グローバル人材を目指す人こそ、LGBTアライとしてのアクションを(後編)
- ストラテジスト/PRプランナー
- 鈴木陽子
「ダイバーシティ&インクルージョン」を自分ゴト化するために、実際にアクションを起こしている方へのインタビューから共感ポイントを見つけてみる。
前回に引き続き、企業でのダイバーシティ&インクルージョン推進、大学院での研究、団体での活動など、公私に渡り「アライ」としてLGBTへの支援活動を行われている「Allies Connect」の東由紀さんにお話をお伺いしました。
(前編はこちら)
日本で「アライ」を増やす難しさ
――これまでの「アライ」の存在を広めていく活動の中で、どのような点に難しさを感じられてきましたか。
最初に「アライ」という言葉に出会い、企業では「アライ」を育成していけばいいんだと思った時に一番難しかったのは、そもそも「アライ」という言葉が全く日本には浸透していないかったことです。その上、LGBTという言葉すらも、浸透してなかった。
私が「アライ」という言葉を使い始めたのが2010年で、テレビのニュース番組で「アライ」という言葉が初めて取り上げられたのは2015年です。渋谷区と世田谷区でパートナーシップ制度が導入されるというタイミングで紹介されたのが最初です。今では多くのメディアがLGBTやアライについて情報発信していますが、そんな正確な情報もない状況で、このイシューを自分ゴトとして捉えて貰うのが難しかった。職場でカミングアウトしている当事者もいないので、いくら「皆さんの職場にもいます」と説明をしても、「LGBT」という言葉から浮かべるイメージはテレビで見るようなキャラクターの人たちで、「うちの会社にはいないよね」と言われてびくともしませんでした。
ですので、その頃はLGBT研修は実施できず、ダイバーシティ&インクルージョン研修やコンプライアンス研修の中に、“手裏剣戦法”で一枚ずつLGBTについてのスライドを滑り込ませて、言葉を浸透させていきました。
――そのような世の中の意識が変わり始めたのが、2015年以降ということになるのでしょうか。
そこで目覚ましく変わりましたね。2015年にパートナーシップ条例が成立して、そのニュースが出たとたんに、色々な企業の人事担当者から問い合わせが来ました。「社員がパートナー証明書を持ってきたらどうすればいいですか」というご質問がたくさん来たので、私の会社の制度や証明書の扱い方についてお答えしていました。その後、続々とパートナーシップ制度を導入する企業のニュースが増えて来て、潮目が変わったと感じましたね。
――それ以降で、もう一段階フェーズが変わったと感じられたタイミングはありますか。
2016年に「work with Pride」が策定されて、徐々にいろいろな企業のLGBTへの取り組みが広がっているなとは思っていましたが、潮目がすごく変わったと感じたのは、ある国会議員による「LGBTは生産性がない」発言の記事が出た時です。
あの発言は、LGBTの人たちだけを怒らせたのではなくて、結婚していない人や子どもを授かれなかった人などの感情を強く揺さぶりました。多くのメディアで取り上げられたので、LGBTのイシューや彼らが置かれている状況に対して一気に理解が進んだと感じます。あの記事の炎上は、「子どもを持っていない=生産性が低い」という発言に怒った人たちが、LGBTのイシューをもう少し自分の身近なところに引き寄せて、「この差別の根源は一緒だよね」と感じるきっかけなった出来事なのではと思います。
ただし、そうやって理解が広まった結果、企業が同性パートナーシップ制度を導入しても、制度を利用する人が増えないケースもよく耳にします。制度を使うこと自体がアウティングになってしまう状態ではカミングアウトしていないLGBT当事者は制度を使えないでしょうし、制度を使っても職場でネガティブな影響を受けないと思えなければ使わないですよね。なので、制度を導入すると同時に、制度を利用しやすい環境を作るために、理解して行動するアライを職場に増やしていくことが重要です。
「アライ」という概念が日本で広まりにくい要因とは
――制度を利用する側の心理的ハードル以外に、当事者ではない人たちに、アライという概念が広まりにくい要因はどこにあるとお考えでしょうか。
企業の中にアライが増えない主な原因の1つは、当事者が見えないことです。職場に差別的な行動や言動があり、アライがいないから当事者はカミングアウトしずらい。当事者がカミングアウトしないから問題が見えにくくなり、アライが増えない。鶏と卵の関係なので、簡単には解決ができない課題だと思います。
ただし、職場にカミングアウトしている当事者がいなくてもLGBT施策は進めることができます。社外から当事者の人を招いて話を聞いたり、カミングアウトをしていなくても職場には当事者が一定数いる可能性を伝えたり、カミングアウトしている人がいようがいまいがアライという存在が必要、マイノリティの課題を解決するにはマジョリティが動くことが必要だということを地道に色々なシーンで発信をしていくことが大事だと考えています。
もう1つ、日本でアライの概念を広めようとする時に特に難しいと思っているのは、男女の役割意識・二元論が社会に根強いことです。それは、多様な性の在り方や、家族の在り方に対する理解を妨げる要因になっていると思います。制度を変えれば良い問題ではないですし、男性にも女性にも内面化している役割意識や無意識のバイアスが存在しているので、根深い問題ですよね。男性として、女性として社会から求められる行動に合わせてしまったり、自分の役割から抜け出せなかったり。そもそも、人と違う行動をすることで悪目立ちするような社会では、異論を唱えることすら難しい。
そして、女性活躍推進についても、本当に何とかしようと動いてくれる男性の管理職にはあまり出会ったことがありません。そう考えると、女性活躍推進に関しても、アライが少ないと感じます。アライというコンセプトは、LGBTだけに当てはまるものではありません。「マイノリティのイシューを何とかしようとするには、マジョリティ側が動かないと物事は変わらない」「マイノリティが直面するイシューの根源には、マジョリティの不理解や偏見がある」という考え方を、もっと広めていかないといけないと思います。
社会における多様性の在り方とは
――多様性が、企業や社会の中にどのように受け入れられていくのが、東さんにとっての理想の在り方になるのでしょうか。
社会の在り方としては、マジョリティがマイノリティを一方的に「受け入れる」という強者と弱者の関係性ではなく、色々な違いがあることが「良し」とされるまぜこぜの状態であること、マジョリティに属さない違いを持っていても楽に息ができる社会が良いと思います。もちろん、同じバックグラウンドを持っていたり、共通の話題があったりする人たちで仲良くなるのは良いのですが、その共通点だけで集団の形が決まってしまうのではなくて、そうでない人の話も面白いなと思えたり、複数の輪に自分が加われたりするような形が理想だと思います。
なぜ私が会社の中だけで自分の生活範囲を決めていないかと言うと、1つの場にいると自分の属性や仲間が決まってくるので、段々と息苦しくなってしまうからなんです。大学院では会社の人とは全く違うバックグラウンドの人がいて、アライ活動で関わる人にも、年代も価値観も違う人がいて、自分が複数のコミュニティに属し、異なる思考に触れることで、色々な考え方や価値観を自分の中に吸収していけると感じています。そういうことがもっとできる時間と心の余裕を持てるように、日本の働き方が変わることを期待しています。
私が複数のコミュニティに常に属しているために、やることとやらないことを決めています。プライベートの時間と、仕事の時間と、社会に対して発信をしたりNPOに関わったりするために使う時間を、自分の中でマネジメントできている状態にしている。以前は突発的なことにも、メールの連絡にも全てすぐに応えないといけないと思っていましたが、それだとバランスが取れなくなってしまうので、これからは自分の判断で柔軟に対応すると周りに宣言しました。そうすることで、私はいくつものコミュニティに関わる時間と心の余裕を持てています。そういう働き方がもっとできるようになると、社会の中の多様性の捉え方も面白くなるのではないでしょうか。
数年前に出会った「イントラパーソナル・ダイバーシティ(一人内多様性)」という言葉は、自分の中に多様な経験や価値観を蓄積している状態を示しています。今後は、企業の中でも豊富なイントラパーソナル・ダイバーシティを持つ人材が必要とされ、組織のダイバーシティ推進のパワーにもなると感じています。
ダイバーシティの課題をリードできるグローバル人材を
――そのような社会の在り方を実現するために、次世代のダイバーシティの推進役を育てるということについては、どのようにお考えですか。
活動が「人に起因する」という状態は、LGBTやダイバーシティだけ限らず、それ以外の仕事でもそうだと思います。上に立つ人だけではなく、全ての関わる人がそれぞれの立場でリーダーシップを執るようになるといいですよね。これからは、相手が初対面でも、価値観も時には言語も違うような人たちとも、お互いの要望や必要なことを話し合い、WIN-WINな関係を作りながら物事を進めていくリーダーシップが必要とされます。はっきりと言葉にするのではなく、その場の空気を読むことを推奨されたり、年功序列で職位と権力で人に指示をしたりするような日本の職場では、そのようなリーダーシップは育ちにくいと思っています。それができる人が増えていくと、ダイバーシティの課題を引っ張るリーダーが育ってくるのではないかと思います。
実は、そのような人材像が、私にとってのグローバル人材の定義でもあります。日本の企業で働く多くの日本人は、国内で教育を受けて、新卒で会社に入社し、定年までずっと同じ会社で働いていますよね。「当社では、考え方や価値観は、このくらいの年齢だったらこうだよね」となんとなく想像ができる。グローバルで多様な人材と協働するビジネスシーンでは、そのあたりの前提が効かなくなってくる。相手に分かりやすい言葉で明確にコミュニケーションしながら、文化も価値観も全く違う相手と信頼関係を築き、一緒に働く環境をつくり出せる、そんなリーダーシップを備えていることが、私のグローバル人材の定義です。
—
東 由紀 氏
外資系と日系の金融機関でセールスやマーケティングの業務に従事するかたわら、2010年から「アライになろう!」推進活動をリードする。2013年に人事にキャリアチェンジし、リーダー育成とダイバーシティ推進、タレントマネジメントの責任者を歴任。現在は日系企業の人事部門で人材開発と採用を統括するとともに、LGBT施策を推進する。
中央大学大学院 戦略経営修士、職場におけるLGBTアライと施策の効果について研究。 2018年11月からAllies Connectの代表として、企業xアカデミックx社会のアライをつなげる活動を開始。
特定NPO法人東京レインボープライド理事
認定NPO法ReBit アドバイザー
『法律家が教えるLGBTフレンドリーな職場づくりガイド』(藤田直介、東由紀、2019)、『LGBTをめぐる法と社会』(谷口洋幸他、2019)など共著。
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