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Jul.

2024

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24 Dec. 2020

誰もが自然に歩ける世界を目指して。BionicM CEO 孫小軍さんインタビュー

世界最高峰のデザイン賞のひとつである「Red Dot Award」。その「デザインコンセプト部門」にて、52の国と地域から集まった4,170点のプロダクトのなかから、日本のとあるベンチャー企業が最高位の「Luminary」を受賞しました。

(Red Dot Award 最高賞「Luminary」ノミネートページ。)


 “従来の義足とは全く異なる自然な歩行感覚を得ることができる。さらに、その外観はファッショナブルで、ユーザーに自信を与える。”

と絶賛され見事受賞したのは、Robotic Prosthetic Knee = 通称”パワード義足” 。東大発のベンチャー企業”BionicM”が、最先端のロボティクス技術を活用して開発した、今までにない高性能の義足です。従来の受動式や電子制御式の義足とは異なり、多数のセンサーやモーターを搭載することで、日常生活の様々なシーンでユーザーの歩行を自然にアシストすることを可能にしています。

従来の義足とは全く異なるコンセプトで開発が進められている、異色の“パワード義足”。第一弾の記事では、その技術のユニークさや実用化に向けての展望について、代表の孫さんにお伺いしました。今回は、その技術とデザインとを貫くBionicMの思想について、そしてBionicMが目指す理想の世界についてお伺いしていきます。

 

(中央:BionicM 孫 小軍さん 右:筆者)

 

#隠す義足から見せる義足へ

まず孫さんは、今回の「Red Dot Award」の受賞のポイントは大きく2つあったと語ります。

「一つはやっぱり技術ですね。膝から下の限られたスペースの中に、人間の動きを制御する全ての要素を入れるという難しいチャレンジを評価してもらったと思います。そしてもう一つはデザイン性。今まで義足のコンセプトって、基本的にズボンの中で隠せばいいという想定なので、格好悪いんですよね。あるいは、人間の皮膚みたいなテクスチャーをつけていたりとか。我々としては、人間を再現するというよりは、ロボットの要素も入れながら、機械と人間を融合するようなデザインにこだわっています」

(BionicMのパワード義足。)

 

ただ歩けるようになる、ということを超えて、どうしてそこまでデザインにこだわっているのでしょうか。その背景には、孫さんの「義足を見せるものにしたい」という想いがこもっています。

「見せる義足を作っている。私も含めて多くの義足ユーザーは、夏でこそ短パンをはきますが、普段はまだ長ズボンなんですね。見せたくないと意識してしまって、いろいろ工夫しているんです。そんななかで、あえてファッションとして、個性のひとつとして見せてもいいんじゃないか、と思える義足にしていきたいなと思っています」

 

孫さんは、義足ユーザーが義足を隠したいと思う、その気持ちにも踏み込んでいきます。

「もちろん、義足を隠すことを自分の生活スタイルの一つとして捉えている人もいますが、義足を自分の弱みだと思って隠している人もいます。そういう人に、無意識に、自分の足、自分の一部として認めて、生活していただきたい。障害を無くしていくのは難しいと思うんですけど、障害の意識を減らすことはできるかもしれない。少しずつ普段の生活で無意識になっていって、気づいたら自分は義足を使っていた、というような世界を実現できたらと思います」

 

#まずゼロにしたい

障害の意識を減らす。それを別の言葉で孫さんは「ゼロにすることだ」と語ります。

「メガネに近いイメージです。昔は目が悪いことが障害だと思われていたのが、今では目が悪くない人も、かっこいいからとメガネをつけたりする。我々はまず、障害の意識をできるだけ減らして、まずゼロにしたいと思っています。」

障害の意識なく、自由に移動でき、自然に生活が送れること。当たり前のようで、実はとても高度なその「ゼロ」に、BionicMは挑戦しています。

「ほんとにゼロが難しいんですよ。人間の足は本当にすごくて、限られたスペースですごいパワーを出す。義足では、まだゼロに持っていく手段がないんですよね。我々はまず、その一つの選択肢を提供する。もちろんそれ以外の選択肢もでてきて、ユーザーがもっといろいろな選択肢が選べるようになるといいなと思います」

(Red Dot Award コンセプトムービー。開発風景や実際の歩行シーンが見られる。)

 

#人間は自分の足で歩きたい

BionicMのMは、”Man”と”Mobility”のダブルミーニング。モビリティ、という言葉は、今後の社会を構想する上での一つのキーワードにもなっています。

自身も幼少期に足を失い、松葉杖や義足を活用して生活してきた孫さんは、モビリティについてどう考えているのでしょうか。

「我々は目指しているモビリティは、自分の足で歩く、というところがひとつ大きなポイントだと思っています。たとえば車椅子に乗っても生活はできますが、歩いていないといろんな病気になったりしますよね。また、バリアフリーの課題もまだまだあって、誰かに助けてもらえないと行けないところがたくさんある。そういう意味でも、自分の足で歩くことは重要だと思っています」


自力で歩ける、移動できるということは、精神的にも重要だと孫さんは語ります。

「これから、いろんなメーカーがパーソナルモビリティを開発したり、もっと車椅子が進化したりして、ほとんどの場所に歩かずに行けるようになるかもしれません。でも、どんな便利になっても、できれば人間は自分の足で歩きたいというのが、根本的な願望、一番やりたいことなんじゃないでしょうか。ここ最近も、テレワークで毎日家で仕事をしていましたが、ああつまらないなと思いました。出社して仕事して、夜は家に帰るというのが、実はすごく重要だったのかなと。移動することを、人間は求めているんです」

 

いつでも、どこにでも歩いていける。自分が歩きたいように、自由に歩ける。そんな普遍的な”モビリティ”を、今後はもっとたくさんの人に提供したいと孫さんは言います。

「今は、下肢切断者のモビリティを拡張する義足をつくっていますが、今後はもっといろんな人の”歩くこと”を支えていくモビリティカンパニーになっていきたいです。たとえば”もっと早く走りたい”とか、”もっと楽に歩きたい”とか。外出が遠のいていた高齢者の人が、我々の義足をつけて、どんどん外に散歩するようになったりとか。いろんな人が自分の足で、いろんなところに歩いていけるようになると、すごくいいなと思います」

 

#困難があるからこそ面白くて、戦っていける

幼少期に足を失いながら勉学に励み、日本に留学。一度はメーカーに就職しながら、大学に戻ってベンチャーを立ち上げ。そんな数々のチャレンジに対して、孫さんはどんな気持ちで向き合ってきたのでしょうか。

「考え方を変えること、マインドチェンジですね。9歳で足を切断して、田舎に住んでいるのに農業もできなくなって、将来どうしたらいいか見えなくなりました。絶望しかなかったですが、たとえば自分は勉強したらなんとかなるんじゃないかと思って、勉強を頑張って大学に入って留学することができた。もちろん今も、経営をやっていくなかで思い通りにいかないところがたくさんあります。でも、困難があるからこそ面白くて、戦っていける。挑戦できることは重要だと思っています。何かあったときも、マインドチェンジして、ポジティブに捉えて、戦っていくことを考えています」

 

BionicMが描く”誰もが自分の力で自由に歩ける世界“は、どんな困難な状況も諦めずに自分の力で切り開き、前に向かって歩き続けてきた孫さんだからこそ描けるビジョンなのではないかと感じました。

「今まで苦労して生活してきましたが、今度は自分が、この社会で苦労している、困っている人たちに対して何か手助けができないか、と常に考えています。自分は移動で苦労してきたので、多くの人に私たちの義足を使ってもらって、移動をもっと便利にできるといいなと思っています」

(サイバスロン BionicMチーム。一列目の左端が孫CEO。)

 

BionicM:http://www.bionicm.com/

執筆者 野村隆文

取材・文: cococolor編集部
Reporting and Statement: cococolor

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