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Dec.

2019

case
3 Oct. 2019

こども食堂って、どんな場所だろう。

國富友希愛
コミュニケーション・プランナー
國富友希愛

大阪市西区にある医療生協ながほり通り診療所。

そこは月に二度、大人も子どもも自由に集える食堂になる。

“ながほりこども食堂”を営む姉川駿一さんと石垣剛さんからお話を伺った。

 

姉川さん(左から4人目)とボランティアスタッフの皆様

 

 

 

■デイサービス、デイではない時間をこども食堂に。

 

もともと、医療生協が経営する小児科メインの地域診療所を、“医療と(患者としての)子ども”それだけの接点にとどまらない地域のための居場所に発展させる可能性を模索していました。そんな中、ある日私自身が妻に、

「休みのときくらい(子どもの)面倒見てくれへん?しんどいねん。」

とはっきり言われたことがあったんです。

そこで、当時“イクメン”がまさに流行っているときだったので、お母さんの自由な時間をつくるために、お父さんと子どもが集い、ともに料理をする(そのあいだにお母さんに休んでもらう)、『キッチンパパ』という場をつくりました。キッチンパパは好評で、地域の人に心地よい居場所として楽しんでもらえていたのですが、ふと、

「お父さんだけでええんかな?」

という考えが、私のなかで生まれました。『キッチンパパ』は、シングルマザーやシングルファザーとして生活している方をゆるやかに排除している、“誰かを取り残している場”であるということに気づいたのです。『キッチンパパ』はやめることにしました。

そして同じ頃、私たちの西区で、ある子どもさんがネグレクトで亡くなりました。

今の西区という地域は、比較的余裕がある地域だと思っていたのに、このようなことが起こる背景には、この街に、社会とのつながりが持てない大人や子どもが、実はたくさんいるんじゃないか?という話が、地域の住民の方から(医療生協の)私に、持ちかけられるようになりました。そこで、『キッチンパパ』を『こども食堂』にしようと思い至りました。ここ(ながほりこども食堂)は、デイサービスを日中やっているため、調理や食事をすることができるスペースがあるので、デイでない時間帯を、こども食堂にしよう。それが、ながほりこども食堂のスタートです。

 

■こども食堂は、だれのものか。

 

こども食堂を営むにあたり、気を付けていることは、“だれでも来られる”こども食堂にすることです。このこども食堂に賛同してくださった地域の方の中から、隠れている子どもの貧困を救いたいという強い思いから、なぜ貧困でない人を受け入れるのか?という辛辣なご意見を頂いたこともあります。しかし、「こども食堂に行っている」という理由で「あの家は貧困だ」と周囲に言われてしまうようなことがあれば、それは本末転倒なんです。こども食堂づくりにおいて、貧困がフィーチャーされないような、すべての人にひらかれた居場所にすることが、ひいては、実際に貧困にさらされる子どもたちやご家庭をインクルージョンすることにつながります。さらに、日本においては、“貧困=お金がない”では、もはやないんです。お金をもっていても、精神的に貧困を感じている子どもがいるかもしれない。家庭に居場所がないことを言えない子どもがいるかもしれない。来てもらっているうちに、私たちが、そのことに気づいて、行政や相談できるプロフェッショナルにつなぐことができればいいと考えています。

食堂以外に、親子で一緒に参加できる体操教室も、定期的に開催していて、例えば産後うつを感じていたり、子育てに不安や孤独を感じている方の、家以外の居場所をつくろうとしています。ビジネスパーソンにサードプレイスが必要であるように、子どもたちにも、専業でお母さんをされている方にも、すべての人にサードプレイスが必要で、僕たちの取り組みがそうなれば本望です。

 

 

■選択肢が増えること。

 

こども食堂の他に、学童保育の運営にも保護者として携わっているのですが、「学童は面白くない(から、行きたくない)。」ということを地域の子どもたちから、聞くことがあります。子どもを“預かるだけ”の場所とならざるを得ない学童も存在し、子どもたちにとっては、それが面白くない場所になってしまっている。一日の生活の延長線上の居場所としての学童が増えれば、そこで過ごす時間がより有意義になると思います。食事も遊びも学びも、子どもにとって、“選択肢が多い”と感じられることが、豊かさかもしれませんね。あるこども食堂参加者のお母さんから、「(こども食堂の存在が)とても助かる、月一回だけでもごはんを作らなくていいのは、本当に助かる。」と言われてみて、はじめて気づいたのですが、お母さんたちにとっては、毎日ごはんをつくることが“負担”にもなっていて、心の豊かさのためには、「作らなくていい日」という選択肢が必要だったと。

 

 

■『助け上手は、助けられ上手』

 

こども食堂をしていて、最も助かっているのは、実は自分自身です。医療機関勤めなので、本来出会える人や職種の方は限られてくるのですが、こども食堂を通じて、ふだんではつながらない人とつながれ、私が一番そのつながりによって、いろんなことを経験させてもらっている。こども食堂を訪れる方、子どもたち、ボランティアの方、たくさんの交流ができることが有難いんです。今私たちは、将来自身が独りで生きる日がきたときに、顔見知りが多くて、住みやすい場所で生活するための土台を、地域の居場所づくりをする活動よって、少しずつ築いている途中にいるのだと思っています。「助け上手は、助けられ上手。」という言葉が好きで、「住みやすくなればいいな」と頭に浮かぶのであれば、自分から「住みやすくしよう」とアクトすることで、街は住みやすく変わっていけると考えています。これからも、地域の人が気軽に立ち寄れる心地の良い居場所づくりを、“お互いさん”で築いていきたいです。

 

「夕食を食べない日がある」

3年前の大阪府の調査で、1.4%の子どもたちがそう答えた。(※)

あなたは、多いと感じるだろうか、少ないと感じるだろうか。

「日本の子どもの7人に1人、または6人に1人が“貧困”である。」

という言葉は昨今よく耳にするが、実際には、とても見えにくい。

スマートフォンは与えられているが、晩ごはんはない。

そのような状況に、何をもって“貧困”とするか、複雑である。

恥ずかしながら筆者は、こども食堂とは、こどもの貧困を解決しようとするための場所だと思い込んでいた。

ちがう。

ごはんを食べ終えたら、また友達と一緒に遊べる。

ママたちは、大人だけで自由におしゃべりをすることもできる。

ぴゅーってきて、ささっと食べて、ぴゅーっと帰ったっていい。

子どもだけで来ることもある。

おじいちゃんやおばあちゃんが来ることもある。

“だれと、どこで、何を食べ、どんな時間を過ごすか”

ひとつの選択が、喜びや幸福感につながる。新しい出会いにつながる。

こども食堂とは、子どもたち、お母さん、すべての人の“選択肢”を増やす場所。

仕事帰りのある夕暮れに、ボランティアの女子高生の方が笑顔で配膳してくださったお食事を、2歳の自身の子どもと一緒に頂いた。

とってもおいしかった。

一日一食でも、「おいしい!」と思う食事ができれば

それは、しあわせな一日だ。

 

 

(※関連リンク)https://www.sankei.com/west/news/160915/wst1609150088-n1.html

 

取材・文: 國富友希愛
Reporting and Statement: yukiekunitomi

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