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interview
17 Jan. 2022

環境以上に大切なのは「自分で選択すること」〜パラ水泳・木村敬一選手〜

パラアスリートや、パラスポーツを支える人たちに取材し、彼らと一緒に社会を変えるヒントを探るシリーズ「パラスポーツが拓く未来~パラスポーツ連続インタビュー~」。第10回目は、世界に挑戦し続ける全盲のスイマー・木村敬一選手に聞きました。

 

 

パラ水泳 木村敬一選手

 

滋賀県栗東市出身/2歳の時に病気のため視力を失う。小学4年次から水泳を始め、単身上京した筑波大附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)で水泳部に所属。着実に力をつけ頭角を現す。2012年ロンドンパラリンピックで銀・銅1つずつメダルを取る。2016年リオ大会では銀・銅2つずつで日本人最多となる4つのメダルを獲得。2018年から単身アメリカに拠点を移し、4度目のパラリンピックとなる東京2020大会では、200m個人メドレー5位入賞、100m平泳ぎ銀メダル、100mバタフライでは自身初となる悲願の金メダルを獲得。 東京ガス所属。

 

 

 

東京2020パラリンピックまでの道のり

 

リオ大会が終わった後に思ったことは、

「何かを変えないと、どうしようもない

 

©フォート・キシモト

 

やはり、リオまでは、すごく頑張ったつもりでいました。それでも金メダルに届かないとなると、もっともっと頑張らないといけない。でも、それをやりきる自信はありませんでした。何かを変えないと、もうどうしようもないと思いました。

 

一年ほど悩んだ結果、アメリカに行って環境を変えたいと思いました。アメリカには、全盲の米国代表ブラッドリー・スナイダー選手がいたので、競技環境も整っているはずと考えました。そこで、彼に直接コンタクトしたところ、彼は丁寧に場所やコーチを紹介してくれて、2018年からアメリカでの活動が始まりました。

 

もちろん、泳ぎを速くするのが最大の目標でしたが、新しい環境の中で何かを始めることは、必ず成長につながり、「自分の財産」になると考えました。極端なことを言えば、泳ぎが速くならなかったとしてもいい。必ず得られるものがある。自分の人生をトータルに考えてみて、渡米を決めました。いままでは、敷かれたレールを歩んできましたが、恵まれていた環境を初めて「自分の意志」で離れました。

 

 

アメリカでは、自分の気持ちと素直に向き合った

「自己肯定感」が生まれたのが、一番の収穫

 

アメリカでは、日々の生活に緊張感があって、トレーニングにも緊張感があって、毎日を一生懸命に生きていくという「バイタリティ」が生まれてくる。そういうことが、パフォーマンスにも少なからず影響したと思います。

 

厳しいトレーニングの中、いろいろな人に助けてもらいながら、どうにか乗り越えていって、アメリカでの言語にも慣れてきて、できなかったことができるようになる。それが水泳の方にもよい影響を与えてと、好循環が生まれて、応援してくれる人も増えていきました。「自分は結構、頑張っているな」と自分で自分のことをほめてあげられるようになってきました。自分に自信を持って世間に出られるようになった。アメリカに行ったことで、「環境以上に大事なものがある」、「環境だけがすべてではない」と思いました。

 

 

■東京2020パラリンピックを振り返って

 

パラリンピックの一番の魅力は、「破壊力」だと思う

東京2020大会 競泳男子100mバタフライ S11 決勝 ©フォート・キシモト

 

パラアスリートは、夢の舞台に立つ瞬間のために4年間(今回の場合には5年間)、鍛錬を積んですべてをぶつけてきます。パラリンピックは、みんなが「個人としての威信」と「国としての威信」を背負って集まることで、あらゆるエネルギーが集約され、そのすべてを発散させる場です。その破壊力というか、それが一番の魅力だと思います。

 

僕にとって東京2020大会を目指すということは、どんな形であっても金メダルを取ることでした。リオの大会で複数のメダルを取ることはできましたが、金には届かなかったので、自分の中では敗北の大会でした。いくつメダル取って自己ベストが出ても、「金メダル1つ」にかなわないと思いました。

 

東京2020大会の結果は、自分としては「完璧だった」と思います。100mバタフライの金メダルがあるだけで、自分の中では大満足です。「やっと勝利を手に入れた」というのもありますし、「やっと終わってよかった」という想いもありました。

 

そして、退村する直前に、アメリカの練習環境を紹介してくれたスナイダー選手と再会できて、大会が開催されたことに本当に感謝しました。

 

 

東京2020大会の開催で

いろいろなことが動き出している

 

「オリパラ」という言葉が生まれ、イベントなどで、オリンピックとパラリンピックを並べていただく機会が増えたと実感しています。僕たちも、「オリンピック選手に負けないように、しっかり頑張らないといけない」と思う一方で、こうやって並べて評価してもらえるのは、うれしいことですね。

 

そして、日本でパラリンピックが開催されたことで、いまだかつてないほど、障がいのある人がスポットライトを浴びていると感じます。「こんなに多くの障がいのある人が、日本に、世界にいるんだ」ということは伝わったと思います。視覚障がい者として街を歩いていて、助けてもらう機会も圧倒的に増えたので、いろいろなことが動き出していると感じています。

 

健常者と障がい者が、お互いを目に留め、接して、ともに活動して、ということを繰り返していくことで、相互理解は深まっていくのではないでしょうか。障がいのある側は、いろいろなものを主張するのであれば、自ら出ていかないといけない。まず、家に閉じこもらず、「家の周りを歩く」ところから始めないといけないと思いますね。

 

 

企業の行うパラスポーツの普及活動にも、

積極的にかかわっている

 

僕の所属している東京ガスは、障がいや多様性への理解を深めていく活動として、パラスポーツの観戦イベントを開催しています。スポーツは、得意領域なので、僕も積極的にかかわらせてもらっています。

 

一方で、東京ガスは、生活に密着した企業なので、お客様と触れ合うさまざまな場面で、障がいのある方とどう接したらよいかについて、意識向上に努めています。そこに、僕もかかわってアドバイスをさせてもらっています。

 

 

■これからの活動と期待

 

競技力に加え、選手一人ひとりの魅力を伝え

パラ水泳を広めていきたい

 

©フォート・キシモト

 

水泳とは、自分の持っている体だけを使って競い合う、楽しむスポーツ。その中でパラ水泳選手はみな、何かしら障がいがあります。パラリンピックの創始者の言葉そのままではないですが、「残っているものをこれだけ鍛えれば、これだけパフォーマンスが上がっていく」。ある意味パラ水泳は、人類として持っている可能性を感じさせてくれるスポーツです。まず、ぜひ会場に来て、パラ水泳の大会を見ていただきたいですね。

 

また、競技力だけでなく、選手一人ひとりの魅力を出していくのも、パラスポーツならではの面白さです。先の日本パラ水泳選手権大会で、YouTubeの中継に選手同士のトークショーを開催したように、いろいろな工夫をしていくことが大切だと思います。

 

自分としては、「金メダリスト」という称号が今後、ずっとついてきてくれます。それに恥じないような人間になっていくことが目標です。そして、パラスポーツを引っ張っていけるようなことなら、なんでもやっていきたいですね。

 

 

障がい者に対するサポートが

もっと気軽に自然になっていくことが大切

 

アメリカでは、障がいのある人の受け入れやサポートを「大変なこと」ととらえていないと感じます。いい意味で「大変だったらやらない」という考え方です。日本は、「一生懸命やらないといけない」と思っている気がします。アメリカでは、「何か困っていますか」は、おはようございますという「挨拶」のようなものです。だから、こっちも断りやすいし、助けてもらいやすい。断ったとしても次の日に会えば同じように「挨拶」してくれて、その時に困っていれば助けてくれます。その加減がちょうどよかったですね。

 

また、アメリカでは、障がい者専用の施設がなくても、どんな施設でも障がい者が気軽に利用できます。一方、日本では「障がい者のための施設」、「障がい者が来ても大丈夫です」とうたっている施設がまだ多いのではないでしょうか。いま、日本が少しずつ、勇気を出して障がいのある人に声をかけてくれる社会になりつつあると感じています。それがもっと進むと勇気ではなく、軽い「挨拶」のようなものになっていく。そこを目指していくことが大切だと思います。

 

――――――

今回、木村選手を取材して感じたことは、自分の人生をより良いものにしていこう、という姿勢です。目先のことやひとつのことに縛られず、自分の人生を俯瞰した時に、何が自分を成長させてくれるか、豊かにしてくれるかを見据える力を持っていて、学ぶべき姿だと感じました。

 

 

 

《参考情報》

・木村敬一選手 SNS

Twitter:https://twitter.com/kimurakeiichi

note:https://note.com/keiichikimura/

 

・木村敬一著『闇を泳ぐ 全盲スイマー、自分を超えて世界に挑む。』(ミライカナイ)

 

 

 

取材・執筆:桑原寿、吉永惠一、斉藤浩一

編集:田中陽太郎

取材・文: cococolor編集部
Reporting and Statement: cococolor

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