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interview
16 Feb. 2016

「ノーライン・キャリア」の時代 ⑧~あなたは「No」派?それとも「Yes,and」派?~

<ダイバーシティな働き方  「ノーライン・キャリア」>

 グローバル経済の進展、少子高齢化、労働市場の流動化などの環境変化によっ て、日本人の働き方が変わりつつある、と言われ始めて久しい。終身雇用、年功序列といった慣行が崩れるなど、やや恐怖訴求的な論調のニュースが目立つ。

  一 方、この変化をチャンスととらえ、これまで当たり前とされて来た枠組み(ライン)に縛られず、逆に自分で自分の限界(ライン)を決めない多様で新しい働き 方、つまり「ノーライン・キャリア」を創りだしている取り組みが、現れはじめた。そうした開拓者たちの“いま”をレポートして行きたい。

即興パフォーマンスの様子

即興パフォーマンスの様子

あなたは「No」派?それとも「Yes,and」派?
<インプロヴァイザー>

 『インプロヴィゼーション(Improvisation)』という言葉をご存じだろうか?日本語に翻訳すると「即興」ということになり、さまざまな芸術分野—音楽・美術・ダンス・映画・演劇—で、創作・表現手段の一つとして用いられてきた。日本では、略して「インプロ」とも呼ばれている。最近では、インプロのトレーニング方法が企業研修などに導入されており、IBMやグーグルなど多くの欧米企業で導入されている。また世界中のMBAスクールの約半分が、インプロを応用的に活用している。(Applied Improv Networkによる調査)

 インプロの歴史は古い。古代ギリシャやインドで、道化による宗教的な演劇が発祥とされている。その後、爆発的人気を得た即興演劇はヨーロッパ各地に広まり、シェークスピアやモリエールなどの劇作家たちにも大きな影響を与えた。19世紀以降になると、スタニスラフスキーやピーター・ブルックなどの優れた演出家が、作品創作のプロセスに用いることで、インプロは現代的に改良されていく。同時期アメリカでは、精神的・社会的に問題のある人々の治療のために用いられ、1950年代にはショービジネスに進出。ジョン・ベルーシやロビン・ウイリアムズなど、学んだ俳優たちがメジャーになることで、インプロはアメリカのエンターテイメントには不可欠なものになった。

 インプロには、さまざまなエクササイズがある。相手のセリフを聞かない、相手を見ていない俳優のために、相手に注目しないとシーンが創れない「ワンワード」、すべてを自分の思い通りに操作したい、自分だけが目立ちたい俳優のために、他者と協力しないとシーンが創れない「ワンボイス」など。いずれも、俳優の悪い癖を直すことを目的として開発されたメソッドだ。しかしルールを守ることがゴールではない。ルールという制約の中で、予想不可能な仲間のアイデアを受け入れながら、瞬時に発想し、物語を紡ぎ、観客の想像力を喚起させるドラマを創り上げることが目的である。

 今回、ご紹介する絹川友梨さんは、日本にインプロヴィゼーションを導入し、「インプロ」という言葉を開発したご当人。

 インプロとの出会いは1994年。インプロをエンターテイメントに構成した『シアター・スポーツ™』が来日した時に、ワークショップに参加して、その魅力にとりつかれた。俳優として小劇場を中心に活動する中で、「エチュード」と呼ばれる即興の訓練は受けていたが、インプロは、それとは似て非なるものだった。それまでの即興が「個」を重視し、いかに他者よりも面白いことをするかを競争するのに対し、『インプロ』は多様性を認め協働で創造することを重視する。絹川さんは、オーストラリア、アメリカ、カナダ、ドイツなどのフェスティバルに参加しながら経験を積み、日本でもワークショップを始めるようになる。始めは主に俳優が参加していたが、徐々に口コミで広がり、企業のコーチング研修に導入されるようになる。2009年には、インプロワークス株式会社を設立。現在まで多くの企業研修やワークショップを行っている。

シアタースポーツ2015

シアタースポーツ2015

インプロワークショップの様子

インプロワークショップの様子

 「でも、いまだに“インプロ”は誤解されている」と絹川さんは言う。商業的な広がりを見せる一方で、日本における「インプロ」の定義は曖昧なままだ。 インプロの定義を明確にし、その純粋な面白さの奥に潜む、創造的なメカニズムを解明したい。そのためにアカデミックなバックグラウンドが必要。そう感じた 絹川さんは、東京大学大学院研究室に身を投じ、インプロの研究を始めている。

 絹川さんにとってインプロとは?

 「やり直しができない、いますぐやらなくてはならない、仲間のアイデアを否定できない、お客さんに楽しんでもらわなくてはならない。これらハイリスクの環境に飛び込むことで、自分の創造性が引き出される感覚があります。」

高校生の即興ワークショップ

高校生の即興ワークショップ

 そこで重視するのが二つの感覚、「喜び」と「戒め(いましめ)」。「喜び」とは、感覚や直感に従い、その場で起こる他者とのやりとりに触発されながら、自発的にストーリーをつくるプロセスの中で起こる感情。つまり「今ここで、生きている」ことを実感する喜び。「戒め」とは、「目立ちたい、ほめられたい、上手くやりたい」といった『欲』を捨てること。そこでは、自分を客観視するメタ認知力も求められる。絹川さんにとってインプロとは、無我の境地に至る「修業」でもあるという。

絹川友梨さん

絹川友梨さん

 こうしたインプロによって培われる力は、二つある。「自分を認める力(自己肯定力)」と、そこから生まれる、自分らしく「他者を認める力(他者肯定力)」である。背景には、自己の利益を得ることが優先されがちな現代の社会では「場に貢献するよりも相手を否定して自分をアピールすることに価値を見出す」人の方が多いかもしれないが、一方、「そのような環境に疑問を感じブレークスルーの必要性を感じている人たちもいるはず。」という絹川さんの問題意識がある。今後はインプロの価値とスキルを広げるために、インプロのトレーナーを養成する社団法人の設立も視野に入れている。

 インプロの心がけを表現するキーワードは「Yes,and」。環境変化によって新たな局面に対峙したとき「No」ということはたやすい。それによって、一時的な安全や安心が手に入る。しかしインプロが目指すものは、新しいことを受け容れ、冒険を手に入れること。それでこそ、ブレイクスルーは起こせるのだ。筆者は、まさにそれを象徴するシーンを見た。昨年開催されたラグビー・ワールドカップの日本―南アフリカ戦である。試合終了間近、日本チームは、キックによる同点を狙うことが出来た。しかしあえてスクラムトライを狙い、そして勝利をつかんだ。これこそが「Yes,and」のインプロ精神が発揮された瞬間だと感じた。さまざまなレイヤーで、多様性が次々と生まれる多元共生社会において、「インプロ」は、日本人の可能性をジャンプさせる多くのヒントを持っている。

 

参考リンク:インプロワークス㈱ HP

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取材・文: メビウス4U
Reporting and Statement: moebius4u

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