パラスポーツの発展とともに歩む人生〜パラ水泳・鈴木孝幸選手〜
- 共同執筆
- ココカラー編集部
パラアスリートや、パラスポーツを支える人たちに取材し、彼らと一緒に社会を変えるヒントを探るシリーズ「パラスポーツが拓く未来~パラスポーツ連続インタビュー~」。第9回目は、パラリンピック5大会出場のパラ水泳のエース・鈴木孝幸選手に聞きました。
パラ水泳 鈴木孝幸選手
静岡県出身/6歳から水泳を始め、高校3年生で日本代表としてアテネパラリンピック出場。東京2020大会までパラリンピック5大会に連続出場。東京2020大会では男子100m自由形の金メダルをはじめ、出場5種目すべてでメダルを獲得。現在IPC(国際パラリンピック委員会)アスリート委員。
■イギリスでトレーニングし、目指した金メダル
2013年からイギリスに活動拠点を移し、
自身のトレーニング環境を向上させた
活動拠点を日本からイギリスに移したのは、ロンドンパラリンピックが終わったのをきっかけに、自分のトレーニング環境に変化をつけたいと思ったからです。ちょうどその時、イギリスで見てくださるコーチが見つかったので、イギリスに短期留学することを決めました。
当時、日本では仕事を終えてからトレーニングに行ったり、ケアを受けたりしていたんですが、それぞれが違う場所にあるので車で移動しないといけません。イギリスでは、大学の同じ建物の中にプールやジム、ケアを受ける施設などがあり、移動の面で非常に楽でした。パラアスリートも健常者と同じ環境で同等のトレーニングができる環境づくりが進んでいました。
留学期間を延ばし、イギリスでのトレーニングに専念
自分を見てくださるコーチが大学の水泳部のヘッドコーチをされていたので、練習は大学の方でさせてもらい、縁あってその大学に入学し、興味のあった「スポーツマネジメント」を勉強しました。
イギリス滞在中に迎えた2016年のリオパラリンピックでは、メダルが取れませんでした。でも、滞在期間が2018年の卒業まであったので、その2年間で、リオパラリンピックで見つかった改善点を克服して、自分がメダル圏内に入れたら東京2020大会を目指そうと思っていました。
大学は2018年に卒業を迎えましたが、そのままイギリスのトレーニング環境でしっかりトレーニングをして東京2020大会を迎えたいという思いもあって、大学の修士課程へ進み、いまは博士課程に在籍しています。
■東京2020パラリンピックを振り返って
13年ぶりに手にした金メダル
「スポーツとして面白い」と多くの人に見てもらえた実感も
イギリスのコーチのもとでのトレーニングにより、2018年になって平泳ぎのタイムは改善し、さらにはクラス分けの変更があって自由形でもメダル圏内に入ってきたので、東京2020大会を目指すことにしました。その結果、目標としていた自由形3種目と、平泳ぎ、個人メドレーの5種目すべてでメダルが取れ、非常にうれしく思っています。
それとともに、今回の東京2020大会では「スポーツとして面白い」というパラスポーツの魅力も伝えられました。特にパラ水泳は、パラスポーツの競技の中でも道具を使わない競技として、選手の持っている力を最大限に生かして競うところが魅力だと思います。一見、「この人たちが同じクラスで競技するんですか」というぐらい障がいが異なる人たちと競技をする。それが、実際に泳ぐと最後は0.1秒を争うようなレースになる。そういうところが見どころなんです。
常々思っていたのは、「パラリンピックも、オリンピックのように見て欲しい」ということですが、今回、それがある程度、実現できたのかなと思います。多くのメディアが長時間報道してくださったので、パラリンピックのクラス分けや、それぞれの競技の特色などを、しっかりと伝えてくださった。何も知らずにパラスポーツの競技を見るよりも、一歩踏み込んで楽しんでもらえたと思っています。
東京2020大会の盛り上がりを
選手の立場から、さらに発展させたい
東京2020大会後に、インスタグラムのフォロアー数は約4倍に。自分のウェブサイトやフェイスブックにもたくさんコメントをいただけて、多くの方がパラ水泳やパラスポーツに興味を持ってくださっていることを実感しました。
このような盛り上がりを一過性にしないために、パラリンピックの後に日本パラ水泳選手権大会がYouTubeで配信しました。自分が発起人となり、放送席には日本パラ水泳アスリート委員会のメンバーに集まってもらいました。自分は進行役を務めたのですが、競技の模様を見ながら選手がパラ水泳の解説や東京2020大会での話をしたりして盛り上げました。その配信を見て、競技だけでなく選手たちのトークを楽しんでくれた方も多かったようです。
今後について、3年後のパリのことは、まだまったく考えていません。ひとまず来年の世界パラ水泳選手権大会とアジアパラ競技大会を目指そうと思っています。また今回、国際パラリンピック委員会のアスリート委員に選出していただいたので、アジア圏のパラスポーツの発展と、パラスポーツのトピックである「クラス分け」にかかわっていきたいと考えています。
■イギリスと日本の社会環境の違い
障がい者の暮らしやすさを考えると
日本はハード面が充実、イギリスはソフト面が心地いい
先ほど、イギリスでの練習環境について紹介しましたが、日常生活におけるイギリスと日本の違いで言うと、まず日本の方が、街がきれいです。そして、エレベーターやスロープがほとんどの施設で付いています。壊れにくいし、壊れてもすぐ修理に来てくれます。私が住んでいた、イギリスのニューキャッスルの方では、街が汚くてゴミが普通に捨ててあり、瓶を多く使うので瓶の破片が結構落ちていて、よく車いすのタイヤがパンクしてしまうことがあります。
イギリスでは、「助けがいる/いらない」といった健常者と車いすユーザーとのやり取りがあくまでも自然に、本当に会話の延長のような感じで声をかけてくれます。日本では、声かけに勇気がいると感じる人や、声をかけたら引き返せないと思ってしまう人も多いのではないでしょうか。手助けを申し出られた車いすユーザーが「大丈夫です」と答えても、「いやいや」と言って車いすを押そうとしてしまうとか。どこかぎこちなさがあって、それが結局、ちょっとしたバリアに感じられる時もあります。
イギリスでは、障がいがあっても
健常者と同じ舞台で活躍できるシステムが進んでいる
イギリスでは、インカレのような大会に障がい者も出場できます。「マルチ ディスアビリティ システム」という、異なる障がいのクラスの選手が一緒に泳ぐポイント制レース(※各クラスで世界記録からどれだけ離れているかでタイムをポイント化し、そのポイントによって1位、2位と順位を決めるシステム)があって、そこでの成績がインカレのポイントになります。そのポイント獲得のために、大学もパラアスリートを欲しがるというシステムが出来上がっています。これは日本にはないシステムです。
ポイント獲得に貢献できるとなると、大学から奨学金をもらえます。私も在籍する大学から奨学金をもらっていました。自分の場合は、ほかにも大学のスポーツ施設の使用がすべて無料でした。トップ選手専用のジムも使えます。また身体セラピーを受けられるとか、さまざまな特典があって、若手選手が育ちやすい環境がありますね。
また、イギリスでは、パラリンピック以外のパラスポーツの競技会もテレビ中継があったり、メディアの報道のキャスターや天気予報士にも、障がいのある方が起用されています。障がいのある方が常に目に触れるような環境がイギリスにはあります。日本もこれから、そういう環境が広がっていくといいなと思います。
■パラスポーツの発展とともに歩む人生
パラリンピックはきっかけであって、
そこから発展させていくことが大切
2021年9月21日、文部科学旧庁舎内にてオリンピック・パラリンピック日本代表選手団を対象に文部科学大臣顕彰及び表彰式が行われ、鈴木選手はパラリンピック選手代表として登壇。
障がい者の方々には、パラリンピックを通じて「自分もパラスポーツにチャレンジしよう」となってくれるとうれしいです。健常者の方々には、引き続きパラスポーツの大会やその報道を見てもらったり、テレビ番組でも障がい者の起用を増やしていただきたいと思います。そういうところから、少しずつ障がい者とか健常者という垣根をなくしていきたいですね。
そして、パラスポーツに興味を持ってくださった方に次に期待するのは、たとえば、ボランティアとしてパラスポーツの国内大会をサポートしていただいたり、パラスポーツの競技団体は人材不足だったりするので、競技団体のスタッフとしてお仕事をしていただくなど、それらが第一歩になるのかなと思います。
あくまでもパラリンピックはきっかけであって、そこから発展させていく。一過性にならないようにすることが非常に重要だと思っています。
特に、子どもたちに期待
その子どもたちに対して何かをやってみたい
子どもたちは、頭で考える前に感覚的にものごとをとらえる部分があります。そうした子どもたちに対して、何か普及活動をしてみたいです。子どものうちに、障がいのある子どもたちやパラスポーツに接すると、感覚的に障がい者とか健常者という区分けをしないような価値観をもって成長できます。そうすると、今後の共生社会においても非常に役に立つと思います。また、障がい者に対する理解や関心を持ってもらうことにもつながります。
自分も健常者が通う公立の小学校、中学校に通っていましたが、その時の同級生の中には、僕と知り合ったことがきっかけで福祉の道に行ったとか、その方面で仕事をしている人もいます。身近に障がい者がいる環境は、「障がい者を知るきっかけ」にはなるのかなと思っています。
最後に自分個人としては、これからの人生もずっと体を動かすことを大切にしていきたいです。たとえば、健常者でも高齢になり足腰が弱ると車いすに乗ったり、できないことが増えたりします。自分は、ただでさえ障がいがあるので、運動をしないと人の手を借りるのが早くなるでしょう。なるべくそうならないように、競技生活が終わっても運動を続け、しっかりと体力はつけておきたいと思っています。
――――――
東京2020大会で、13年ぶりに金メダルを獲得した鈴木選手は、アスリートとして結果を出すことにこだわり続けるとともに、IPC委員になるなど世界のパラスポーツ発展に力を注ぐエネルギッシュな姿勢が印象的でした。また彼から見た、イギリスと日本の障がい者を取り巻く環境の違いも興味深く、それぞれの国の文化的背景を考慮しつつ、良い取り組みをアスリート自身が発信してくれることは重要だと感じました。
《参考情報》
・鈴木孝幸選手 公式情報
Instagram:https://www.instagram.com/taka_suzuki_ofcl/
取材・執筆:桑原寿、吉永惠一、斉藤浩一
編集:八木まどか
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