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Apr.

2024

interview
17 Sep. 2020

車いすに「乗ってみたい」という選び方を。RDS杉原行里さんインタビュー (前半)

2020年5月、世界最高峰のデザインアワード「A’ Design Award & Competition」で、日本の企業が開発したある車いすが最高評価を獲得しました。

(RDS WF01)

パラアスリート選手と共に徹底追及したドライバビリティと、誰もが胸を張って乗りたくなるような高いデザイン性を両立した、福祉機器としての存在を超えたスーパーモビリティ。それがこの、RDS WF01です。

開発したのは、株式会社RDS。「今日の理想を、未来の普通に」をコンセプトに、F1チームスクーデリア・アルファタウリ・ホンダと、パートナーシップを組むなどモータースポーツを始め、パラスポーツ、ロボットなど、最先端フィールドの研究開発によって生まれた技術を、医療・福祉の現場に活用するプロジェクトに取り組んできた会社です。

この唯一無二のプロダクトは、どのような思想のもとで生まれたのか。そしてこれから、どのように進化していくのか。RDS代表の杉原さんが語ってくれました。

(左:RDS代表 杉原行里さん 右:筆者)

 

#自分ごととして考える

学生の頃は、ロンドンでプロダクトデザインを学んでいたという杉原さん。医療機器や福祉機器のデザインに興味を持ちはじめたのは、その頃、お父さんが病気で入院された経験が大きかったと言います。

「はじめて病院というものをリアルで体感して。いや、ここで死にたくないなと思いました。あのときから、自分がやりたいデザインが少しずつ変わりました。自ら車いす生活してみたりとか。点滴台を押してみたりとか。点滴をずっと打つと腕って細くなるのに、なんで本人が押すのかな?みたいなことを考えるようになりました」

筆者自身は、車いすに乗ったり入院したりした経験はなく、RDS WF01に出会うまで、車いすについて意識したことはありませんでした。医療機器や福祉機器は専門性も高く、自分からは遠いものだと感じてしまっていたのかもしれません。しかし杉原さんは、まず「自分ごと」として考えることが、そうした距離を超えるために大事だと言います。

「自分の半径の周り、それが家族だけでもいいし、友人もインクルーシブできればいいし。その中に必ず、僕らの年代になれば、体に何かしらの不自由を抱えた人が必ずいたり、もしくは今はいなくても出てきたりします。自分の親が車いすに乗る、となったときに、かっこいいものに乗ってほしくないですか?」

さらに、この「車いす」というプロダクトには、もっとたくさんの人が関係していく可能性があると言います。

「超高齢化社会が来るなかで、日本もどんどん65歳以上の割合が増えていく。車いすって考え方がもう古いと思っていて。車いすじゃなくてモビリティと捉えれば、1億2000万人を、70億人を相手にすることもできるかもしれません。だから、僕ら自身も乗りたくなるようなプロダクトを目指しました」

 

#一人ひとりの所有欲を満たす

日本中や世界中の、誰もが乗りたくなるモビリティ。それは究極の「ユニバーサルデザイン」なのでしょうか。

「ユニバーサルデザインの功績は大きいと思いますが、それはマスプロダクトの考え方です。もう、大量生産の時代ではありません。WF01はちょっと違う軸で考えていて、パーソナライズの量産化、という言い方を僕たちはしていますが、一つ一つがミニ四駆のように組み替えられ、所有欲を満たすものにしたいと考えています」

所有欲を満たす。それは、今まで車いすには採り入れられていなかった考え方だと言います。

「ファッションだったら、晴れの日に着物を着る。車だったら、フェラーリとかポルシェとか、TPOに応じていろいろな選択肢がある。でも、車いすには要らないだろうと思われていたんです。そんな選択の幅がない事自体に、まず世界は疑問を持つべきですよね。一緒に開発に携わってくれた人が、革靴にとてもこだわりを持っている方で。でも、たとえばパーティに行くときに、今ある車いすだと、足の置き方とかがかっこ悪く見えちゃうと気にされていた。過剰な保護が、プロダクトをつまらなくしてしまっている。だからWF01では、“かっこいいは正義だ”という言い方を常にしています」

(WF01のライティングは、光沢のある革靴をカッコよく見せてくれる)

 

#パーソナライズをテクノロジーが支える

一人ひとりの所有欲を満たすパーソナライズを実現するには、センシングの技術が大事になってくると杉原さんは考えます。

「これから、みんながほしいものを自分でつくりはじめる時代になります。そのとき、センシングが大事になる。自分に合っている、というのが、どういう指標なのかが分からないですから」

そんな高精度なセンシング技術を、どうやって開発するか?RDSでは、パラスポーツなどの最先端フィールドにおいて革新を生むための「仮説」をまず立て、それをアスリートと共に、とにかく検証を重ねます。

WF01TR (トラックレーサー)、競技用車いすの開発も、東京パラリンピックの代表にも内定している車いすレーサーの伊藤智也さんとの二人三脚で進みました。

(伊藤智也選手を開発ドライバーとして迎え、RDSが製作した競技用車いす)

 

「人間には必ず、座る最適なポジションがあるという仮説を元に、どうやってシーティングポジションを図るか?というのを、ドライバーと毎日喧嘩しながら研究しました。単純に作って、金メダルだけを目標とするだけじゃ面白くないから、ここで得られたテクノロジーをどうすれば量産化し一般社会に落とし込むことができるか?というのを、お互いに目標にしようと約束しました」

トップアスリートと共同で開発するときに大切なことは、「対等な関係でいること」だと杉原さんは語ります。

「あらゆるセンシング技術を活用しました。それは、共通の言語を手に入れないと一緒に開発できないからです。じゃないと、力学的に有り得ないことや、選手自身も効果が分かってないことに付き添わなきゃいけなくなる。選手をリスペクトした上で、でも下からいくわけじゃない。足が悪いとかは関係なくて、常にイコールの関係で開発は進めました」

(RDSが開発した、一人ひとりの最適なシートポジションを割り出すシミュレータSS01)

 

#プロダクトで見せていく

こうして生まれたのが、あらゆる「座り方」が計測可能なシートシミュレータ「RDS SS01」。このシミュレータが持つ可能性を、まず選択肢として社会に提案したフラッグシップモデルが、今回最高評価を獲得した車いす「WF01」です。

「現状に不満を抱いているとか、批判しているわけではなくて、選択肢が豊かにあるなかで、従来のものを選ぶのは全然いい。新たな選択肢が出ることによって、従来のものにもバリューが出てくるわけです。超高齢化社会が必ずやって来る中で、未だに変革のスピードが遅い福祉の分野に、新しい選択肢をつくる。至極まっとうで、むしろみんななんでやらないんだろう?という気持ちがあります」

普段、筆者は言葉を扱い、広告や記事を通して、様々な考えや意見を社会に届ける仕事をしています。言葉の可能性はもちろん信じていますが、一方で言葉やコミュニケーションの限界にも常に向き合う仕事です。世界を変えるきっかけや、明日をちょっと良くする気づきは作れるかもしれませんが、その後に実際に行動を起こす人がいないと、そこで終わってしまう。

一方で、WF01のようなプロダクトは、新しい選択肢を実際に作ってしまうことで、ダイバーシティを直接的に社会に実装することができる。以前、4人の女性起業家のプレゼンを記事にした際にも引用したアラン・ケイの言葉を思い出します。

“未来を予測する最も確実な方法は、それを発明することだ”

RDSのプロダクトは、当たり前にくるべき未来を、今まさに発明している。言葉や思想にはない魅力と説得力があるプロダクトというものに、改めて憧れと尊敬の念を抱きました。

「インクルーシブとか、ダイバーシティとか、共生社会とか。そういう言葉ももちろんすごく理解できるんですけど、そこは僕たちの領域では無いと思っていて。やっぱり僕たちはエンジニアやデザイナーだから、プロダクトで見せていきます」

 

今回は、デザインアワードの受賞を切り口に、「いつか乗ってみたい車いす」WF01がどんな思想のもとで生まれたかについて、杉原さん自身の経験も合わせてお伺いしました。

しかし実は、杉原さんは「シートシミュレータ(SS01)の方が最高評価を受賞してほしかった」とか…?

次回は、その発言の真意に加え、そんな唯一無二のプロダクトを生み出せるチームづくりについて、そして、杉原さんとRDSがこれから目指していく世界について、お伺いしていきます。

(後半に続きます)

執筆者 野村隆文

取材・文: cococolor編集部
Reporting and Statement: cococolor

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