広がる働く「場」の選択肢、私たちが求めることって?
- ストラテジスト/PRプランナー
- 鈴木陽子
コロナ禍によって引き起こされたライフスタイルの変化。その変化を受けて生じた新たな課題に焦点を当て、一人ひとりの思いやりでできる解決アクションを考える、NPO法人・シブヤ大学のシリーズ講座の2回目が12月17日に開催された(1回目の記事はこちら)。
実際のところ、様々な「場」で働いている人たちは、は、今年起こった働き方の変化をどのように受け止めたのか。
私たちが「仕事をする場所」に本質的に求めることは何で、働き方が多様化する中でお互いにどんな心掛けが必要なのか。様々な職業の人が同じ場所をシェアして働くコワーキングスペースの在り方をヒントに、参加者たちが話し合った。
「誰が、どんな風に使っているのか?」を意識しながら場をつくる
今回の講師は、編集者・ライターで、五反田のコワーキングスペース「Contentz(コンテンツ)」管理人の鬼頭佳代さん。学生時代からコワーキングスペース運営やライターの仕事に関わりはじめ、小冊子『コワーキングスペース運営者の教科書』も共著で制作している。
東京・五反田のコワーキングスペース「Contentz」は、Webメディアを中心に様々なコンテンツ制作を手掛ける編集プロダクション・有限会社ノオトが運営している。ノオトにとって、コワーキングスペースという場を作ることも「編集」として捉えており、編集業の1つという意識で運営しているそうだ。
2014年7月にオープンした「Contentz」は会員制のスペース(土曜日のみ一時利用OK)。
開設当初にイメージしていたのは、同じ場所で仕事をすることで若手のライターもチャンスを掴めたり、雑談から面白いネタが生まれたりする、雑誌の編集部のような場所。編集者・ライターが使いやすいように、編集系の蔵書やネタ探しのための雑誌を多めに置いたり、インタビュー専用ルームを用意したりしている。
また、会員同士の交流会、ライターをはじめとするクリエイター向けに「#ライター交流会」といったイベントも実施しながら(今はオンラインで実施)、利用者の輪を広げている。今では、近隣に住む方やリモートワークになった方も利用するようになった。
コワーキングスペースを運営する上で鬼頭さんが重要視しているのが「誰が、どんな雰囲気で使っているのか?」だ。
おしゃれなオフィスは世の中に無数にあるため、全てをかなえようと思うとキリがなくなってしまう。欲しいもの、気持ちよくいられる空間の定義、働く場に対して求めるものは人それぞれだからこそ、「誰が、どんな雰囲気でこの場所を使っているのか?」に立ち返り、「ここの利用者」という主語ありきで居心地の良さを考えていくことが重要になる。
「Contentz」の場合は、「原稿を書くライターさんのように黙々と作業したい利用者さんが使いやすい状態とは?」を考えた結果が、現在の場の在り方を形作っているというわけだ。
(東京・五反田のコワーキングスペース「Contentz」)
大事にしているのは、「ここにいてもいいんだ」感を作ること
次に鬼頭さんからお話を頂いたのは、多様なバックグラウンドの人が集まるコワーキングスペースの運営で心掛けていることの5か条だ。
1.「いろんな人が共同で使っている」と最初に伝える
利用者は職業も年齢も幅があり、許容範囲がそれぞれ違う。だからこそ、「ここは気遣いと思いやりで成り立っている」ことを利用の際のオリエンテーションで伝えておくことが重要になる。
2.ルールをちゃんと共有する
「どう使っていいか分からない場所は、居場所感がなくなってしまう」と鬼頭さんは考えている。そのため、場の使い方のルールなどは最初に伝え、ルールの意味や必要性を理解・納得してもらってから会員になってもらうようにしている。
3.少しでいいから運営に参加してもらう
「運営側も完璧じゃないので、助けてほしい」という運営スタンスを利用者に示し、利用者自身が場を作る一員であることを意識してもらえるよう工夫をしている。とはいっても、それほど難しいお願いをしているわけではない。「ご飯を食べたらテーブルを拭いておいてください」、「ウォーターサーバーの水が切れたら補充してOKです」といったことだ。こうした簡単なお願いが、自分がスペースを作っているという感覚を利用者の中に生み、それが「居場所感」に繋がるのではないかと考えているそう。
4.交流の時間は大切にする
大切にしているのは挨拶。少なくとも管理人としては、雑談できる・相談できる存在であろうと心がけており、オリエンテーションの時にちょっとした仕事や趣味の話などで情報交換をしているそうだ。
5.運営側も居心地よく
コワーキングスペースの運営者と利用者の関係が、「大屋と店子」のような、場所を貸している/借りているといった関係ではなく、一緒に働く人同士であることを意識している。自分も時には弱みを見せながら、自分自身もこのスペースで気持ちよく過ごすことを大切にしている。
以上が、運営する上で気を付けている5つのポイントだ。
鬼頭さんがコワーキングスペースを運営する上で目指しているゴールは、少なくとも場の利用者が「ここにいても大丈夫だな」という状態を作っていくこと。
どんな組織でも、その会社の暗黙のルールや雰囲気はあるものだが、それが言語化され浸透までしている組織はそれほど多くはない。新しく加わった人間に言葉にして伝えるのではなく、相手に空気を読むことを求め、暗黙のルールを破ると訝しがる。そんな雰囲気では「ここにいても大丈夫」という感覚は生まれにくいだろう。だからこそ、ルールは最初に提示し、場を一緒に作っていくことでお互いに関わり合いながら、お互いの心地よさを少しずつ作り上げていく。鬼頭さんのそんな姿勢は、さまざまな「場」で仕事をする人にとってヒントになりそうだ。
コロナ禍を通じて見えてきた「仕事をする場所」で大切したいものとは?
鬼頭さんのレクチャーの後、参加者はグループに分かれ、それぞれが考える「仕事をする場所に求めるもの・求めないもの」についてディスカッションをおこなった。
今回の授業には、オンラインということもあり、職業も働く場所も実に様々な人たちが集まった。第一次産業に携わる人から、東京以外でほぼ毎日出社しながらデスクワークをしている人、転職活動中の人などが、コロナ禍で起こった環境変化を念頭に置きながら、自分たちが「働く場所」に何を求め、何を大切にしているかを共有した。
快適に仕事ができるデスク周りの環境や、コーヒーやお茶などのちょっとした息抜きのためのものといったハード面のものから、職場の仲間とのちょっとした会話、そこから得られる気づきなどソフト面のものまで、それぞれが「働く場所」に求めるものを共有し合い、お互いの話に合いの手を打っていく。
するとどうだろう。働く場所や業種が多様であるにもかかわらず、今回の授業の参加者が「働く場所」に求めるものには意外にも共通するところがあった。それは人とのコミュニケーションだ。コミュニケーションというと大仰に聞こえてしまうかもしれないが、要は、「自分のちょっとした投げかけに対してのリアクションがあったり、他者の何気ない投げかけから気づきが得られたりする環境」を求めているという点が、参加者から出てきた意見として共通していたのである。
通勤やその準備のための時間が無くなるなどの業務にまつわる負荷が減り、効率的に作業ができるという点では、リモートワークは優れているだろう。しかし、オンラインでのやり取りは、目的にフォーカスされすぎる感がある。自分の業務とは関係のない何気ない会話が聞こえてきたり、業務で関わる以外の多様な人たちとの出会い(たとえすれ違うだけであっても)、そこから刺激を貰ったりする機会は、物理的に1人で働いていると得にくいものであることを、コロナ禍によって体験した人が多いということなのかもしれない。
自己開示の機会を意図的に作ることの大切さ
続いて2つ目のワークとしておこなったのは、共有された「働く場所に求めるもの」についての様々な意見を聞いた後で、「もしこのメンバーで一緒に働くとしたら、誰に対してどんな配慮ができるか?」という簡単なロールプレイングだ。
最初のワークをおこなっていたこともあり、「この人に対しては、こういう声掛けができると思う」、「私は、休憩におすすめのグッズを教えることができる」といった形で、同じ場所で働くメンバーに対して自分に何ができるかといったアイデアを、次々とテンポよく発言し合う形で盛り上がる結果となった。
それぞれのメンバーの能力を足し合わせるだけの「1+1=2」で終わるのではなく、仲間同士でフォローし合い、「1+1が2にも3にもなる」ためにお互いに何ができるのか?を考え合う。そんな配慮や思いやりを引き出すためのキーポイントは、自己開示であることも話し合いの中で見えてきた。
自分の得意不得意を最初に出し合うことで、お互いに助けやすくなる。「何にストレスを感じるのか・不安なのか」、「何が苦手なのか」のすり合わせを最初におこなうことが大切で、その自己開示とすり合わせを言語化しておこなうことが、お互いをフォローし、助け合う空気感や雰囲気を作ることに繋がっていく。
自分が求めるものを開示し、相手が求めるものを把握するために問いかけること。オンラインでもオフラインでも、コワーキングスペースでも会社という組織でも、そのキャッチボールが重要なのは共通している。何を求めているのかが分かるからこそ、声掛けもしやすくなるのである。
居心地のいい働く場所づくりは、問いかけから始まる
2つのワークの後、最後に鬼頭さんからのコメントで授業は締めくくられた。
“他の人に聞くと、自分からは出てこないアイデアや、全然違う答えが出てきます。”
自分の前提とは異なる考えを持つ多様な他者と一緒に働く場だからこそ、相手が何を求めているのかを問いかけること、それと同じように、自分の仕事の強み弱み・快不快などの自己開示をしておくこと。リモートワークがこれから普及・定着していくことが予想される中で、そんなキャッチボールをする時間をあえておこなうことが、多様な働き方が広まっていく中で、お互いが孤立せずに、心地よく働く重要なキーになってくるのかもしれない。
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<授業概要>
「わたしの求める『仕事をする場所』のカタチ」
https://www.shibuya-univ.net/classes/detail/1539/
主催:特定非営利活動法人シブヤ大学
開催日:2020年12月17日(木)19時半~21時半
講師:鬼頭 佳代 氏(編集者・ライター/コワーキングスペース「Contentz」管理人)
参加方法:オンライン