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Nov.

2024

interview
13 Aug. 2014

バリアも楽しむ旅をみんなで 〜バリアフリー観光の描く未来〜

<バリアを楽しむバリアフリー観光>

 「旅行は、行きやすい場所が楽しいとは限らないんですよね」

インタビューはそんな意外な受け答えから始まった。「バリアフリー観光」を促進しているNPO法人・伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの事務局長、野口あゆみさんの談だ。

「何もかもスムーズにいくより、何かハプニングがあった方が思い出に残ります。たとえば登山は、バリアがあるからこそ行きたいと思う人が多い。汗をかいて登った後に見る景色は格別だからです。障がい者の人たちにも、そういう見方で旅行してもらいたいんです」

バリアを楽しむバリアフリー観光とは、一体どんなものなのか。日本バリアフリー観光推進機構のパンフレットには、たとえばこんなアクティビティが並んでいる。

 ・座ったままでも寝たままでも乗れる犬ぞり体験(カムイ大雪バリアフリーセンター)
 ・車椅子の人でも楽しめる人力車(東京バリアフリーセンター)
 ・水陸両用の車椅子で海水浴(伊勢志摩バリアフリーツアーセンター)
 ・サンドバギーで砂丘を体感(トラベルフレンズ・とっとり)

バリアを無くす対応によって障がい者の旅をお膳立てするのではなく、必要なバリアはそのままに、情報や受け入れ体制などのソフト面を工夫する。すると、それまで障がいを理由にあきらめていた旅行が、自発的に楽しめるものへと変わってくるのだ。

「昔は障がい者が旅行先を選べなかったんです。障がい者はここ、と言われるがまま観光せざるを得なかった。でも旅行というのは、どこに行こうか考えるのが楽しいんです。本人が選べるというのが一番重要。そして同行するご家族も同じく楽しめないと、次の旅行にはつながりません。障がい者のためではなく、みんなで楽しめる旅行でないと長続きしないんです」

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鳥羽駅すぐにあるNPO法人伊勢志摩バリアフリーツアーセンター

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事務局長の野口あゆみさんは、車椅子生活を送る現在の旦那さんに恋したことが全ての始まりだったと語る

 

<全国に広がるパーソナライズされた旅行>

 日本バリアフリー観光推進機構は、障がい者や高齢者への観光案内を一定のサービス基準に統一するために組織された。2002年に設立した伊勢志摩バリアフリーツアーセンターを発端に、2014年7月現在では北海道から沖縄まで18の団体が加盟している。そこでは、旅行の目的だけでなく、障がいの程度や状態、普段の介護環境、家族構成、得意なことや不得意なことといった情報が、旅行希望者から詳細にヒアリングされる。スタッフはそれらの情報をもとに、その人がどんな場面で困るかを想像した上で必要なサービスや情報を手配する。やりとりの間に交わされるたっぷりの雑談も、ニーズを把握するためには欠かせない。

とことん旅行者の要求に合わせるこのやり方は、「パーソナル・バリアフリー基準」と呼ばれている。一度センターを利用した人には「旅のカルテ」がつくられ、次回の旅行先でも活用される。日本バリアフリー観光推進機構は、こうした旅行を提供できるセンターの普及に励んでいる他、全国2千を超えるバリアフリー施設を自由に検索できるウェブサイトの運営も行っている。

6月に北海道で開かれた第4回バリアフリー観光全国フォーラムでは、各地の様々な取り組みが紹介された。たとえば島根県にある松江/山陰バリアフリーツアーセンターでは、視覚障がい者が目的地の方向を知るのに便利なiPhoneアプリ「てくてくナビ」を企画開発。iPhoneを持って360度ぐるり回ると、目的地の方向でスマホがブルブル震えるそうだ。カーナビのように道案内をしてくれるわけではないけれど、視覚障がい者にとっては自分がどっちの方向を向いているかが重要な情報源だという。

「本来は人が声を掛け合って助けるのが一番です。でも別のアプローチとして、このような支援ツールがあると有益かなと思ってつくりました」と代表の川瀬篤志さん。

個々人に合わせた“使える”情報の提供が、旅をより豊かなものにしてくれるのかもしれない。

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二見シーパラダイスでアザラシにタッチ

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鳥羽水族館もバリアフリー観光先として人気(いずれの写真もNPO法人伊勢志摩バリアフリーツアーセンター提供)

 

<バリアフリー化は、双方の交わる場所で起こる>

 旅行者のニーズに合わせて観光地や宿泊先を斡旋するバリアフリーセンターでは、各施設にバリアフリー化のアドバイスをすることも重要な役割だ。

「障がいというのは、種類によっても程度によっても様々。バリアだと感じるものも障がい者によって全く違います。ですから、たとえ最新のバリアフリー設備を導入したとしても、多様な障がい者が来れば『この施設はバリアフリーになっていない』ということになってしまうんです」。

そこで各地の相談センターでは、専門員と呼ばれる地元の障がい者が、施設やホテルのバリアフリー調査を行っている。専門員は車椅子の人や杖の歩行者、視覚障がい者、聴覚障がい者など多様な人が数名でグループを結成。施設の使い勝手や従業員の対応、ドアの幅、トイレの大きさ、段差などを徹底して調べ評価し、施設にフィードバックするのだ。

伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの理事長を務める中村元氏の著書「恋に導かれた観光再生」には、こんな記述がある。

“(前略)専門員たちは旅館経営の苦労も心得ているし、そもそも完全なバリアフリーなどあり得ないことを知っている。だからほとんどのアドバイスが、本格的な工事などしなくても劇的にバリアフリーになる目から鱗の方法や、人的ソフトとなる従業員の立ち振る舞いに関するもので、伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの評価を受けた旅館は、その後めざましい勢いでバリアフリー対応ができるようになっていく。”

「バリアフリー化=お金がかかる」というイメージを持たれがちだが、必要なのはユニバーサルデザインへの大規模な改修ではなく、「受け入れる気持ち」なのだ。

同時に、欠かすことのできないバリアフリー化を促す戦略がある。それは、実際に障害者をお客さんとして施設に連れていこと。

「バリアフリー化を声高に訴えるのではなく、障がい者にお客さんとしてどんどん行ってもらう。それで必要性を感じれば、施設は自発的に動いてくれます。逆に障がい者の人たちには、バリアフリーにしてほしいからこそ街に出ようと、外出を促しています。バリアフリーになったから街に出られるというのではなく」。野口さんはそう語る。

その効果かどうかは分からないが、伊勢神宮で無料レンタルできる車椅子は、貸し出しを始めた30年ほど前の5倍以上に増えた。現在、伊勢神宮では砂利道でも走行可能な車椅子を、電動と手動合わせて34台用意している。昨年の車椅子での参拝者数は、約2万5千人。介助者や家族も含めると倍以上になる。

今、伊勢志摩の観光地では、車椅子の旅行客を見かけない日はない程だ。

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伊勢神宮の無料レンタル車椅子はタイヤが太く砂利道走行も可能

 

<「当たり前」の意識を変える>

 伊勢志摩バリアフリーツアーセンターが設立されて12年。その間の変化を野口さんは次のように振り返る。

「最初の頃は歩ける高齢者からの問合せが多かったんですが、近年は重度の障がい者や高齢者が増えています。中には介護用ベッドをレンタルしてホテルに持ち込む人もいますよ」

センターへの新規問合せ件数は、月に数件だった当初からぐんぐん増え、一昨年度は約400件、昨年度は約800件と倍増した。「100%当事者目線の情報発信」が、少しずつ、確実に社会に浸透してきている。

「障害のある人にとって一番信用できるのは、自分と同じ立場の人の意見なんです。バリアフリー観光を経験した人が自ら発信することで、背中を一押しすることも大事だと思います」と野口さんは言う。

また伊勢志摩バリアフリーツアーセンターが行ったヒアリング調査では、「障がい者もお客様というのは当たり前」という商店主の意見が増えているそうだ。伊勢志摩を訪れた障がい者からも「普段は介護者が声をかけられて自分は無視されることが多いけれど、ここでは自分が直接勧誘されて嬉しかった」という声が寄せられている。

2020年にはパラリンピックが開かれる。その振興を担うのは、これまでの厚生労働省ではなくオリンピックと同じ文部科学省だ。障がい者スポーツは今後、リハビリと同じ福祉分野の事業ではなく、アスリートを育てるスポーツ事業として促進されることになったのだ。

野口さんは期待する。

「オリンピックとパラリンピックが少しずつ近づいて、いつか同じように楽しめる日がきたらいいなと思います。障がい者自身も、パラリンピックの選手は特別だと思うのではなく、あきらめずに努力すれば選手になれるかもしれないと夢見てほしい。自ら旅行に出かける障がい者が増えたことでバリアフリーが進んできたように、今度のパラリンピックも、障がい者の意識が変わることで社会全体が変わるきっかけになればと思います」

世界中から集まる多様な観光客に向けて、日本の文化や歴史の随を楽しんでもらえるような受け入れ体制づくりも進めていく予定だ。

取材・文: kano
Reporting and Statement: kano

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