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22

Nov.

2024

interview
15 Dec. 2020

アメリカで出会った「ダイバーシティと新しい自分」

在原遥子
プロデューサー
在原遥子

日本はまだまだ「多様性を認める社会」とは言えない状況だが、「自由な国」というイメージのあるアメリカでは、大学生はどんな学生生活を送っているんだろう…?今年11月に発売された小説『サード・キッチン』は、アメリカのリベラルアーツカレッジに留学した尚美が主人公。拙い英語では友人もできず、勉強だけに打ち込んでいた尚美がある日出会ったのは、出身地やLGBTQ、経済格差などの様々なバックグラウンドを持つ学生が集まる学生食堂「サード・キッチン」だった。多様性・差別・歴史・アイデンティティ…尚美とともに多くの気付きを得ることができるこの小説の著者、白尾悠さんにお話を伺った。

著者の白尾悠さん。『サード・キッチン』のエピソードはご自身の留学体験をベースにしている。

 

●『サード・キッチン』あらすじ●

都立高校を卒業しアメリカ留学した尚美は拙い英語のせいで孤独な日々。人間関係をあきらめ勉強だけに邁進していたある日、偶然言葉を交わした隣室のアンドレアとともに、さまざまなマイノリティが集まる、ある学生食堂に招かれる。どん底に現れた美味しくてあたたかい食事と人種も性別もバラバラの学生たちが、彼女を変えていく。

 

『サード・キッチン』は、実在します

尚美が4年間アメリカの大学に留学するという挑戦。これは、白尾さんご自身の体験が基になっている。留学を決意した一番の理由は、「思いきり勉強したかったから」。アメリカのリベラルアーツカレッジは専攻を自由に決められることも、魅力だったと言う。「小説に登場する『サード・キッチン』も、モデルがあります。私もそのコミュニティに所属していたんです。マイノリティの中でも『周辺化』された学生たち、例えば非白人のゲイ、途上国からの留学生といった学生たちが多く集まっていたのですが、お互いが支え合い、エンパワーし合える空間でした。場所はリアルに近いですが、多くのエピソードは創作です。日本の読者の方に、尚美の視点を通して、人や出来事との出会いによって心が動かされていく過程を、できるだけ主観的に感じてもらえるようにと考えました」。

尚美が「サード・キッチン」で出会う友人たちは、人種・出身・性も様々。登場人物はもちろんフィクションだがそれぞれモデルがいて、白尾さんの複数の友人の話や当時見聞きした話などを織り交ぜているそう。

「実は主人公の友人であるアンドレア、シャキラ、ミアは今でも仲良くしている親友たちが主なモデルになっているので、とても思い入れのあるキャラクターです」。

 

「無知も無関心も差別」

本作が発表されたこのタイミングで、アメリカをはじめ多くの国で「分断」が課題とされているが、日本でもBlack Lives Matterの問題などにも興味を持つ小さなきっかけになってほしいと白尾さんは語る。アメリカではメディアでの表現も多様性を前提とした表現がなされている一方、日本では特にジェンダーに関する表現が画一的だと感じる場面もあったと言う。「女性に関する表現一つを取っても、『女性はこうあるべき』という社会的規範が透けて見えたり。それでは自分で決めた自分より、社会の要請が重要視されかねないと思うんです。私も、他者に社会的要請を押し付けていないか、自覚的でありたいと思います」。

差別への自覚も、尚美が留学生活の中で向き合う一つの大きなテーマとなっていて、「無知も無関心も差別だって自覚がない人間には、打つ手なし」というセリフも出てくる。物語の中で尚美は、様々なマイノリティ当事者である「サード・キッチン」の友人と関係を築く中で、自分がマジョリティ側としてマイノリティの気持ちや立場に無自覚であったことに初めて気づく。

誰もが尚美のように様々なマイノリティと接する機会を持ちづらい中、日常の中でどうしたら自分が無自覚であることに気付けるのか。「ニュースや日常のやり取りで、よく見ていれば片隅から感じるものがあるのではないでしょうか。例えば外国人実習生の問題も、マジョリティである“日本人”は簡単にスルーできてしまうから、そしてスルーしがちだから、日本の中で起きている出来事なのに見え難い。差別の種は、誰しもが――なんらかのマイノリティであっても――持っていると認識することがスタートかもしれません」。

 

私たちが日々意識できること

『サード・キッチン』を読むと、まるで尚美の留学を疑似体験しているような感覚になるが、日本社会の中でもダイバーシティを大切にしていくには、少し工夫が必要だと、白尾さんは感じている。

「欧米のダイバーシティ教育をそのまま真似るのではなく、日本なりのやり方を模索しないといけないのかな、と。気持ちのプレゼンテーション力を鍛えることは重要かと思います。他者に自分の思いを共有することや、人の話を聞いて一緒に考える機会を作ったり。それから子供たちは大人の言葉の選び方やものの見方など、大人たちの普段のコミュニケーションを見ていますよね。親や周りの大人が自分の中の偏見や思い込みを自覚して、日々接していかなければと思います」。

最後に白尾さんが『サード・キッチン』に込めたメッセージについて伺った。

「マイノリティの立場について考えることやダイバーシティを学ぶことって、堅苦しく考える必要はなくて、単純に『自分と全然違う人と知り合うのは、すごく面白い』ということが伝わったら嬉しいです。他者と関わるのは面倒で大変なことだけど、自分に似た人ばかりと固まるのではなく、自分と遠い人と接することで視野が広がります。そして、人生の大切な人に出会えるチャンスが生まれるんです。その中に、自分という人間を開いてくれる人がいるかもしれません。どんなに違っても、100%分かり合えなくても、人と人とは知り合えるし想い合える。いっとき断絶したとしても、また関係を始められる。そんな希望を書きたかったんです。特に、コミュニケーションが苦手で言いたいことを言えない、そういう方には是非読んでいただきたいです。言葉が通じなくて思いをうまく伝えられなくても、諦めなければ絶対に通じるものはある、と尚美の成長を通して感じていただけたら」。

 

取材:在原遥子、坂野広奈 文・在原遥子

 

『サード・キッチン』河出書房新社 

著:白尾悠 発売日:2020年11月5日

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309029252/

 

取材・文: 在原遥子
Reporting and Statement: yokoarihara

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