ラッシュジャパンのLGBT支援コミュニケーション
- 共同執筆
- ココカラー編集部
英国発フレッシュハンドメイドコスメのLUSH(ラッシュ)がバレンタインデー期間に合わせて展開したキャンペーン「WE BELIEVE IN LOVEキャンペーン- LGBT支援宣言-」が注目を集めました。全国の店舗にて約18,000もの賛同サインを集めて、オンラインで集めた応援メッセージと共にLGBT(セクシュアルマイノリティ:性的少数者)支援に積極的な全国7つの自治体に届けたばかりでなく、自社の人事制度改革にも着手したという同社。それほどまでにLGBT支援に熱を入れる理由はどこにあるのでしょうか?キャンペーンを担当したラッシュジャパンのチャリティ・キャンペーンマネージャー高橋麻帆さん、ブランドコミュニケーションPRスーパーバイザー小山大作さんにお話をお伺いしました。
<「当たり前」かもしれないことを、あえて言葉に>
ラッシュは1995年に英国で創立したフレッシュハンドメイドコスメの会社です。99年に日本で事業をスタートし、現在までに全国に約150の店舗を展開しています。オーガニック(有機農業)やエシカル(倫理的)を意識した原材料の調達や販売にこだわりを持ち、化粧品の動物実験反対キャンペーンなどを長年手がけているラッシュですが、今回は何故「LGBT」という課題に取り組んだのでしょうか。
「ラッシュでは、人・動物・環境がハッピーになることを柱に、自分たちも社会の一員として社会課題に取り組み、よりよい社会を目指していこうという創立者の考えが、本業のスタンスとして社内に浸透しているんです」とチャリティ・キャンペーンマネージャーの高橋さんは語ります。「LGBTの人たちは当たり前に周りにいますし、逆に、他社ではトランスジェンダーの方がトイレに行くのにも困るという実態があると聞いて驚いたこともありました。LGBTの人は日本の人口の約5.2%と言われていますが、実際にはそういう方々が暮らしにくい状況が社会にはまだあるということを実感して、多様性を受け入れることの大切さを、自分たち自らあえて言葉にしていくことに意義があると思ったんです」。
(ラッシュジャパンの高橋麻帆さん(左)と小山大作さん(右))
<社会に向けたメッセージ発信装置>
ラッシュが最初にLGBTのキャンペーンを行ったのは2013年9月。ロシア政府の掲げた反同性愛プロパガンダ禁止法に対して、全世界で署名活動をオンライン展開。翌年1月には同テーマで店舗を活用したキャンペーンを展開。世界中で700万人以上にリーチをし、集まった声は各国のロシア大使館に届けました。3回目となる2015年1月からのキャンペーンでは「どんなカタチの愛も素晴らしい」をテーマに、店舗に設置されたボードに、LGBT支援賛同を意味するハートマークを描いてもらったり、オンライン署名サイト「change.org」で賛同署名を集めることを通じて、「LGBTの人たちが自分らしく暮らせる社会」の実現に向けた声を集めました。時を同じくして東京都渋谷区が同性カップルを「結婚に相当する関係」と認める条例を策定するニュースが発表されたことを受け、渋谷区内の店舗ではLGBTを示すレインボーフラッグを掲げて応援メッセージを発しました。このように、キャンペーンは社会的ニュースともうまく連動し、より一層の注目を集めたのです。
(左:2014年のキャンペーン時の写真)
(右:渋谷区の応援メッセージを込めてレインボールフラッグを掲げた渋谷駅前店)
<店舗がコミュニティになる>
高橋さんは「店舗は最大のメディア」と語ります。「キャンペーンを知って、勇気を出して店舗に足を運び、泣きながらカミングアウトしてくださった方もいらっしゃいました。ほかにも、当事者としての悩みを打ち明けてくださったり、周りで話を聞いていたお客様が一緒に入ってハートマークを描いてくださるといったことも。キャンペーンを掲げたことで、ラッシュの店舗が、LGBTについて安心して共有できる空間になれたことを嬉しく思います」(高橋さん)。
キャンペーンに寄せられたコメントには「自分も、LGBTを含むマイノリティの人たちが生きやすい社会をつくるための一員なのだと気づけた」といった前向きなメッセージも多く、訪れたお客さんから寄せられた温かな反応の数々に、スタッフからも「こういう会社で働けてよかったと改めて実感した」という喜びの声が寄せられているそうです。お客さんに感謝されることが、キャンペーンを支えるメンバーにとってのモチベーションにもつながったのでしょう。高橋さんは「当事者と非当事者が一緒になって行動できる場がつくれたことが、とても大きい」と語ります。
「去年、初めて店舗でLGBTのキャンペーンをした時には、キャンペーンのボードが目立たない場所にしかおいていなくてがっかりしたなどという声も、お客様から寄せられていました。そういった経験から私たちも学ばせていただき、少しずつ改善しているんです」(高橋さん)。ともすれば扱い方が難しいと捉えられがちな社会的テーマも、お客さまやスタッフとのコミュニケーションの場として、自らの姿勢を問い直すきっかけと捉えることもできる。そこに、キャンペーンを成功に導いた秘訣があるのかもしれません。
<「傷つけたくない」気持ちは誰にでもある>
今回のキャンペーンに伴い、ラッシュは人事制度を改革。「LGBT支援宣言」として、異性間の婚姻時と同様、結婚祝い金や結婚休暇を同性間のパートナーにも平等に与えたり、採用時のエントリーシートやWEB新規会員登録時に性別記載を求めることをやめる施策を打ち出しました。これによって、LGBTの取り組みを検討している他の企業にも、具体的なヒントを示せると考えたのです。また、これに伴い、社員の理解度を高めるための社員研修も実施しました。
「昨年は虹色ダイバーシティの村木真紀さんをお招きして店舗スタッフ向けに、今年はLGBT活動家でディズニーリゾートで同性婚挙式をあげられた最初のカップルとして知られる東小雪さん、増原裕子さんを講師に迎え「LGBTとは何か?」をテーマに製造・オフィススタッフ向けに社員研修を行いました。非当事者には、純粋にLGBTのことを知らないという人が多く、研修では『どんな言葉が、相手を傷つける可能性があるか』ということへの関心が高いことがわかりました。講師の方から、例えば男性がリップを探しているのを見て女性へのギフトだろうと決めつけたり、恋人へのギフトと言われた時に異性向けと思い込んだりしないといった、具体的なことをお話いただきました。こういった話は誰にとっても思い当たる節があるようで、LGBTに対する理解がぐっと深まったと、受講者からの反応も好評でした。研修を受けた店長が熱意を持って店舗スタッフに学んだことを伝え、店舗スタッフから『LGBTのニュースを気にして見るようになりました』というメッセージが届くなど、嬉しい報告も受けています」(高橋さん)。
LGBT支援の活動は、社員やスタッフのモチベーションの向上やサービスの質的向上にも結びつき、店舗でのお客様との会話がより一層弾むなど、プラスの循環を生んでいるようです。
(社内研修の様子はマスコミにも公開された)
<社会の一員として行動する>
ラッシュという一企業があえて、LGBT支援の署名を自治体にまで届けるのはなぜなのか。その答えは、自らを「自分たちを取り巻く社会の一員」として位置付けている、ラッシュの企業姿勢にあると言えそうです。社会的課題を解決するためには、人々の意識を変えることに加え、究極的には制度を変えることが必要です。そのために、キャンペーンによる店舗での発信や社内制度改革といったさまざまなアプローチを用いてLGBTを語りやすい場をつくる。そして、集めた賛同署名を、自治体に届けることで、LGBT支援の取り組みを後押しする風潮を社会の中にも打ち出していく。目指す社会の実現に向けて、自らが行動の一翼を担うことが、ラッシュの持つ企業理念として、社員に浸透しているのでしょう。
ブランドコミュニケーションPRスーパーバイザー小山大作さんは「LGBTの取り組みの進む7つの自治体を応援することでが、他の自治体の間にLGBT支援が広がるきっかけになれば」と語ります。一般的に、自治体に声を寄せるのは比較的高齢の市民が多く、若い人やマイノリティの声は届きにくいと言われています。キャンペーンを通じて、こういった人たちの言葉が行政機関に届けられるきっかけが生まれる。ラッシュはそのコミュニケーションの架け橋としての役割を担っているとも言えるのです。企業ならではのスピードや規模感のある動きもまた、社会に働きかける上で機能したポイントと言えるでしょう。国際的にも、地方の自治体での小さな動きがきかっけで、国の制度が改定される流れが生まれるケースは多くあります。ダイバーシティ社会の実現には、行政を含む多様な主体への働きかけも重要な要素と言えそうです。
<当事者と非当事者が心地よく交わる空間を>
「個人的には、当事者と非当事者が一緒になって行動できる場が生まれたらいいと思いますし、店舗はそういったコミュニティが生まれる空間になっていけると思います。今後は今回のキャンペーンのように賛同のハートを描くだけではなく、もう少しお客様同士がつながっていけるようなしくみも考えていきたいですね」と高橋さんは語ります。
「ラッシュは、人・動物・社会をハッピーにすることを信念に、社会問題に対してアクションを起こすキャンペーンカンパニーです」。今年のキャンペーンに合わせ開設したオンライン署名サイトで自らをこう明言したラッシュ。社会に対して問題提起を行い、チャレンジしていく姿勢を見せつつ、人々に受け入れられる言葉とは何なのか。表現やメッセージを巡って、英国本社とかなり議論を交わすこともあるそうです。社会の中でどのような存在でありたいのか。そのためにできることは何か。問い続けながらチャレンジするラッシュの活動姿勢を、ますます注目したいと思います。
参考:キャンペーンサイト:WE BELIEVE IN LOVE
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