示しました。
「東京レインボープライド」参加時の東さん
社会人として大学院に進学、LGBTを研究テーマに選ぶ
――その間に大学院にも進学されていますが、そこではどのような研究をされていたのでしょうか。
大学院に行き始めたのは2016年です。人的資源管理のゼミで学んでいたのですが、転職したこともあって、「グローバル人材の育成」という研究テーマに取り組むことにしました。
そんな中、前述のテレビ番組の事件が起きて、もっと企業がLGBTの理解推進に取り組まなくてはいけないという課題意識が高まったときに、教授にアドバイスを頂きました。「グローバル人材というのは一生をかけて追究していくような大きなテーマ。まずはそこに繋がるような要素として、ダイバーシティ、すなわち、『マジョリティとマイノリティが混在する組織が、どうやってうまくやっていくのか』という今一番関心を持っている課題を、修士論文の研究テーマにしてみたらどうですか」と。なるほどと思いました。
そこで修士論文では、「マイノリティや多様性を活かせる組織を作るために、マジョリティをどう動かすか」というテーマを設定し、事例としてLGBTアライを取り上げることにしました。「アライの効果(=アライという存在が職場にいることが、マイノリティの人たちの勤続意欲にどう影響するか)」と、「LGBT研修の取り組み(=どのLGBT施策がアライを育てる効果があるのか)」についての調査をおこない、それを統計分析で実証しました。
――研究を通してどのようなことが明らかになったのでしょうか。
残念ながら日本には、「アライが職場にいることが、LGBT当事者に良い効果をもたらす」という内容の先行研究がなかった。その点を、この研究によって数字で証明することができたことが、私の中での大きな成果です。
また、「どの施策がアライを育てるために必要なのか」という分析では、研修では知識や理解度を上げることはできても、アライとしての行動意欲はあまり上がらないということが分かりました。では、どの施策がアライとしての行動を引き出すかというと、1つ目は身近にLGBT当事者がいること、2つ目は身近にアライがいることだと分かりました。ここは、アライ活動を進める上でとても重要な点だと思っています。
でも、日本の会社では、LGBT当事者は未だカミングアウトしにくい状態です。私が知るLGBT当事者の人たちの中にも、会社では絶対にカミングアウトしないと言っている人が多くいます。なぜかというと、メリットを感じない、デメリットしか感じないと言われてしまう。しかし、職場でLGBT当事者が可視化されないと、アライとしての行動も促進されにくくなります。
カミングアウトをするかしないかは個人の自由なので、人事はカミングアウトを推奨すべきではありません。人事としてできることは、身近なアライをどんどん可視化して増やしていくことです。研究を通して、「アライが周囲にいるとLGBTの当事者の人たちの勤続意欲が上がる」ことを証明し、「アライを増やすには、まず理解度を上げるための研修を実施して、さらに研修だけではなく、虹色のバッジを付ける等の行動で身近なアライを可視化していくことが、職場にアライを増やしていく一番効果のある施策です」と数字で自信を持って言えるようになったことが、大学院の研究の成果ですね。
企業・アカデミック・社会を繋ぐ「Allies Connect」設立へ
――ご自身でLGBTアライの団体を立ち上げられたのは、どのタイミングなのでしょうか。
大学院修了と同時です。その当時は、企業ではLGBT施策のアドバイザーとして関わっていましたが、企業の施策をアカデミックの研究に繋げたり、それを社会課題の解決に繋げたりする活動ができたらいいなと思って立ち上げたのが「Allies Connect」です。
具体的には、企業のLGBT施策について講演や執筆をしたり、LGBT関連のNPO団体にアドバイザーや理事として、企業人事のノウハウをNPO運営に取り入れたりしています。NPOは、組織が大きくなってくると報酬や評価の制度が必要になって来ます。NPOの人たちは、企業で人事や管理職の経験があるわけではないので、その点で苦労するのを見てきました。色々な考えや想いを持った人が集まるNPOという組織をきちんと回していくには、企業の人事のノウハウを持ってアドバイザーとして関わることが、彼らの活動を後方支援するために効果的だと感じています。
――企業へのLGBT施策のアドバイスといった活動もおこなわれているんですよね。
そうですね。アカデミック(研究内容)で実証されたことを活用して、企業がLGBT施策を進める手助けをできたらと思い、Allies Connectの活動としてスタートをしました。
――それらの活動を本業とは別におこなわれているという点に、モチベーションやパワーを感じます。
私の一番のモチベーションは、社会課題の解決には、大きな会社が動くことがすごく重要だと思っていることです。大企業は関わっている人の数が多いので、彼らの意識が変わると、その家族や友人にもアライの意識が広がって、社会が少しずつ変わり始めることを信じて活動を続けています。
(後編へ続く)
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東 由紀 氏
外資系と日系の金融機関でセールスやマーケティングの業務に従事するかたわら、2010年から「アライになろう!」推進活動をリードする。2013年に人事にキャリアチェンジし、リーダー育成とダイバーシティ推進、タレントマネジメントの責任者を歴任。現在は日系企業の人事部門で人材開発と採用を統括するとともに、LGBT施策を推進する。
中央大学大学院 戦略経営修士、職場におけるLGBTアライと施策の効果について研究。 2018年11月からAllies Connectの代表として、企業xアカデミックx社会のアライをつなげる活動を開始。
特定NPO法人東京レインボープライド理事
認定NPO法ReBit アドバイザー
『法律家が教えるLGBTフレンドリーな職場づくりガイド』(藤田直介、東由紀、2019)、『LGBTをめぐる法と社会』(谷口洋幸他、2019)など共著。