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Dec.

2024

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2 Feb. 2024

社会は変わるのに、どうして漢字は変わらないの?「Living Kanji」展

中川紗佑里
リサーチャー
中川紗佑里

社会は変わるのに、どうして漢字は変わらないの?

そんな問いをデザインで探求したアートプロジェクト、「Living Kanji」展が2024年1月11日〜14日の4日間、下北沢reloadにて行われた。

「Living Kanji」 [@living_kanji]は、日本人アートディレクターの松永美春(ハミ)さん、アメリカ人コピーライターのアダム・ゴッセルフさん、スイス人グラフィック・デザイナーのキアラ・メンドリアさんの、3人のクリエーターによる共同プロジェクト。第一言語も、育った環境も違う、インターナショナルなユニットだからこそ、日本の文化をリサーチする中で、漢字に対する違和感が立ち上がってきたと言う。

左からアダム・ゴッセルフさん、松永美春さん、キアラ・メンドリアさん

 

⁠—— 制作の経緯を教えてください。

ハミさん)アメリカ人コピーライターのアダムが、「日本語の勉強をしていると、漢字の意味が女性を下に見ている気がするんだよね」と話してくれたのがきっかけです。

例えば、英語で兄弟を意味する「sibling」は性別に関係なく使えますし、その他にも「安い」や「女」などの漢字の成り立ちを知ると、女性の価値がおとしめられてきたことがわかります。私は日頃から漢字を使っていて、特に疑問を持っていなかったので、アダムの指摘に「確かに」と驚きました。

漢字は古代に作られたものですが、現代でもジェンダー格差は大きな問題です。だからこそ、「見下す」漢字を「平等」に書き換えられないか、というのが出発点でした。このアイデアは1年前から考えていたのですが、2023年9月から私のところにスイス人のデザイナーのキアラがインターンに来ることになり、せっかくなので3人で何かプロジェクトを完成させようと思い、制作に至りました。

 

—— 漢字の成り立ちを知ったとき、どう感じましたか?

ハミさん)私もキアラもフェミニストなので、この漢字の成り立ちを知ったとき、とてもショックを受けました。そして、リサーチを進めれば進めるほど、これほど深く漢字にセクシズム(性差別)が根を下ろしていることに、とても悲しくなりました。2023年の日本のジェンダー・ギャップ指数は、過去最低の146ヶ国中125位。これはまずいなと感じ、何かしなければいけないと考えるようになりました。

キアラさん)漢字が背負っている性差別的で不平等な考え方を知って驚きました。私にとってセクシズムは我慢できないものです。私は自分のことをフェミニストだと自信を持って言えますし、この保守的で家父長制的な世界をジェンダー平等な社会にしたいと常に思っています。なので、このプロジェクトに参加したいと瞬時に思いました。

 

⁠—— 気に入っている新しい漢字はどれですか? どんな新しい意味を込めましたか?

アダムさん)「女」という漢字は、「Living Kanji」のコンセプトを完璧に体現していると思います。ひざまずいている状態から立っている状態へと進化する様子をシンプルに表現していて、ロゴのように力強く象徴的です。「女」の漢字は、形から意味が理解できますし、非日本語話者にも深く、瞬時に、心に響くメッセージを伝えることができると思います。

ひざまずく女性を象徴している「女」という漢字を、自ら立ち上がり、自分の権利を認識する力がある現代の女性の姿に変えた。青海波柄を使用。

 

ハミさん)私は「好き」の新しい漢字が好きです。「女+子ども=好ましい」というのは男性の視点だなと感じます。今は男性も子育てをしている時代ですし、「男+子ども=男子」という漢字があってもいいのに、なぜ女性なのだろうと疑問に思います。新しい漢字では、「人の心が通じ合う」「心が通じ合うと感じる」という意味を漢字にしました。ARアプリでカメラをかざすと、漢字の成り立ちと作品の制作過程が見られる仕掛けも作りました。

「好」という漢字の意味は、感じがいい、望ましいで、「女」+「子」の会意文字。母親が子どもを抱く姿から「好」という漢字が成立。女性的な意味づけがされている漢字を、心が通うという感じに変換した。桜柄を使用。

 

キアラさん)一つだけ選ぶのは本当に難しいですが、特にLGBTQ+のポスターを誇りに思っています。史上初のLGBTQ+の漢字を作ることは、面白い挑戦であり、インクルーシビティを広めるモチベーションの旅になりました。

「L(レズビアン)」の漢字は女性2人の様子を表している。

 

⁠—— 完成されたビジュアルも、ただのタイポグラフィではなく、とても有機的で面白いです。モチーフなどはありますか?

ハミさん)日本人からすると、漢字は細胞のようなものです。ずっとそこにあり、疑問さえ持たないアイデンティティの一部。その日本人の細胞を更新したいという考えで、生物学からインスパイアされて細胞のような形をしています。さらに、それぞれの新しい漢字の意味に合わせ、日本の伝統的な模様を掛け合わせています。

中国から伝わった漢字は3000年の歴史を経て独自に変化し、日本で現代まで変わらずに使用されています。中国だと新しい漢字が生まれている、と来場者の方が教えてくれることもありました。

漢字の成り立ちから新しい漢字への進化がアニメーションでわかるAR

 

——「Living Kanji」プロジェクトの狙い、見る人に伝えたいことは何ですか?

ハミさん)価値観は更新され、人を苦しめる思想は手放してもいいのだ、ということを伝えたいです。あくまでこの展覧会はスタートであり、ここから世界的に展覧会を計画しています。まずは外国の方に日本の現状を知っていただき、驚いてもらう。そこから日本の人も変だと気づいていく。

ポスターのビジュアルに惹かれ、コンセプトを知ると気づきがあり、人に話したくなる。そんな作品になることを企んでいます。ただのビジュアルポスターではないぞ、と。ジェンダーは他人事ではなく、すべての人間に関係のある話だということに気づいてもらうことで、外と中から日本の価値観を更新していきたいと思っています。

——他の国では、どんな反応があるか楽しみですね。ありがとうございました。

 

小学校で「姦」という漢字を習ったとき、先生が「女が3人集まるとやかましいから」と漢字の成り立ちを説明したことを、未だに覚えている。フェミニズムの視点に触れた今なら、「それってジェンダーバイアスですよね?」と噛み付けるが、当時は「まあ、そういうもんか」と思って素直に覚えた。ただ、漢字帳での反復練習が、ジェンダーバイアスの刷り込みに一役買っていたと思うと、恐ろしい。

「Living Kanji」は、オルタナティブな漢字のあり方を提案してはいるが、新しい「正解」を示しているわけではない。3000年以上も文字の中に潜伏していたセクシズムをクリエーティブな方法で告発することで、このプロジェクトは鑑賞者を思惑に誘う。あなたなら、どの漢字をどんな風に変えたいか。そして、変わらないと諦めていたものが、案外変えられるかもしれない、という希望を示してくれるのである。

取材・文: 中川紗佑里
Reporting and Statement: nakagawasayuri

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