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Apr.

2024

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22 Apr. 2020

全員が目隠し?ユニークなクライミングコンペに潜入

2019年11月9日、クライミングジムNOSE町田店で、「見ざるチャレンジクライミング」という一風変わったクライミングコンペが開催されました。クライミングコンペとは、クライミングの愛好家たちが集まってスキルを競う大会で、全国各地のクライミングジムで開催されています。

この「見ざるチャレンジクライミング」、どこが一風変わっているのかというと、全員が目隠しをした状態でクライミングをするのです。「えっ、目隠しをして登れるの?!」と思うかもしれませんが、もちろん、たった1人では登れません。「ナビゲーター」と呼ばれるパートナーが誘導役となり、ホールド(石)の位置を声で教えることで、クライマーはその声を頼りに登るのです。

 

全員が目隠し!?“見ざる”チャレンジクライミング


実は、この目隠しクライミングの大会を主催しているのは、以前cococolorでも紹介したことのあるNPO法人モンキーマジック。障害の有無にかかわらず、多様な人々が一緒にクライミングをすることで、ユニバーサルな社会の実現を目指している団体です。代表の小林幸一郎さん自身、視覚に障害のあるクライマー。パラクライミング世界選手権で4連覇中という、クライミング界のレジェンド的な存在です。

エキシビションで、約10mの壁を軽々と登りきる小林幸一郎さん。

「見ざるチャレンジクライミング」は、2015年から年に1回ずつ開催していて、今大会で5回目の開催となりました。毎年、参加者は25組ほど。1回目から毎年参加している人もいれば、今回初めてエントリーしたという人も多数参加していました。

基本的に、参加者は2人1組のペアを組んでエントリーします。予選は、ロープを使わないボルダリング。最初にペアの一方の人がアイマスクをして90分間トライし、その後役割を交代して、もう一方の人がアイマスクをして同じく90分間トライします。ペアの一方の人が登る間、もう一方の人はナビゲーターを務めます。ペアのいずれかに視覚障害のある人がいる場合には、ナビゲーターとしてもう1人登録することが可能です。

視覚に障害のあるお父さんと、息子さん2人で参加していた親子。


クライミングでは、壁に設置されたホールドに目印が付けられていて、スタートからゴールまで同じ目印のホールドを辿ります。このスタートからゴールまでの道のりを、課題(ルート)と言います。

制限時間90分×2回の間に登ることができた課題の数がチームのポイントとなり、獲得ポイントに応じて、決勝戦に進出できるチームが決まります。

決勝は、「ボスザル」「大ザル」「小ザル」といった3つのクラスに3チームずつが進出し、トップロープというロープを使ったクライミングで、各クラスの優勝チームを決定します。

 

コミュニケーションによるチームワークが勝敗を分ける


クライマーが登っている間、ナビゲーターがクライマーの体を触って誘導することは禁止されています。クライマーが目隠しをした状態で正しいルートを把握するには、ナビゲーターの声だけが頼りなのです。

登っている間に次の一手となるホールドの位置を教えてもらうことはもちろん、登り始める前にルートの全体像やゴールまでに何手必要なのかを教えてもらうことも、クライマーが登っている最中に無駄な体力を消耗しないための重要なポイントに。つまり、パートナー同士でしっかりコミュニケーションを取ることで、登っている人がまるで見えているかのようにルートを把握できるかどうかが勝敗を大きく分けるのです。


モンキーマジックでは、ナビゲーターがクライマーにルートを教えるときのコミュニケーション方法として、「HKK」というものを提唱しています。

「HKK」とは、「方向(Houkou)・距離(Kyori)・形(Katachi)」の頭文字をとったもの。次の一手となるホールドの方向、距離、形を、ワンセットで伝えるコミュニケーション手法です。方向は時計の文字盤に例えるので、たとえば右真横に手を思いっきり伸ばした場所にある“ガバ”という種類の形のホールドを教えてあげたい時は、「3時の方向、遠目、ガバ」といった具合に声をかけます。


今回はじめて参加した方に感想を伺ったところ、「見えないから思いっきり体を振ることができなくて、じわじわ登らないといけないし、ナビゲーターの指示を待つ間の保持力も必要なので、普通に登るよりもパワーがいると感じました。ナビも難しくて、うまく言葉が出ずに『あとちょっと』とか『もうちょっと』といった曖昧な指示になってしまい、相手に申し訳なかったです。また、自分はこうやって登るけど相手は違う、ということを分かってないといけないと思いました。もうちょっと練習すれば良かったです。視覚に障害のあるクライマーたちは、まるで見えているかのように登るので、その凄さがわかりました。」と話してくれました。

登り方を考えるのはあくまでもクライマー本人ですが、その人の登り方のクセや好みをナビゲーターが把握していれば、よりスムーズに指示を出すことができるようになります。筆者も以前モンキーマジックのイベントで目隠しクライミングに挑戦したことがありますが、自分にとっての「遠目」と相手にとっての「遠目」の距離感が異なるなど、コミュニケーションの難しさを実感したことを覚えています。

 

多様な人がともに楽しめる空間


モンキーマジックが掲げる理念の通り、この大会には多様な人が参加していました。親子や学生同士で参加していた人や、モンキーマジックのイベントを通して知り合った仲間同士で毎年エントリーしているという人、普段からこのジムの常連さんで、たまたまこのコンペの存在を知ったので初めて参加してみたという人も。

弱視のB2クラスの日本代表である濵ノ上文哉さんと、左足に神経障害のあるRP3クラスの日本代表である高野正さんは、なんと日本代表コンビで出場。普段から一緒に練習しているだけあって、ナビゲーターのあやのさんとの息もバッチリでした。クライミングコンペが初めての人から日本代表クラスの選手まで、多様な人が共に楽しめるのもこのコンペの一つの魅力と言えます。

鍛え上げられたJAPANの筋肉。高野さんは、左足のハンデを感じさせない圧巻の登りでした。


また、聴覚に障害のある人も参加していました。聴覚に障害のある人は、アイマスクではなく、光を認識できる程度のすりガラス状の特殊なゴーグルを着けて登ります。ナビゲーターは、レーザーポインターを使ってホールドの位置を照らすことで、声ではなく光で誘導します。

クライマーの顔の前のホールドが、緑色の光で照らされています。


第一回から毎年参加しているという伊藤勝啓さんにお話を伺ったところ、「視界が完全に遮られるわけではないのでその分登りやすいとは思いますが、ホールドまでの距離感が掴みづらかったり、触るまで形状が分からなかったりするので、難しさもあります。」とのこと。聞こえづらい状況で視界まで制限されてしまったら登りづらいのでは…と思いつつ、それでも毎年参加している理由を伺ってみると、「見えない・聞こえないなど関係なくみんな一緒にできることが楽しくて、毎回参加しています。」と話してくれました。

向かって右側が伊藤さん。「手話とクライミングの会」というユニークなイベントも開催されています。


クライミングは、自分ひとりの力で登る個人競技ですが、誰かが登るときには「ガンバ!」と声を掛け合ったり、ロープを使ったクライミングであればパートナーがビレイ(クライマーに繋がれたロープを操作する安全確保)を行ったりと、他人とコミュニケーションを取りながら楽しめる魅力も備えたスポーツです。

「見ざるチャレンジクライミング」は、参加者全員が目隠しをすることで、コミュニケーションスポーツとしてのクライミングをより楽しめる場になっており、また、障害の有無に関係なく誰もが共にクライミングを楽しめる場にもなっていると感じました。

さいごに


クライミングはここ数年で規模が拡大しているスポーツですが、パラクライミングは、その魅力がまだ十分に伝わりきっていない状況です。「欧米に比べて、日本はパラスポーツに対する投資価値が低く見られてしまっている。」と話すのは、日本代表の濱ノ上さん。世界大会に出場する際は、日々のトレーニング費用からナビゲーターの渡航費用まですべて負担しなければならないものの、国や企業からのサポートが期待できる状況ではないため、クラウドファンディングで資金調達を行っています。

まだまだ魅力に触れられる機会が多くないパラクライミングですが、「目隠しクライミング」を通してその面白さとパラクライマーの凄さが体感できる意味でも、この「見ざるチャレンジクライミング」は貴重な場になっていると感じました。

 

筆者自身、パラスポーツとの出会いはパラクライミングがきっかけでした。視覚に障害のある子どもたちのクライミングをサポートするボランティアに参加し、子どもたちが登れなかった時の悔しさや登れた時の嬉しさを共有できること、コミュニケーションもクライミングの一部となっていることが面白いと感じ、その後モンキーマジックのイベントにも足を運ぶようになりました。

モンキーマジックのイベントのように、スポーツを通じて障害の有無や上手い/下手に関係なく多様な人が交流できる場が増えれば、多様な人同士の接点が増えてダイバーシティ&インクルージョンな社会づくりにも繋がるのではないかと思っています。

 

執筆者 杉浦愛実

取材・文: cococolor編集部
Reporting and Statement: cococolor

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