篠田真貴子さんから学ぶ~今だから必要な「聴くこと」の価値
- コミュニケーション・プランナー
- 國富友希愛
2021年に日本中で話題になった『LISTEN-知性豊かで創造力がある人になれる』(以下『LISTEN』)の監訳者であり、「社外人材によるオンライン1on1」を通して社員が自らを言語化、自律性を高める支援しているエール株式会社取締役の篠田真貴子さんを社内セミナーにお呼びして、今だから必要な「聴くこと」の価値を教わりました。本記事は、篠田さんのご講演のレポートです。
■聴くはビジネスに効く
はじめに「聴く」「聴かれる」はこれからのビジネスに必須で、学び続ける必要があるスキルです。「聴く」はパフォーマンスに効きます。ダジャレになってしまいますが、聴くは効くのです。と同時に、「聴く」を阻む構造が私たちの社会にはあります。“聴きたい”と思っていても、個人の心がけだけでは乗り越えられないものがあって、その構造を理解することが、聴くが効くための一助となります。現在、私はエールという会社の取締役をしています。エールは「聴くこと」にサービスの中核をおいたベンチャー企業です。キャリアとしては現在6社目で、伝統的な大企業の日本長期信用銀行、外資系の大企業、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレなどを経て、クリエーターが創業者のほぼ日のCFOを務めておりました。こういった全く違うタイプの組織に所属をしてきたことで、組織と人の関係性、そこで生まれるコミュニケーションの違い、コミュニケーション力の評価の違いがさまざまであることがわかりました。「YeLL」では、年間で1万回以上の1on1セッションを 提供してきました。それらの経験を踏まえて「聴く」についてのお話をしたいと思います。
■きくのバリエーション
「きく」にはバリエーションがあります。
1 きいていない
他のことを考えたり、落書きをしたり、聴いているふりをしてメールを返信したりする場合です。
2 きいているようで、きいていない
話を聴いている途中で、次こういうことを言おう!ということで頭がいっぱいになり、それから先、聴くことに集中していない状況です。『LISTEN』の中では以下の事例でご紹介しています。
メアリーの「ずらす対応」では、ジョンの犬の話ではなく、メアリーの“うちの犬”の話に引っ張ってずらしていますね。聴いているようで、聴いていません。ここで在りたい姿は、ジョンの話をそのまま受け止めて、ジョンの犬の話をすることです。他の例で説明すると、上司部下の間で、部下の方がキャリア相談をした際、上司の方が、「あっ!私の(過去の)場合はね…」と自分のキャリアの話にずらしてしまうことがあったりしませんか。そうではない聞き方を次に紹介します。
3 耳を傾ける
キャッチボールを思い浮かべていただくと、キャッチする方の技術によって、キャッチボールの質が変わることが想像できると思います。コミュニケーションも同じで、キャッチする方の技量によって、話の内容が変わってきます。例えば、相手の態度が、けんもほろろだと、話し手も何を言おうとしているのかわからなくなってしまいます。逆に相手の方が、朗らかに聴いてくれていると、話しやすくなることはないですか。コミュニケーションの課題に直面した時、私たちは、「もっとうまく言おう」、よりよく伝えるために「あの人に代わりに言ってもらおう」などと伝えるほうばかりに力を入れがちですが、実は聴くことに力を入れることも大切なのです。
■without Judgementで聴くことの大切さ
耳を傾けるには、二つの「きく」があります。左側の「聞く」(with Judgement)をご覧ください。こちらは、相手の話に対して、判断をしている状況です。一方、右側の「聴く」without Judgementでは、聞き手が相手の話に対して反対意見をもっている場合でも、それを言わずに、つまり判断をはさまずに、話し手の話に興味関心をもち、同じ方向を向いて話を聴いています。いったんは肯定的に聴く、ということです。with Judgementか、without Judgementかは、問い方にも表れます。with Judgementの場合は、「なぜ?」と問いがちですが、without Judgementでは、WHY(なぜ)を封印して、WHY以外の4W1H(何を?いつ?どこ?だれ?どのように?)で問います。そうすると、話し手も、自分では気づいていなかった思考に気づくことができます。具体的なミーティングの場をイメージしてください。with Judgementの会議では、話し手は、自分の主張を聞き手に通そうと話をします。すると、話し手と聞き手のどちらが正しいのか?どちらが会話をリードするのか?ということに引っ張られ、表面にでてきた言葉の戦いなり、互いのどちらの案を採用するかの議論になります。つまり、そこから新しいものは生まれません。逆に、without Judgementの会議では、聴き手は、肯定的な意図がある前提で聴きます。そうすると、心理的な関係性がフラットになり、お互いの意図を受け取り合いやすくなります。そして、それらを、組み合わせて新しい案を出しやすくなるのです。一橋大学の伊藤教授の(※)記事を読んだのですが、伊藤さんは、「対話と会話は異なります。会話が価値観の共有を前提としているのに対し、対話は価値観が異なるかもしれないことが前提です」とおっしゃっています。私はそれを読んで、対話の本質は、対「聴」なのではないかと思いました。(※)https://style.nikkei.com/article/DGXMZO53448460X11C19A2000000/
■聴くのメリット
「聴く」ということをスキルとして身に着けたときには、自分と違う価値観を受け取ることができるようになり、衝動的な反応を抑制できるようになります。聴かれると、聴かれた側の問題解決能力があがり、経験学習が進み、高次の目的と自分のつながりが見いだせるようになるのです。チームが聞き合えるようになると、パフォーマンスがあがることも研究によってわかっています。また、ある実験では、自分と異なる政治的見解に触れた被験者の脳の活動をfMRIで観察したところ、人の脳はクマに襲われたときのような身体的な反応をすることがわかりました。
「聴く」のスイッチをいれることができれば、このような反応から自分自身を救うことができます。経験として「あの人には話しやすい」という感触を得たことがあると思いますが、話しやすい=「聴いてもらえている」という状況であるともいえます。
ヴァンダービルト大学の研究者によると、母親が手を貸したり批判したりせず、ただ耳を傾けると、子どもの問題解決能力が上がることがわかっています。「こうしたほうがいいんじゃない?」という(判断のもと)誘導をせずに、「うんうん、そっかそっか。」と聞いているほうが、問題解決能力が上がるのです。これは大人も同じですよね。聴いてもらえることで、私たちが潜在的にもっている知的能力が発揮されるということです。事実、パフォーマンスが高いチームは、メンバー間の話す量が均等で、非言語コミュニケーションに長けている、というデータもあります。
■聴けない構造
「聴く」にはたくさんのメリットがあり、聴くこと、聴かれること、聴き合うことはビジネスに必須であるという話をしましたが、私たちは「聴く」を教わったことがありません。これまでの社会構造のもとでは、「聴く」はさほど重要ではなかったからです。過去の社会は上下が明確でした。親が上、子が下。男が上、女が下。官が上、民が下。大企業が上、中小企業が下。そういった社会構造においては、情報の流通経路が固定化していきます。ピラミッドの上流から下流へ情報を伝えていくことが重要だったからです。しかし、現在は情報の流れが流動的に変わってきています。親が上、子が下ではなく友達のようなフラットな親子関係、ジェンダー平等、官民協同、大企業とベンチャー企業の取引など、過去とは対照的に、ネットワークの中を情報が往来しています。つまり、上下の流れになっていない情報を主体的に拾い上げる、誰かの中に眠っているものを情報として取り出す、自分が大事だと思っている情報を拾い上げるという、情報の取り方に変化が及んでいるのです。だからこそ、聴く力が必要なのです。過去のパラダイムで教育を受けてきた私たちが、なぜ聴くことのトレーニングを受けてこなかったのか。その理由がこの構造から見えてくるかもしれません。
■賢者の盲点
聴くというスキルが定着しにくいのは、私たちが聴くに関していくつか誤解をしていることにもあります。1つ目は、聴くということを従うことと同義にとらえている。「いうことをききなさい」という言葉は従えという意味を孕みます。例えば、部下に自由に話してもらい何か要望をいわれたら、「その要望をかなえないと上司失格なんじゃないか」という恐れがあるために、聴けないという状況もあると思います。そして2つ目は、聴くは受動的だと思っている。聴くは会話をフォローしているだけ、という捉え方です。さらに3つ目は、聴くは怠慢だと思っている。発言しない人は会議にいなくてよいという態度には、聴く=知的価値が低いという誤解があります。本来、「聴く」ということは、全くそれらの通りではありません。「聴く」と「相手の意図に従うこと」は全く別の概念です。without Judgementをしながら、違う考えを持つことは可能です。聴く態度や問いによって対話の質は変えられます。CIAの採用基準は聴く力であり 、その力 が高い人に難しいミッションが課せられるそうです。つまり、聴くは知性の現れなのです。ビジネスパーソンとして優れているほうに向かおうとすればするほど、聴くから遠ざかる。この賢者の盲点を自覚することができれば、修正は誰にでも可能です。
ここまで、聴くこと、聴き合うことが大切であることを、さまざまな角度でお話してきました。モチベーションや当事者意識は、自分の話をしている、聴いてくれる人がいるときに上がります。「組織に所属したほうが、自分らしくあれる」と信じられる状態を、聴き合う組織ならつくれるのではないかと、考えています。
篠田さんからの参考書籍
『こころの対話25のルール』伊藤守
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000193427
『恐れのない組織』エイミー・C・エドモンドソン
http://www.eijipress.co.jp/book/book.php?epcode=2288
篠田真貴子さん監訳
『LISTEN-知性豊かで創造力のある人になれる』
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-1030038
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