視覚障害者といっしょにフリークライミング。見えてきたことは?
- 共同執筆
- ココカラー編集部
<見えない壁は、どこにある?>
大小さまざまのカラフルな物体が壁面に敷き詰められた、都心のビルの一角。このフリークライミング施設で、毎月一回の月曜日にあるイベントが開催されています。その名も「マンデーマジック」。視覚障害者と一緒に、誰でも気軽にフリークライミングを楽しむ交流体験の場です。参加者は、視覚障害者や健常者、そして聴覚障害を持った人までさまざま。背中に手製の名札シールを貼り、ペアやチームを組んでクライミングを楽しむ姿は、真剣ながらとても楽しそう。「こんな風に賑やかなのも、このマンデーマジックの特徴なんですよ。通常、クライミングは黙って黙々と登ることが多いですから」。参加者がそう語るように、会場には常に笑い声や互いを応援し合う声が響き渡っています。
相手が見えているか、聞こえているかに関わらず、教えようとすると思わず手や声がでる
フリークライミングは、道具に頼らず、自分の手足や技術を使って岩を登るスポーツです。インドアの場合は人工のホールド・スタンスと言われる、手がかりや足場として使われる物体が壁に設置され、それを頼りにクライミングを楽しみます。難易度がシールの色の違いによって設定されていて、競技者は、同じ色で指定されたホールドを伝いながら、スタートのホールドから上部のゴールを目指すのです。ホールドの色や形、位置を見て、ゴールへの道のりを決める。視覚に頼るところが多いように思えるこのスポーツを、視覚障害者とともに競技することにはどんなチャレンジがあるのでしょうか。
コミュニケーションしやすいように、参加者は背中に、特徴によって色分けされた名札テープを貼ることになっている
<「操る」ではなく、「応援し合う」>
「見えている人はつい、登り方まで指示したくなってしまいます。けれども私たちは、その方法を決めるのは本人であるということを前提に、一緒にフリークライミングを楽しむ方法をお伝えしています」。こう説明するのは、イベントを主催するNPO法人モンキーマジック事務局の大谷剛志さん。マンデーマジックでは、視覚障害を抱えた人が健常者と一緒に楽しめるという「一緒に」の部分を大切に、その秘訣を参加者に紹介しています。
例えば、次に掴むべきホールドの方向(H)は、自分の身体から見て何時の方向にあるかを示す「クロックポジション」という方法で伝えます。そして、ホールドまでの距離(K)がどれくらいあるか、最後に、ホールドの形(K)はどんな風か。この3つのポイントを、モンキーマジックではHKKと名付け、初めて参加する人たちに講習を行っているのです。足場を伝えようとして、登っている人の身体に突然触ったりすることはNG。あくまでも本人が主体的に楽しむことを支えあうとことがポイントなので、思わず手が出てしまうところを、ぐっと我慢することも必要です。
HKK講座は、目の見えない人、耳の聞こえない人にどう伝えたらいいのか、参加者が自発的に考えるきっかけを与える
視覚障害者といっても、障害の度合いや症状の表れ方は人によって異なります。杉さんとタカさんは、共に視覚障害を持ち、互いを支え合いながらフリークライミングを楽しむ仲間です。
棒を使って、ホールドの位置を確認しながらフリークライミングを楽しむ杉さん(左)とタカさん(右)
病気による突然の失明で障害者となったタカさんは「マンデーマジックがあるお陰で、障害があっても、多くの人たちと出会い、仲間となってフリークライミングを楽しみ続けることができます。健康の維持にもとても役立っています」と感想を聞かせてくれました。健常者だけが使う施設では、必ずしも障害者への配慮がなされているわけではないため、危険も少なくありません。マンデーマジックでは、目が見えない、耳が聞こえないなど、障害を持った人も参加しているという前提が共有されているので、参加者の間に、お互いへの配慮や気遣いが自然に生まれ、誰でも安心して参加できるのです。
視覚障害者の伴走支援活動にも関わっている日比雅子さんは、「クライミングは、障害のある人たちと同等に遊べるスポーツ」という話を耳にして、マンデーマジックに通うようになり、今ではすっかり、活動に魅了されているそうです。「自分よりもうまい障害者の方もたくさんいます。自分が支援するばかりではなくて、そういう方の姿を見て、私も学ばせてもらっているのです」。
手話通訳や画用紙にマジックで文字を書くなど、聴覚障害者に伝える工夫も充実している
<NO SIGHT, BUT ON SIGHT>
フリークライミングは、誰もがその人のペースで楽しみ、挑戦し、成長を楽しむことができる魅力的なスポーツだとモンキーマジック代表の小林幸一郎さんは語ります。「モンキーマジックのイベントには、4歳の子どもから、81歳でフリークライミングを始めたご高齢の方まで、いろいろな人が参加しています。誰にでも平等にスタートとゴールがあり、皆が同じ気持ちで楽しむことができる。一緒に応援しあい、誉め称えあって、仲間として過ごすことができるのです」。
小林さんは28歳で眼病を患い、将来失明すると宣告を受けた後もフリークライミングを続けました。「自分にもできるのだから、他の人にもできるはず」という気持ちから9年前にNPOを設立、視覚障害者のためのフリークライミングの場づくりに励んできましたが、次第に「視覚障害者向けの教室運営」から「仲間をつくって、継続して楽しんでいける場をつくること」が大切だと考えるようになり、活動内容をシフトして、3年前から視聴覚障害者が健常者と一緒に楽しめる「マンデーマジック」を始めたのです。「ここは、交流の場なんです。知らない人同士が出会い、互いに意気投合したら、次にいく約束をする。そうやって、自然につながりの輪が広がっていったらいいと思うんですよね」。
フリークライミングの魅力を多くの人に伝えたいと語るモンキーマジック代表・小林幸一郎さん
小林さんは、2011年にイタリアで初開催された障害者クライミングの世界大会で優勝し、海外メディアにも出演するなど、世界の人たちとの交友も多いですが、日本の視覚障害クライミングは、海外と比較しても進んでいると自負していると言います。「海外ではまだ、目の見えない人が、目の見える人から細かな指示を受けて、操り人形のように競技するやり方が主流なんです。僕たちの目指しているのは、障害があっても、自分でやり方を決めて自発的にできるスタイル。こういう方法を、世界にも伝えて行きたいと思います」。
マンデーマジックが、ザ・ノース・フェイスの協力を得て作成した支援Tシャツには「NO SIGHT, BUT ON SIGHT」という言葉が記されています。ON SIGHTとは、クライミング用語で、一度も登ったことのない領域を一発で登る、一番いいスタイルという意味。「見えないけれど、確かにハードルは高いけれど、それでも自分たちにだってできるんだ」。そんなメッセージを皆さんは胸に抱き、誇りを感じているのです。
日本には100万人を超える視覚障害者がいると言われています。その中には、生まれつき見えない人、狭い範囲しか見えない人、視覚の一部分が遮られたように見える人など、いろいろなタイプの人がいます。それに、視覚と聴覚など、異なる障害を持った人同士が交流する機会は、実はあまりありません。モンキーマジックは、障害者と健常者が交わる場ですが、ポイントは、皆が単純にこの場を楽しんで集まっているということだと、小林さんは言います。
「障害者になった時、僕が周りから聞かせられたのは、これからどうして生きて行けばいいのかという、生活の基本的なニーズを満たすための、気持ちが暗くなるような話ばかりでした。本当は障害者であっても、人として楽しく時間を過ごして暮らしていくということに、もっと関心を向けていっていいはずなんですよね」。
クライミング終了後に開催される「飲み会」はマンデーマジックの醍醐味のひとつ。毎回8割を超える人たちが参加しているそうです。「ここにいる人をぱっと見たら、誰が見えないか、誰が聞こえないかなんて、わからないと思うんです。人は誰でも、気が合う人たちと一緒に過ごしたら楽しいですよね。一人ひとり個性を持った人たちが、隣り合わせて、どうしたら自分の想いが伝わるだろうと考えながら、やりとりを楽しむ。多様性を受け入れる、インクルーシブな社会とは、そういう当たり前のことが基準になっていく社会だと思うんです」。
飲み会の参加率は8割以上。「皆は、ここにコミュニケーションを楽しみに来ている」という小林さんの言葉を実証するショットです
障害のある人を「支援する」という狭い視点からではなく、コミュニケーションを楽しみながら、一緒に挑戦を楽しむという発想でものごとを捉えていく。そうして広がる世界の可能性を、マンデーマジックは教えてくれているのかもしれません。
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NPO法人モンキーマジック http://www.monkeymagic.or.jp
フリークライミングを通して、視覚障害者をはじめとする人々の可能性を大きく広げることを目的としたNPO法人。ロッククライミングなどのアウトドアスポーツの素晴らしさを、視覚障害者などさまざまな人たちに伝えるだけではなく、当事者である視覚障害者や晴眼者(健常者)が一緒にスクールなどに参加することで、視覚障害者や弱視者へのさらなる理解振興を目指している。
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